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4 聖人候補の領地経営
781 黒い鳥
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781
博士の言葉に、目を凝らした私は、レジェーナ姫の現状を伝えた。
「胸の中央からじわじわと黒いモヤのようなものが染み出しています。おそらく肺に何かがあるのではないかと……」
私の言葉にグッケンス博士が難しい顔をしている。
「やはりそうか……信じられんが、本当に呪詛のようだな、だが一体どうやって……」
博士の魔道具、私の《真贋》のよる鑑定、どちらも明らかに病気ではないものの影響を示していた。そしてその影響は実際に少女の小さな躰を蝕んでいる。
「これまでの状況を聞いた様子から考えるなら、いまここで皇女の呪詛を完全に取り去らなければ、おそらく〝エリクサー〟も役に立たんじゃろうなぁ……」
万能回復薬である〝エリクサー〟は、躰に仕掛けられた呪詛に対しても浄化及び回復作用がある。そのことは魔法薬について学んだことのある私も知っている。であるにもかかわらず、〝エリクサー〟は一時的な回復は見せたものの、完全回復薬として機能しなかった。つまり、レジェーナ姫に仕掛けられた〝呪〟は〝エリクサー〟投与後も継続して外部から攻撃を仕掛け続けているということだ。そのために〝エリクサー〟の効力が切れたところで姫の状態は再び悪化してしまった。
「そうはおっしゃいますが、もう時間はあまりないと思いますよ。役に立たないにせよ一時的にでも持ち直すなら、もう一度〝エリクサー〟を使うしかないんじゃないですか。そうして時間を稼いでいる間にどこかにある〝呪〟の痕跡を探るしか……あ……あれは?」
私は、ベッドから目を離し〝呪〟に関わるものがないかと、その豪華な寝室をぐるりと見渡したあと、ふと姫の居間にあたる隣の部屋の方に目をやり、絶句してしまった。そして、恐る恐る博士にその方向を示し、こう聞いた。
「博士……博士には、あれがなにに見えますか?」
私が指さす方向を見た博士が、急に何だという顔で答える。
「鳥籠に入った珍しい鳥だな? 虹色の光沢をした大層美しいものじゃな。あれは吉兆を伝える虹彩鳥という尾長鶏……しかしよく手に入れたものじゃ」
「虹彩鳥……美しい鳥……ですか。実は、私にはあれが真っ黒な塊にしか見えないんです。博士……あれが〝呪〟の原因です!」
「なんじゃと‼︎」
私の言葉に、瞬時に反応した博士は鳥籠に向かって《封魔の結界》を放った。だが、鳥籠を囲めずに《封魔の結界》は砕け散った。
「むぅ……、一層ではむりか……メイロード、同時に多重で《封魔の結界》を構築したい。協力しておくれ」
「はい! 行きます!」
私と博士は、そこから五層の《封魔の結界》を試みたが、層が薄いうちは強度が足りないのか何度も霧散してしまい、かなり手こずった。どうにか呼吸を合わせ、ほぼ同時に二層づつの《封魔の結界》を展開したところでやっと結界が安定し、黒い霧の外部への流出も止まった。念のために、さらに四層を追加することで完全に封じ込めた。
「この《封魔の結界》は一時しのぎの応急措置じゃ。まぁ一か月程度はこのままでも大丈夫だとは思うがな。ともかく、これで原因は絶った。あとは皇女の回復をしよう」
博士は虹彩鳥の対処について、いまの段階では時間も魔法力も必要な《呪解浄化》ではなく、呪詛を結界内に封じ込める《封魔の結界》を選んだ。その判断は正しいと思う。これですぐ姫のことに集中できる。
「博士、ちょっと試したいことがあるんですが……」
私がグッケンス博士に相談をすると、博士はその案に賛同してくれた。
そして博士は、心配そうにここまでの様子を見ていた侍従長とメイド長の結界を解いた。
「たったいま、この呪詛の原因たるモノを封じ込めた。これからレジェーナ皇女の呪いを解く治療を行う。侍従長、使える〝エリクサー〟はまだあるのか」
博士の質問に侍従長は苦しげに答える。
「……ございます……ございますが……あまりに貴重でございまして、すぐにご用意は……」
いまでは作れる薬師も素材も枯渇している〝エリクサー〟だ。たとえ皇女のためでも、右から左へ簡単に融通できるものではない。しかも、すでに一度使ってしまっているとなっては、その再度の使用はかなり厳しいものとなるだろう。
「わかった。ではお前たちはそれに代わる薬が皇宮内にないか探してくれ。その間に、こちらでもできる方法で治療を試みてみよう。時間がない! いけ!」
「は、はい! すぐに、すぐに手配いたします!」
侍従長とメイド長は、皇女様に回復の兆しが見えたことに奮い立ったのか、慌てて部屋を出て行った。
「ていよく、ふたりを追い払いましたね」
少し苦笑いを含んだ私の言葉に、グッケンス博士はすっとぼけた。
