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4 聖人候補の領地経営

772 料理の秘密

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772

火が入れられた魔石コンロの上には、大きな鍋が据えられていた。中にはたっぷりの油が満たされている。

(揚げ物か? さして珍しくはない気がするが……)

マーゴット伯爵は興味津々で、カラコロと音を立てる熱せられた油の入った鍋の様子をのぞいていた。

そこに何やら白っぽいものが表面についた状態の葉物野菜が投入され、シュワっという音とともに花のようにふわっと広がった姿で揚げられていく。

「では季節の葉野菜からお出しいたします。まずは香りの良い山菜から……ぜひ塩でお召し上がりください」

長い棒を二本器用に使って、目の前の皿に置かれた初めて見る明るい黄金色をした揚げ物に戸惑うマーゴット伯爵。先ほどまでと違い、横に座ってるサイデムが、食べ方を指南する。

「このように端に少しだけ塩をつけて口に入れるのです。ああ、これは箸というもので、こうして食べ物を挟んで食べる道具ですよ。私はこれに慣れておりますので使いますが、伯爵様はどうぞフォークをお使いください。ささ、お熱いうちに」

サイデムに促されたマーゴット伯爵が、フォークで目の前に置かれた揚げ物を刺し、塩をつけてその緑が所々透けて見えるそれを口に入れると、パリパリとした小気味の良い食感と野草の爽やかな香りが口の中で弾け、噛むほどに軽い油の風味と共に広がっていった。

「これは……なんという軽い食感だ。この熱さがまたたまらないな。うまい、うまいな、この揚げ物」

「はは、お気に召していただけたようでなによりです。これは〝テンプラ〟というものです。まだまだ、これから続きますのでご堪能ください」

マーゴット伯爵は、そんなサイデムの言葉も耳に入らないほど夢中で、次々と目の前に出される揚げ物を食べていた。

「なるほど、このサクサクした口当たりのまま食べるには、こうして目の前で調理し揚げたてを食べるしかないわけか……なんとも贅沢なものだな」

「そうでございますね。料理人もかかりきり、技術もいる料理ですから、誰でも食べられる料理ではないでしょう。今日の素材も、料理人たちがだいぶ頑張って集めてくれたものです」

「確かに、食べたことのない野菜が多かったな。だが私も食にはいささかうるさい男だ。きっとうちの料理人に再現させて見せるさ」

「それは楽しみでございますね」

マーゴットの言葉を聞きながら、サイデムは

(できるものならやってみるがいいさ。賭けてもいいが、絶対無理だと思うぞ)

と思っていたが、もちろん口に出したりはしない。

実はサイデム、今回の〝テンプラ〟については、マーゴット伯爵への説明が必要になるかもしれないと思い、事前に何度かメイロードに食べさせてもらった上、その作り方についてもひと通りの説明を受けていたのだ。

サイデムがまず驚いたのはメイロードの素材と鮮度に対するこだわりだった。

(アレの仕入先はやたらと広がっていて、今回の〝テンプラ〟に使った食材も、北東部州どころではなく、シド帝国全域、いやこの大陸全域、さらには沿海州までも及んでいた……呆れたもんだ)

いまや大商人となったサイデムは、およそどこにでも仕入れの手を伸ばしていたが、それでもこと食材調達に関しては、メイロードにかなう気がしなかった。

(恐ろしいのはあいつの《鑑定》だ。アレの鑑定眼は、あの年齢トシの子供のものとは到底思えない高度なもの……それを使って世界中から最高の食材を探す。まぁ、そんなことに貴重なスキルを使いまくるヤツも大概珍しいよなぁ……)

しかも、メイロードはあらゆる食材を保管していた。サイデムをして一体どんな大きなマジックボックスを持っているのだと驚くほどだが、メイロードはその膨大と思われるストックの管理も完璧で、思いついたらすぐに取り出して使えるようにしている。

(アレの商品管理がどうなっているのか聞きてぇ気もするが、この辺りのことは商人の大事な技術だ。商人同士、お互いに聞かないのが不文律……まぁ、この点でもメイロードは超一流だな)

メイロードによれば鮮度のいい食材を使った適切な下拵えと温度管理、そしてコロモの作り方が〝テンプラ〟の成否を分けるという。

「素材もコロモもしっかり冷やさないといけないんですよ。これはとても重要なんです。〝テンプラ〟の敵はコロモの粘りです。これが出てしまえば、必要以上に油を吸いますし、口当たりも悪くなり、もっさりとした重いコロモになってしまいます」

(なんでも上手く作ってやらないとコロモに〝ぐるてん〟とかいう粘りの素が出てしまい〝テンプラ〟は台無しになるらしい)

「ふむ……これは小麦粉と卵を混ぜたものをつけて揚げているのだな。わかるとも!」

マーゴット伯爵は、それだけでもう〝テンプラ〟の秘密がわかったという顔で、ご機嫌に〝ラボ〟を飲みながら食べ続けている。

「さすがはマーゴット伯爵様、ご慧眼でございますな」

別段本当のことを教える必要も義務もないので、サイデムは適当な相槌で気分を良くさせた。

「ははは、この料理をパレスで流行らせても恨まないでくださいね」

いたずらっ子のようにそう言うマーゴット伯爵に、サイデムは何も言わず、ただ〝ラボ〟を片手に微笑んでいた。

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