利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

785 新たな投資

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〝利己的な聖人候補〟は、この度文庫で発売されることになりました。
巻末には書き下ろしもございます。
よろしかったら是非^_^

https://www.regina-books.com/lineup/detail/1044979/7445

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785

首都パレスからは最も遠い北東部、寒冷地でめぼしい資源もなく人口も少ない、そんないいとこなしだったマリス領の領地運営はとてもうまくいっている。

インフラの整備と新たな産業の開発、そして既存の産業のテコ入れによって、領地の収益は確実に増えているし、シラン村だけでなくマリス領全体で、長らく増えることのなかった人口が大幅な増加傾向に転じた。これは本当に喜ばしい。

私の領地はこれまでほぼ放置されていた。それは利益になりそうなものがなかったからだ。特に高原地帯で気温が低いため、あまり作物に向く土地ではないことが頭の痛いところだった。食糧の確保も厳しいような土地では、人は増えないし、そうなると基礎税である人頭税すら十分に徴収できないからだ。

だがいまでは、私が見つけ、農業研究所で改良した寒冷地に強い品種を積極的に農家に紹介したり、助成金を出したことで食糧生産が安定した。さらに、逼迫した財政状況をなんとかするために試みた〝イワムシ草〟栽培が莫大な利益を叩き出してくれているので、資金調達の目処もたち、更なる改善のための行動が取りやすくなった。

この資金を有効に使うため、次はマリス領直轄の牧場も作ることにし、乳製品事業にも本格的に参入。ノウハウはよくわかっているので、他の貴族たちのようにサイデム商会へコンサル料を支払う必要もない。それどころかグッケンス博士という強力な専属アドバイザーがいるのでどこよりも品質の良い牛乳と乳製品が生産でき、しかも利益は総取り。投資の回収も早いし、なかなかオイシイ事業になっている。

寒冷地でも栽培可能な収益性の高い薬草を育てることにも力を入れたことで、これも雇用も大幅に増やすことができた。この事業に関してはゼンモンさんから多くのアドバイスをいただき、品質の良いうちの薬草の多くは〝仙鏡院〟が高額で買い取ってくれている。

こうして物流が増えたため、海運も大いに活況だ。おかげで入港税も大きな収入になってきた。商業の振興のために、現在のマリス領では商人への税率を低く抑えている。そのせいかマリス領の港で荷上げをして街道を陸路で運ぶ商人が増え、港町には商店がどんどん増えていった。

こうしてお金が流通すれば、結果的に税収は増えていく。人頭税も徐々に増えているし、こうした直轄地での事業収益は目に見えて増加し、領地の運営資金にはさらに余裕ができた。

そこで、私は新たな投資を行うことに決めた。

天舟アマフネ〟の建造だ。これは私が貴族になったことで可能となった数少ないアドバンテージなので、当初から計画には入れていた。

もちろん《無限回廊の扉》を持つ私に必要なわけではなく、高額商品の高速輸送のためと緊急時の対応用に作るのだ。

(まぁ、一番お金のかかる大きな魔石の調達は手持ちの魔石化済みの〝タネ石〟を使うことで、まったくお金をかけずに済んじゃうから、高額とはいっても主に複雑な機関部のための資金だけなんだよね。それだけなら普通の船の五倍程度で作れるってことだし、いまの資金力ならいけると思うんだ)

ともあれこの〝天舟アマフネ〟の造船技術はかなり特殊らしく作れる職人さんは限られている。もちろん私にはツテがないので、サイデム商会に仲介を依頼することにした。
なにせおじさまは貴族になった途端〝天舟アマフネ〟建造に乗り出し、いまでは他の貴族から名義を借りて、さらに隻数を増やしているという人だ。当然サイデム商会には〝天舟アマフネ〟に関する情報が集積されているし、操縦者やメンテナンスのプロもいる。

もちろん仲介料は支払わなければならないが、数少ない〝天舟アマフネ〟職人を自分で探し当てて交渉し依頼するよりこの方がずっと早いだろう。もちろん仲介料については交渉していこうと思うが、私は職人さんをリスペクトしているので、建造にかかる代金については標準的な報酬以下になるようなことをするつもりはない。

というわけで、今日は契約のためイスのサイデム商会で打ち合わせ。それにしても〝天舟アマフネ〟購入とは、私も貴族らしくなったものだ。

「では、メイロードさま最終確認です。お預かりいたしましたこちらの魔石を動力とした〝天舟アマフネ〟小型をニ隻、中型を一隻、どちらも貴族仕様の内装なし、で間違いございませんね」
「はい。人やものを輸送するのに必要なもの以外は最低限で構いません。過剰な装飾などはむしろやめてください」
「承知いたしました。それでしたらだいぶお安く済むと思います。では、そのように……」

ありがたいことに、サイデム商会には信用のある私。こんな高額な取引を年若い子供の私がしても、誰も変に思わないし、むしろ手厚く扱ってもらえる。

(いやぁ、信用って大事よね)

仕事が済んだので、一応おじさまに挨拶にいこうと思ったが、お昼までは相変わらずぎっちりスケジュールが埋まっているようなので、私は久しぶりにサイデム商会の売り場を見学することにした。

(私の絡んだ商品もあるしね。市場調査も兼ねて行ってみますか)

私は一度《無限回廊の扉》を抜け、シラン村へ立ち寄った。セーヤが私の雑貨店を見に来てくれているからだ。あらかじめ《念話》で行くことを告げていたので、二階にある居間の扉から現れた私を、セーヤはブラシを手にうれしそうに待っていてくれた。

「ささ、こちらにお座りください、メイロードさま。本日はサイデム商会の売り場を歩いても目立たないヘアスタイルでございますね。お任せくださいませ。美しく編み込んでお髪を上げてから、大判の薄布を使ってベールように致しましょう。女性の顔をあまり見せないという風習のある地域もございますので、これでしたら違和感もなく、髪も目立たなくなるでしょう。不本意ではございますが、変装用でございますからね」

セーヤは少しだけ残念そうな顔だったが、それでも手早く楽しげに髪を作ってくれた。

(これ、やらせてあげないと後でうるさ……残念がるからね)

「うん、綺麗ね! ありがとうセーヤ! じゃ、行ってきまーす」

セーヤの素晴らしい編み込み技術を褒め称えたあとは、私は再びサイデム商会へと足早に向かった。
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