563 / 837
4 聖人候補の領地経営
752 賛美歌
しおりを挟む
752
集まった人々があまりに増えすぎたため、急遽作られた高い位置の仮設舞台に、ゆっくりメイロードは姿を現した。待ちに待った〝救国の聖戦士〟を見た聴衆は、そのあまりに美しい佇まいに一様に息を呑んだ。
それは、聖戦士メイロードの姿が、人々の想像を超えて、あまりにも神々しかったからだ。この日のメイロードの衣装は、形こそ魔術師としての正装である長い裾をしたローブだったが、キルム正教会の紋章はどこにもない、光り輝く純白の衣装だった。
その衣装は文字通り〝光り輝いて〟いて、全身から滲むように広がった美しい光があふれており、美しい翠の髪を揺らした美少女を神々しく包んでいた。それは一眼見ただけで、彼女が特別な存在であることを人々に告げていた。
この衣装は、このときのために着道楽の街ランテルへ赴き、馴染みの高級服専門店コウダイ屋で特注したものだった。
以前、このランテルの街で起こった危機を救ったときにも使った〝雷の魔石〟の微細粉末を織り込んだ布を再度発注し、今回は魔術師のローブに仕立ててもらったのだ。この技術を伝えてあるのはこの店だけだったので、頼むとしたらここしかない。今回は前回のような豪華なステージ衣装とは違うため、色抜き加工といった特殊なことはせず、その代わり超特急で仕上げてもらうよう依頼した。
メイロードの依頼ならばすべてに優先させるとコウダイ屋店主ラーヤは請け負ったが、そこから少し面倒な事件も起きた。
店主のラーヤは納品の前に、しっかりと衣装の寸法を確認し、メイロードの要求通りに光るのかどうかについても確認したい申し出た。ラーヤが衣装についてのこだわりを強く持っていることをわかっていたメイロードは、それも道理かと忙しい中、完成の一報を受けてすぐにランテルに赴いた。そして、フィッティングのときにローブに魔法力を流し、光り輝く姿を披露したのだが……ラーヤはすっかりその美しさに心を奪われてしまい、命が尽きてもいいからこの衣装が着たいと言い出したのだ。
着道楽のランテル人は服に命を賭けており、その執念は凄まじいものだ。これを着てみたいという気持ちもそれを思えば察せられたが、これに流れている魔法力はとてつもない量だ。
特に沿海州の人々は魔法力が少ないため、事実上メイロードのような光らせ方をした衣装を着ることは不可能だ。これは大陸のそこそこ魔法力量がある者でもかなり厳しい、稀に見る魔法力食いの衣装なのだ。それを何度説明しても、着てみたい、これを着ずには死ねないとさめざめと泣かれてしまったメイロードは、仕方なく〝雷の魔石〟の微細粉末を提供し、ラーヤさんのための衣装を作ることを許可した。
「いまのお仕事がひと段落したら、一日だけ、私が外部から魔法力を注いで、その衣装を光った状態で着せてあげますから、それまで待っていてくださいね。絶対自分で光らせようとか考えちゃダメですからね!」
そう約束して、なんとか説得には成功したものの、着道楽の執念は馬鹿にできないとメイロードはかなりあきれた。
そんな面倒を乗り越えて用意したこの衣装の効果は絶大で〝神の子〟のイメージ通りの、その神々しい姿に人々はウットリと釘付けになっている。当然、こんな衣装が用意されていることなど知るはずもない教会の人々は、何が起こっているのかと背後でざわざわしていたが、メイロードは知らん顔で話を進めた。
「お集まりいただいた皆様、私は皆さんを正しき道へと導くためにここへやってまいりました。
どうか私の言葉を信じ、心に刻んでください」
〝救国の聖戦士〟の言葉を聞き漏らすまいと、静かになった聴衆の前で、メイロードは手を組み祈るような仕草で語りかけた。
背後には、自分たちの計画の成功を確信して、表面は真面目な顔をしつつほくそ笑む法皇とジョリコフ枢機卿が、壇上の豪華な椅子に腰をかけて、これから起こるはずの開戦の鬨の声を待っていた。
「まずは皆さんに、私が真に天より使わされた者であることをご覧にいれましょう」
メイロードがそう言って手を広げると、突然天からキラキラとした光が現れ、そこに眩い緑の宝石でできた竪琴が現れた。人々がその幻想的な光景に驚く中、その竪琴は広げられたメイロードの腕の中に収まり、その瞬間からこの世のものとは思えない美しい調べを奏で始めた。
(ああ、なんという美しさ。これは、まさに天の音!)
