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4 聖人候補の領地経営
776 妖精をリクルート
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776
「え? じゃ、マーゴット伯爵は帰っちゃったの?」
「はい。なんでも体調がすぐれないので、避暑旅行は中止してパレスへ戻られるとのことでございました」
キッペイは私の前に書類を置きながら、私が留守にしている間にあったことを話してくれた。
「どうやら、まだ子供と言っていい年齢の侯爵令嬢からの問いに答えられずにうろたえて不興を買い、食事までも断られて貴公子としての誇りはズタズタ。面目丸潰れだったご様子で、本当に熱が出て体調が悪くなられたらしいですよ」
キッペイはしれっとした顔で、悲惨な状況だったらしいマーゴット伯爵の様子を描写してくれた。おそらく私に会う気力がなくなったのではないかと笑っていたが、その意味はよくわからない。
「それにしてもズタズタって……一体アリーシアは何を言ったのかな。大人に知恵熱を起こさせるようなことって何かしらね」
私はペンを取り、書類に目を通していく。最近は秘書課を充実させて、長い報告書には簡潔な概要を添付するようにしてもらったので、以前よりかなり早いスピードで確認作業が進むようになった。それと同時に、私まであげなくてもいい書類についての判断も、秘書課の精鋭のみなさんにつくようになってきているので、書類の決済の分散化も進んでいる。
私には《真贋》という人やものに宿る邪悪な影を見定めるスキルがあるので、問題がありそうな怪しげな気配の書類は読まなくても見つけることができる。だから内容をあまり気にせず署名だけしていてもおおよそ大丈夫なのだが、そのシステムに慣れすぎると私以外の人が代理をするとき破綻してしまう。ここは、私には必要なくとも決裁者の負担を軽くするシステムを作っておくべきだろう。
「役場の人員の補充はうまく行ってるのかな……」
「現状ではやや不足というところでございましょうか。やはり文官の不足は続いていますが……」
マリス領では識字率向上のため、寺子屋風の学校を領内各地に増やしているが、まだこれの効果が出てくるまでには時間がかかる。先行して学校を整備したシラン村からは、そろそろ使えそうな人材が育ち始めてはいるけれど、急激に行政に関わる役所を増やしたので、まだまだ足りてはいない。
「あと数年の我慢だとは思うけど、人材不足は困ったわね」
だいぶ減ってきた書類に気を良くしながら、自分の名前を書き続けていた私は、臨時職員のアテを思い出した。
「あ! そういえば……」
私が思い出したのは、第八区にある大森林の中で森を守護している聖なる湖に住む妖精たち。
以前その代表者であるレンに聞いたところでは、彼らは神様からいただいた権能も共有していて、それには読み書きや計算といったものが含まれると言っていた。森を守る軍隊のような彼らは、動物たちと会話ができるが、もちろん人に言葉を伝えることも想定されていたらしく、神は人とのコミニュケーションを取りやすいよう知識を授けてくれたと言っていた。
(そうだ、あの子たちに頼ってみようかな……)
私が久しぶりに聖なる湖を訪れると、そこは以前よりたくさんの花が咲き乱れ、妖精たちの数も増していた。
「ああ、メイロードさま! よくぞおいで下されました!」
私が湖の辺りの大きな岩に設置してあった《無限回廊の扉》から現れると、ここに住む〝守護妖精〟たちの長であるレンがものすごい勢いでやってきてひざまづいた。よく見れば、その岩の周りは神殿のように飾り付けられ、たくさんの花々で囲まれている。
その〝神殿〟から登場した私に、レンは満面の笑顔でかしずき、他の妖精たちからの歓迎なのか、私にはたくさんの花びらが降り注ぎ続けている。
「素敵な歓迎ね、ありがとう。みんな元気そうね」
私の言葉の妖精たちは嬉しそうに飛び回る。
「実は相談があってきたのだけれど……これから数年、私の領地で人間たちと働いてくれる読み書き計算に堪能な人材を探しているの。どうしても即戦力が必要で……」