(私のためだよね……ありがとう、博士)
「では行きます! まずは《無限回廊の扉》!」
博士の言葉に、目を凝らした私は、レジェーナ姫の現状を伝えた。
「胸の中央からじわじわと黒いモヤのようなものが染み出しています。おそらく肺に何かがあるのではないかと……」
私の言葉にグッケンス博士が難しい顔をしている。
「やはりそうか……信じられんが、本当に呪詛のようだな、だが一体どうやって……」
博士の魔道具、私の《真贋》のよる鑑定、どちらも明らかに病気ではないものの影響を示していた。そしてその影響は実際に少女の小さな躰を蝕んでいる。
「これまでの状況を聞いた様子から考えるなら、いまここで皇女の呪詛を完全に取り去らなければ、おそらく〝エリクサー〟も役に立たんじゃろうなぁ……」
万能回復薬である〝エリクサー〟は、躰に仕掛けられた呪詛に対しても浄化及び回復作用がある。そのことは魔法薬について学んだことのある私も知っている。であるにもかかわらず、〝エリクサー〟は一時的な回復は見せたものの、完全回復薬として機能しなかった。つまり、レジェーナ姫に仕掛けられた〝呪〟は〝エリクサー〟投与後も継続して外部から攻撃を仕掛け続けているということだ。そのために〝エリクサー〟の効力が切れたところで姫の状態は再び悪化してしまった。
「そうはおっしゃいますが、もう時間はあまりないと思いますよ。役に立たないにせよ一時的にでも持ち直すなら、もう一度〝エリクサー〟を使うしかないんじゃないですか。そうして時間を稼いでいる間にどこかにある〝呪〟の痕跡を探るしか……あ……あれは?」
私は、ベッドから目を離し〝呪〟に関わるものがないかと、その豪華な寝室をぐるりと見渡したあと、ふと姫の居間にあたる隣の部屋の方に目をやり、絶句してしまった。そして、恐る恐る博士にその方向を示し、こう聞いた。
「博士……博士には、あれがなにに見えますか?」
私が指さす方向を見た博士が、急に何だという顔で答える。
「鳥籠に入った珍しい鳥だな? 虹色の光沢をした大層美しいものじゃな。あれは吉兆を伝える虹彩鳥という尾長鶏……しかしよく手に入れたものじゃ」
「虹彩鳥……美しい鳥……ですか。実は、私にはあれが真っ黒な塊にしか見えないんです。博士……あれが〝呪〟の原因です!」
「なんじゃと‼︎」
私の言葉に、瞬時に反応した博士は鳥籠に向かって《封魔の結界》を放った。だが、鳥籠を囲めずに《封魔の結界》は砕け散った。
「むぅ……、一層ではむりか……メイロード、同時に多重で《封魔の結界》を構築したい。協力しておくれ」
「はい! 行きます!」
私と博士は、そこから五層の《封魔の結界》を試みたが、層が薄いうちは強度が足りないのか何度も霧散してしまい、かなり手こずった。どうにか呼吸を合わせ、ほぼ同時に二層づつの《封魔の結界》を展開したところでやっと結界が安定し、黒い霧の外部への流出も止まった。念のために、さらに四層を追加することで完全に封じ込めた。
「この《封魔の結界》は一時しのぎの応急措置じゃ。まぁ一か月程度はこのままでも大丈夫だとは思うがな。ともかく、これで原因は絶った。あとは皇女の回復をしよう」
博士は虹彩鳥の対処について、いまの段階では時間も魔法力も必要な《呪解浄化》ではなく、呪詛を結界内に封じ込める《封魔の結界》を選んだ。その判断は正しいと思う。これですぐ姫のことに集中できる。
「博士、ちょっと試したいことがあるんですが……」
私がグッケンス博士に相談をすると、博士はその案に賛同してくれた。
そして博士は、心配そうにここまでの様子を見ていた侍従長とメイド長の結界を解いた。
「たったいま、この呪詛の原因たるモノを封じ込めた。これからレジェーナ皇女の呪いを解く治療を行う。侍従長、使える〝エリクサー〟はまだあるのか」
博士の質問に侍従長は苦しげに答える。
「……ございます……ございますが……あまりに貴重でございまして、すぐにご用意は……」
いまでは作れる薬師も素材も枯渇している〝エリクサー〟だ。たとえ皇女のためでも、右から左へ簡単に融通できるものではない。しかも、すでに一度使ってしまっているとなっては、その再度の使用はかなり厳しいものとなるだろう。
「わかった。ではお前たちはそれに代わる薬が皇宮内にないか探してくれ。その間に、こちらでもできる方法で治療を試みてみよう。時間がない! いけ!」
「は、はい! すぐに、すぐに手配いたします!」
侍従長とメイド長は、皇女様に回復の兆しが見えたことに奮い立ったのか、慌てて部屋を出て行った。
「ていよく、ふたりを追い払いましたね」
少し苦笑いを含んだ私の言葉に、グッケンス博士はすっとぼけた。
(私のためだよね……ありがとう、博士)
「では行きます! まずは《無限回廊の扉》!」
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