利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

767 第一期工事完了

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767

「メイロード、メイロード・マリスか!! ああ、わかったぞ!」

メイロード・マリスの名は、何度か社交界で大きな話題となった。特に大きな話題になったのは、なんといってもその出生の秘密が明らかになったことだ。本当であれば公爵家を継いでいたかもしれないヴァイス・アーサー・シルベスター の実子であると公式に認められ、伯爵の地位を与えられたという事件だ。

その後のサガン・サイデムを発起人とする豪華極まりないパーティー、さらには皇帝陛下、妃殿下、皇子方までが参加されて、全員から大きな賞賛を受けたという伝説の茶会……どれもこれも興味深かったが、残念なことに、領地が遠方であることを理由にマリス伯爵はまったく社交界へ顔を見せることがなかった。噂だけの存在の彼女は、人々の記憶にはあるものの、その存在はほとんど確認されていない人物だった。

「社交界で挨拶をしたことが一度でもあれば、まず忘れない自信があるけれど、遠くから一、二度見たきりじゃ、さすがに思い出せなかったな。いや、助かったよ、オドレイ子爵」

「お役に立てて何よりでございます。実は、私もこのマリス伯につきましては、非常に情報が少ないのです。社交界のことについてならば私も情報を得やすい立場にあるのでございますが、マリス伯はまるでパレスにいらっしゃる気配がございませんので……」

「田舎の領地に引きこもってばかりとは、まだ幼いらしいからよっぽどパレスの社交界が怖いのかもしれんな。よし、今度の避暑はイスに赴くことにしよう。ついでに、北東部観光だ。まだ幼い女伯爵には社交界のことを教えるオトナが必要だよ。ぜひ、いろいろ教えて差し上げることにしよう」

マーゴット伯爵は、さもいいことを思いついたという表情で、この皇族の方々のお覚もめでたいらしい少女伯爵と知り合うための算段を巡らせ始めた。

「マーゴット伯爵様……メイロード・マリス伯爵様は、なんと言っても公爵家と縁続き、さらには〝帝国の代理人〟サガン・サイデム男爵を後見人として育ったそうでございます。お気をつけなさいませ。そう簡単に近づけるお相手ではございませんよ」

「わかっている! だが、近づけるならなんとか近づきたいものだ……」

(ドール侯爵、サイデム男爵、どちらもマーゴット家を凌ぐ財産を所有していることは間違いない家だ。金銭による懐柔はまず望み薄だろう。そのサイデム男爵が後見人をしているマリス伯爵にも、いまさらの金銭的な援助は意味がない……だが、ともかく一度会って顔をつなぐのだ。すべてはそれからだ)

基本的に楽天家のマーゴット伯爵は、もうすっかりマリス伯爵と知り合いになれる気になって、終始笑顔でパーティーを楽しんでいた。

ーーーーーー

こうしたパーティーが行われている間も、私は着々と学校設立のための準備を進め、そこからほぼ一ヶ月で魔法屋専門学校の第一期工事は完成した。もちろん、来年の本格的な開校に向けてここからさらに多くの施設を建設しなければならないが、ともかく現時点で必要な施設は出来上がった。

学校棟に魔法訓練施設、大食堂に五百名が暮らせる寮も出来上がり、〝孤児院〟から助け出され、この学校への入学を希望したほとんどの子供たちが入寮することになっている。いまはこの学校での生活について、そのルールや仕組みを教えている段階だ。

この突貫工事が可能になったのは、なんといっても潤沢な資金力によって、魔法力を使った建築が行える特別な大工さんたちに発注ができたからだ。彼らは魔法消費の小さい《基礎魔法》を上手く使った独特な建設法を用い、普通の大工さんの数倍の速度で建築を行うプロ集団だ。さらに、土系の魔法を得意とする魔法使いの皆さんも大勢雇用できたため、設計が決まってからの工事は、二週間も経たずにほぼ外観が整ってしまうというスピードだった。

この魔法を使った建築という技術、非常に興味深かったので、学校にも〝魔法建築科〟を作ろうかと考えている。魔法屋の仕事として使えそうな技術は、きっともっとあるに違いない。この魔法屋専門学校、なかなか面白い学校になりそうだ。

私はあくまで裏方に徹しているので、いまは事務局の方たちと生徒たちの生活物資の調達や大まかなカリキュラムについて打ち合わせをしていたり、もちろん理事会へも参加しているが、そこでは大勢いる理事のひとりとして目立たないよう参加している。それも、運営が軌道になれば徐々にフェードアウトしていくつもりだ。

今日はしばらくぶりにサイデム商会へ赴き、おじさまの執務室を訪ねたのだが、そのとっ散らかりっぷりに呆れた。

「おじさま、ちゃんと掃除の方に仕事をさせてあげてください! どうせ、あれを動かすなこれを動かすなと文句を言って、しかも一日中出入りするから、邪魔になって追い出してるんでしょう?」

「うっ……随分と見てきたようなことを言うじゃないか……」

机で書物をしているおじさまは、図星を刺されたらしく目が泳いでいる。

「ここはお客様がおいでになる可能性もあるんですから、最低限の秩序は保ってください。これじゃ、グッケンス博士を笑えませんよ」

私は部屋を見渡してから、おじさまにきっぱりこう言った。

「とりあえず必要なものはソーヤに運ばせますから、このフロアの会議室に移動してください。私が特急で片付けます!」

私の言葉におじさまはムスッとした顔を見せたが、そのまま無言で書類を抱え、バツ悪そうに移動していった。

(ってことは、このままじゃまずいという自覚はあったのね)

私はひとつ肩で息をすると、まずはお掃除用の戦闘服に着替えて、魔法と家事スキル混合のお掃除を開始した。
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