利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

787 銀食器を磨きながら……

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787

(はたしてサガン・サイデム男爵という人物は、お嬢様の伴侶とするに相応しいお相手であろうか……)

私はいつものように目の前の机にナイフやフォーク、ティーポットや大皿を並べて、ひとつづつ丁寧に布で拭きながら、当家のお嬢様に関する緊急課題について思いを巡らせていた。旦那様もお悩みのこの問題、意見を求められることもあるかもしれない。当家の執事として状況を冷静に把握して助言を差し上げられるよう準備しておくことも私の務めだ。

(それにはこの時間がやはり最適だな……)

忙しい執事の仕事の中で、この銀食器を磨く時間は唯一と言えるじっくり物事を考えることができる落ち着いた時間……当家とお嬢様の将来のかかったことだ。よく考えておこう。

当家のお嬢様は今年二十五歳になられる。にもかかわらずお輿入れ先が決まっていないという、非常にまずい状況だ。
お嬢様には、十歳になられたときに家格の合うお家柄の三男という良い条件の婚約者が決まっていた。貴族としてみれば、よくあることで、そのまま行けばなんの問題もなく彼の方の家へとお輿入れになっただろう。

だが、そろそろ本格的に婚礼の準備を始めようかという二十歳直前、お嬢様の婚約者は狩りの最中飛び出してきた魔獣に驚いた馬に振り落とされ、あえなく帰らぬ人となってしまった。
お嬢様が若い未亡人になることは避けられたが、この年齢で婚約者を亡くされたことは非常に痛かった。

貴族の結婚は簡単ではない。
婚儀にはお互いの家の存亡がかかっている。

(お嬢様には弟君がおられるが、それは二番目の奥様がお生みになったまだ八歳の跡取り。ぜひお嬢様にはこの幼い次期ご当主の後ろ盾になるような方を……と考えてもいたが、もうそんな選り好みのできる時期も過ぎてしまった)

私の手はつい止まり、深いため息が漏れる。

基本的に、成人した頃にはほぼすべての貴族の子弟には婚約者がいると考えていい。ゆえにお嬢様が婚約者を亡くされたからといって、すぐに次とはいかない。この年齢で婚約を結んでいない釣り合いの取れる貴族の男性を探そうとすれば、ほぼなんらかの問題がある人物しかいないのだ。条件の良いお相手がこの年齢までお相手が決まっていないなどということはありえない。

しかも当時まだ二十歳だったお嬢様はまだ夢みがちで、そうした非常に難しい現状について理解されておらず、やたらと条件に厳しかったため、さらにお相手は決まらず……ついにもうすぐ二十五歳だ。

ごく稀にマーゴット伯爵のような独身貴族もいるが、あれは特殊な人物だ。社交界の産んだ徒花のような人物なので、いまでは誰も彼が結婚することなど考えていないだろう。ああいった浮ついた人物は、硬い家柄の貴族からは最初からお相手として除外されている。

(それに、言っていて悲しいが、潤沢な資金を持ち家格も当家より上のマーゴット伯爵が、うちのお嬢様をわざわざ選んで娶る理由は……ない、まったくない。もともと可能性はゼロだ)

お嬢様のわがままに付き合って失った五年、もう二十五歳を過ぎようという年齢となった未婚の貴族女性の嫁ぎ先は、望むと望まざるとに関わらず、かなり年上の男性で奥様を亡くされた方たちぐらいしかない。もしくは第二、第三夫人の道……いや、それこそ二十五過ぎの娘は対象外だろう。それに、お嬢様がそれを望むとも思えない。
かといって、持参金もそう多くはない子爵家の令嬢となれば、貧乏貴族に押し付けることも難しいだろう。

(このままではさして多くもない持参金を持って、あまり大事にされぬ修道院へ入ることになってしまうかもしれんなぁ……)

旦那様……つまり当家のご当主もお嬢様の状況には、もう長いこと頭を悩ませ続けていた。もちろん、当家としてはあらゆるツテを辿って新しい婚約者候補を求めてきたが、どうも同じような状況のお嬢様方が現在多いらしく、嫁ぎ先の奪い合いは熾烈を極め、強いのない当家は何度も縁結びに失敗してきている。

そんなところへ、お嬢様のお相手としてサガン・サイデム男爵はどうだろうかと進言してきた者があったのだ。

あのタガローサ一族を失脚させた辣腕の商人である現在の〝帝国の代理人〟サガン・サイデム男爵は、正式な貴族ではなく一代に限りの爵位を叙された男爵だ。だが、現在の影響力を考えるとすぐにこれより格の高い貴族として家を起こすことになるに違いないと目されている極めて有能な人物だ。

皇族方からの信頼も厚いというこの人物は、莫大な資産を有している。いまやイスの商人ギルドだけでなく、パレスの商人ギルドにも大きな影響力を持つサガン・サイデムという人物は、大貴族も及ばないほどの巨万の富を築き、さらに増やし続けているという傑物なのだ。体面を維持するために四苦八苦している当家にとっては、もしお嬢様がお輿入れになれば、大きな助力が得られるに違いないお相手だ。

(正直、それは助かるな。この銀食器も、もう十年以上ひとつも増えていない。足りないときには借りてきている有り様だからな……)

私は磨いてた銀のナイフについた傷を見ながら、またため息をついた。

お嬢様がいまだに結婚相手に対して拘っているのは初婚であることだが、信じられないことにすでに四十を超えているサイデム男爵はいまだ誰とも結婚したことがない。
しかも見た目は非常に若々しく、精悍で魅力的だというのだから、お嬢様が乗り気になるのもわかる。

(とはいうものの、うちのお嬢様は果たしてこの大商人のお眼鏡に叶うのだろうか……)

もちろん、こうした数々の条件に惹かれる御令嬢はお嬢様だけではない。彼の地位や財力が欲しい人々は多いはずだ。おそらく貴族だけでなく、あらゆる階層の人々から、それこそ星が降るほど大量の見合い話があったはずだ。

(それでも彼の方は奥様を持たれていない……これは相当の難物だろうな)

私の口からは無意識に、またも大きなため息が漏れていた。

そしてこの度、お嬢様は数名の似たような境遇の御令嬢の方々とイスへご旅行に出かけられた。これはとある侯爵家の奥方様肝煎りのもので、あまりにたくさん紹介を望む女性がいたため、まとめて紹介してあげるから一緒に旅行に行きましょうということになったのだ。強い効力のある〝侯爵夫人を紹介者〟としてこの旅行にお供できる権利を勝ち得ただけでも奇跡のような幸運。お嬢様にはなんとか頑張っていただきたいものだ。

(これでダメならいよいよ修道院か……)

私はイスに向かったお嬢様の健闘を祈りつつ、少しでも修道院に持っていける持参金を増やす方法はないだろうかと考えながら、ひたすら銀食器を磨き続けた。



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