レンは私の言葉に自信たっぷりにこう答えてくれた。
「それでしたら是非私どもにお任せくださいませ。私たちは本来、この森を離れては生きていけない妖精ではございますが、メイロードさまは《無限回廊の扉》を解放することで、この地と別の土地をお繋ぎになることが可能な稀有なお方。私たちは、貴方さまのためにならどこへでも駆けつけられるのでございます」
こうして話している間にも、私のために美しく綺麗な石が敷き詰められた丸テーブルと椅子が運ばれてきて、不思議な細工の茶器にはハーブティーが注がれ、森の果物がたくさん置かれてた。守護妖精たちも続々と集まってきて、笑顔で私を取り囲んでいる。私の来訪をものすごく喜んでくれているようだ。
「ありがとう、レン。それで、できれば五十名ほどお手伝いに来てくれるかな?」
私の言葉に、集まっていた数千名の妖精たちが、一斉に手を挙げる。
「お前たち……」
目を爛々と輝かせ、行かせてくれと訴える守護妖精たちの様子を、レンが呆れたように見ている。私も笑ってしまったが、どうやら快く協力してくれるみたいだ。
「ええと、それで、領地の人たちを驚かせたくないので、一応羽は隠してもらえるかな。できる?」
「はい。服の中にしまえますよ。問題ございません」
「助かるわ、レン、ありがとう」
「何をおっしゃいます。メイロードさまのお役に立てること以上の喜びなど私たちにはございません。楽しみです」
ものすごくいい笑顔のレン。
「あ……レンはダメでしょ。この湖の長なんだから、離れちゃダメだって……」
私の言葉に露骨に肩を落としガッカリするレン。なんだか見ている方が気の毒になるぐらいの落ち込みようだ。あまりにも気の毒だったので、一応譲歩してみる。
「じゃ、じゃあ、レンは月に一度、みんなの働きぶりを視察して私に報告に来てくれる? これはとっても大事なお仕事よ」
私の言葉にレンの顔が見る間に明るくなっていく。
「もちろんやらせていただきます! 命に代えまして!」
またも盛大に花びらが降り注ぎ、妖精たちは喜びに舞っている。
(はは……人材が確保できて何よりだけど、このハイテンションはなんなの?)
「え? じゃ、マーゴット伯爵は帰っちゃったの?」
「はい。なんでも体調がすぐれないので、避暑旅行は中止してパレスへ戻られるとのことでございました」
キッペイは私の前に書類を置きながら、私が留守にしている間にあったことを話してくれた。
「どうやら、まだ子供と言っていい年齢の侯爵令嬢からの問いに答えられずにうろたえて不興を買い、食事までも断られて貴公子としての誇りはズタズタ。面目丸潰れだったご様子で、本当に熱が出て体調が悪くなられたらしいですよ」
キッペイはしれっとした顔で、悲惨な状況だったらしいマーゴット伯爵の様子を描写してくれた。おそらく私に会う気力がなくなったのではないかと笑っていたが、その意味はよくわからない。
「それにしてもズタズタって……一体アリーシアは何を言ったのかな。大人に知恵熱を起こさせるようなことって何かしらね」
私はペンを取り、書類に目を通していく。最近は秘書課を充実させて、長い報告書には簡潔な概要を添付するようにしてもらったので、以前よりかなり早いスピードで確認作業が進むようになった。それと同時に、私まであげなくてもいい書類についての判断も、秘書課の精鋭のみなさんにつくようになってきているので、書類の決済の分散化も進んでいる。
私には《真贋》という人やものに宿る邪悪な影を見定めるスキルがあるので、問題がありそうな怪しげな気配の書類は読まなくても見つけることができる。だから内容をあまり気にせず署名だけしていてもおおよそ大丈夫なのだが、そのシステムに慣れすぎると私以外の人が代理をするとき破綻してしまう。ここは、私には必要なくとも決裁者の負担を軽くするシステムを作っておくべきだろう。
「役場の人員の補充はうまく行ってるのかな……」
「現状ではやや不足というところでございましょうか。やはり文官の不足は続いていますが……」
