利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

752 賛美歌

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752

集まった人々があまりに増えすぎたため、急遽作られた高い位置の仮設舞台に、ゆっくりメイロードは姿を現した。待ちに待った〝救国の聖戦士〟を見た聴衆は、そのあまりに美しい佇まいに一様に息を呑んだ。

それは、聖戦士メイロードの姿が、人々の想像を超えて、あまりにも神々しかったからだ。この日のメイロードの衣装は、形こそ魔術師としての正装である長い裾をしたローブだったが、キルム正教会の紋章はどこにもない、光り輝く純白の衣装だった。

その衣装は文字通り〝光り輝いて〟いて、全身から滲むように広がった美しい光があふれており、美しい翠の髪を揺らした美少女を神々しく包んでいた。それは一眼見ただけで、彼女が特別な存在であることを人々に告げていた。

この衣装は、このときのために着道楽の街ランテルへ赴き、馴染みの高級服専門店コウダイ屋で特注したものだった。

以前、このランテルの街で起こった危機を救ったときにも使った〝雷の魔石〟の微細粉末を織り込んだ布を再度発注し、今回は魔術師のローブに仕立ててもらったのだ。この技術を伝えてあるのはこの店だけだったので、頼むとしたらここしかない。今回は前回のような豪華なステージ衣装とは違うため、色抜き加工といった特殊なことはせず、その代わり超特急で仕上げてもらうよう依頼した。

メイロードの依頼ならばすべてに優先させるとコウダイ屋店主ラーヤは請け負ったが、そこから少し面倒な事件も起きた。

店主のラーヤは納品の前に、しっかりと衣装の寸法を確認し、メイロードの要求通りに光るのかどうかについても確認したい申し出た。ラーヤが衣装についてのこだわりを強く持っていることをわかっていたメイロードは、それも道理かと忙しい中、完成の一報を受けてすぐにランテルに赴いた。そして、フィッティングのときにローブに魔法力を流し、光り輝く姿を披露したのだが……ラーヤはすっかりその美しさに心を奪われてしまい、命が尽きてもいいからこの衣装が着たいと言い出したのだ。

着道楽のランテル人は服に命を賭けており、その執念は凄まじいものだ。これを着てみたいという気持ちもそれを思えば察せられたが、これに流れている魔法力はとてつもない量だ。

特に沿海州の人々は魔法力が少ないため、事実上メイロードのような光らせ方をした衣装を着ることは不可能だ。これは大陸のそこそこ魔法力量がある者でもかなり厳しい、稀に見る魔法力食いの衣装なのだ。それを何度説明しても、着てみたい、これを着ずには死ねないとさめざめと泣かれてしまったメイロードは、仕方なく〝雷の魔石〟の微細粉末を提供し、ラーヤさんのための衣装を作ることを許可した。

「いまのお仕事がひと段落したら、一日だけ、私が外部から魔法力を注いで、その衣装を光った状態で着せてあげますから、それまで待っていてくださいね。絶対自分で光らせようとか考えちゃダメですからね!」

そう約束して、なんとか説得には成功したものの、着道楽の執念は馬鹿にできないとメイロードはかなりあきれた。

そんな面倒を乗り越えて用意したこの衣装の効果は絶大で〝神の子〟のイメージ通りの、その神々しい姿に人々はウットリと釘付けになっている。当然、こんな衣装が用意されていることなど知るはずもない教会の人々は、何が起こっているのかと背後でざわざわしていたが、メイロードは知らん顔で話を進めた。

「お集まりいただいた皆様、私は皆さんを正しき道へと導くためにここへやってまいりました。
どうか私の言葉を信じ、心に刻んでください」

〝救国の聖戦士〟の言葉を聞き漏らすまいと、静かになった聴衆の前で、メイロードは手を組み祈るような仕草で語りかけた。

背後には、自分たちの計画の成功を確信して、表面は真面目な顔をしつつほくそ笑む法皇とジョリコフ枢機卿が、壇上の豪華な椅子に腰をかけて、これから起こるはずの開戦のトキの声を待っていた。

「まずは皆さんに、私が真に天より使わされた者であることをご覧にいれましょう」

メイロードがそう言って手を広げると、突然天からキラキラとした光が現れ、そこに眩い緑の宝石でできた竪琴が現れた。人々がその幻想的な光景に驚く中、その竪琴は広げられたメイロードの腕の中に収まり、その瞬間からこの世のものとは思えない美しい調べを奏で始めた。

(ああ、なんという美しさ。これは、まさに天の音!)
(何故でしょう……聞くだけで涙が……)
(あれは、どこから現れた? 本当に天から現れたのか?!)

竪琴が奏でる聞いたこともないような美しい音色に、人々はすぐ心を奪われ始めた。

そして、メイロードは聖天神教の古い賛美歌を歌い出す。

〝天を敬いなさい
大地を敬いなさい
すべては与えられた
すべてはそこにある

喜びなさい
歌いなさい
日々の糧を得られる幸せを
神とともにある平穏を

嘆きは祈りの中へ
生きとし生けるものよ
幸いあれ
幸いあれ〟

敬虔な信徒である人々の多くは、この賛美歌を知っており、いつの間にか皆が歌い始めていた。
メイロードの心地よい歌声は、広い会場のすべてを包み込んで響き渡り、メイロードの舞台には、小鳥たちがメイロードを見守るようにやってきていた。

(ああ、これは……)
(この方こそ、この方こそ……)

賛美歌は数回繰り返され、その間に人々の心はメイロードを〝天の使者〟と認めた。完全に人心を掌握したメイロードは、笑顔で人々を見つめる。

数十万に膨れ上がった聴衆の期待に満ちた眼差しの中〝救国の聖戦士〟は、極上の笑顔を聴衆に向け、その透き通った声でこう宣言した。

「本日このとき、キルム王国は〝キルム正教会〟を解体し、魔法の国であることを終えます」
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