マリス領では識字率向上のため、寺子屋風の学校を領内各地に増やしているが、まだこれの効果が出てくるまでには時間がかかる。先行して学校を整備したシラン村からは、そろそろ使えそうな人材が育ち始めてはいるけれど、急激に行政に関わる役所を増やしたので、まだまだ足りてはいない。
「あと数年の我慢だとは思うけど、人材不足は困ったわね」
だいぶ減ってきた書類に気を良くしながら、自分の名前を書き続けていた私は、臨時職員のアテを思い出した。
「あ! そういえば……」
私が思い出したのは、第八区にある大森林の中で森を守護している聖なる湖に住む妖精たち。
以前その代表者であるレンに聞いたところでは、彼らは神様からいただいた権能も共有していて、それには読み書きや計算といったものが含まれると言っていた。森を守る軍隊のような彼らは、動物たちと会話ができるが、もちろん人に言葉を伝えることも想定されていたらしく、神は人とのコミニュケーションを取りやすいよう知識を授けてくれたと言っていた。
(そうだ、あの子たちに頼ってみようかな……)
私が久しぶりに聖なる湖を訪れると、そこは以前よりたくさんの花が咲き乱れ、妖精たちの数も増していた。
「ああ、メイロードさま! よくぞおいで下されました!」
私が湖の辺りの大きな岩に設置してあった《無限回廊の扉》から現れると、ここに住む〝守護妖精〟たちの長であるレンがものすごい勢いでやってきてひざまづいた。よく見れば、その岩の周りは神殿のように飾り付けられ、たくさんの花々で囲まれている。
その〝神殿〟から登場した私に、レンは満面の笑顔でかしずき、他の妖精たちからの歓迎なのか、私にはたくさんの花びらが降り注ぎ続けている。
「素敵な歓迎ね、ありがとう。みんな元気そうね」
私の言葉の妖精たちは嬉しそうに飛び回る。
「実は相談があってきたのだけれど……これから数年、私の領地で人間たちと働いてくれる読み書き計算に堪能な人材を探しているの。どうしても即戦力が必要で……」
レンは私の言葉に自信たっぷりにこう答えてくれた。
「それでしたら是非私どもにお任せくださいませ。私たちは本来、この森を離れては生きていけない妖精ではございますが、メイロードさまは《無限回廊の扉》を解放することで、この地と別の土地をお繋ぎになることが可能な稀有なお方。私たちは、貴方さまのためにならどこへでも駆けつけられるのでございます」
こうして話している間にも、私のために美しく綺麗な石が敷き詰められた丸テーブルと椅子が運ばれてきて、不思議な細工の茶器にはハーブティーが注がれ、森の果物がたくさん置かれてた。守護妖精たちも続々と集まってきて、笑顔で私を取り囲んでいる。私の来訪をものすごく喜んでくれているようだ。
「ありがとう、レン。それで、できれば五十名ほどお手伝いに来てくれるかな?」
私の言葉に、集まっていた数千名の妖精たちが、一斉に手を挙げる。
「お前たち……」
目を爛々と輝かせ、行かせてくれと訴える守護妖精たちの様子を、レンが呆れたように見ている。私も笑ってしまったが、どうやら快く協力してくれるみたいだ。
「ええと、それで、領地の人たちを驚かせたくないので、一応羽は隠してもらえるかな。できる?」
「はい。服の中にしまえますよ。問題ございません」
「助かるわ、レン、ありがとう」
「何をおっしゃいます。メイロードさまのお役に立てること以上の喜びなど私たちにはございません。楽しみです」
ものすごくいい笑顔のレン。
「あ……レンはダメでしょ。この湖の長なんだから、離れちゃダメだって……」
私の言葉に露骨に肩を落としガッカリするレン。なんだか見ている方が気の毒になるぐらいの落ち込みようだ。あまりにも気の毒だったので、一応譲歩してみる。
「じゃ、じゃあ、レンは月に一度、みんなの働きぶりを視察して私に報告に来てくれる? これはとっても大事なお仕事よ」
私の言葉にレンの顔が見る間に明るくなっていく。
「もちろんやらせていただきます! 命に代えまして!」
またも盛大に花びらが降り注ぎ、妖精たちは喜びに舞っている。
(はは……人材が確保できて何よりだけど、このハイテンションはなんなの?)
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