(何故でしょう……聞くだけで涙が……)
(あれは、どこから現れた? 本当に天から現れたのか?!)
竪琴が奏でる聞いたこともないような美しい音色に、人々はすぐ心を奪われ始めた。
そして、メイロードは聖天神教の古い賛美歌を歌い出す。
〝天を敬いなさい
大地を敬いなさい
すべては与えられた
すべてはそこにある
喜びなさい
歌いなさい
日々の糧を得られる幸せを
神とともにある平穏を
嘆きは祈りの中へ
生きとし生けるものよ
幸いあれ
幸いあれ〟
敬虔な信徒である人々の多くは、この賛美歌を知っており、いつの間にか皆が歌い始めていた。
メイロードの心地よい歌声は、広い会場のすべてを包み込んで響き渡り、メイロードの舞台には、小鳥たちがメイロードを見守るようにやってきていた。
(ああ、これは……)
(この方こそ、この方こそ……)
賛美歌は数回繰り返され、その間に人々の心はメイロードを〝天の使者〟と認めた。完全に人心を掌握したメイロードは、笑顔で人々を見つめる。
数十万に膨れ上がった聴衆の期待に満ちた眼差しの中〝救国の聖戦士〟は、極上の笑顔を聴衆に向け、その透き通った声でこう宣言した。
「本日このとき、キルム王国は〝キルム正教会〟を解体し、魔法の国であることを終えます」
集まった人々があまりに増えすぎたため、急遽作られた高い位置の仮設舞台に、ゆっくりメイロードは姿を現した。待ちに待った〝救国の聖戦士〟を見た聴衆は、そのあまりに美しい佇まいに一様に息を呑んだ。
それは、聖戦士メイロードの姿が、人々の想像を超えて、あまりにも神々しかったからだ。この日のメイロードの衣装は、形こそ魔術師としての正装である長い裾をしたローブだったが、キルム正教会の紋章はどこにもない、光り輝く純白の衣装だった。
その衣装は文字通り〝光り輝いて〟いて、全身から滲むように広がった美しい光があふれており、美しい翠の髪を揺らした美少女を神々しく包んでいた。それは一眼見ただけで、彼女が特別な存在であることを人々に告げていた。
この衣装は、このときのために着道楽の街ランテルへ赴き、馴染みの高級服専門店コウダイ屋で特注したものだった。
以前、このランテルの街で起こった危機を救ったときにも使った〝雷の魔石〟の微細粉末を織り込んだ布を再度発注し、今回は魔術師のローブに仕立ててもらったのだ。この技術を伝えてあるのはこの店だけだったので、頼むとしたらここしかない。今回は前回のような豪華なステージ衣装とは違うため、色抜き加工といった特殊なことはせず、その代わり超特急で仕上げてもらうよう依頼した。
メイロードの依頼ならばすべてに優先させるとコウダイ屋店主ラーヤは請け負ったが、そこから少し面倒な事件も起きた。
店主のラーヤは納品の前に、しっかりと衣装の寸法を確認し、メイロードの要求通りに光るのかどうかについても確認したい申し出た。ラーヤが衣装についてのこだわりを強く持っていることをわかっていたメイロードは、それも道理かと忙しい中、完成の一報を受けてすぐにランテルに赴いた。そして、フィッティングのときにローブに魔法力を流し、光り輝く姿を披露したのだが……ラーヤはすっかりその美しさに心を奪われてしまい、命が尽きてもいいからこの衣装が着たいと言い出したのだ。
着道楽のランテル人は服に命を賭けており、その執念は凄まじいものだ。これを着てみたいという気持ちもそれを思えば察せられたが、これに流れている魔法力はとてつもない量だ。
特に沿海州の人々は魔法力が少ないため、事実上メイロードのような光らせ方をした衣装を着ることは不可能だ。これは大陸のそこそこ魔法力量がある者でもかなり厳しい、稀に見る魔法力食いの衣装なのだ。それを何度説明しても、着てみたい、これを着ずには死ねないとさめざめと泣かれてしまったメイロードは、仕方なく〝雷の魔石〟の微細粉末を提供し、ラーヤさんのための衣装を作ることを許可した。
「いまのお仕事がひと段落したら、一日だけ、私が外部から魔法力を注いで、その衣装を光った状態で着せてあげますから、それまで待っていてくださいね。絶対自分で光らせようとか考えちゃダメですからね!」
そう約束して、なんとか説得には成功したものの、着道楽の執念は馬鹿にできないとメイロードはかなりあきれた。
そんな面倒を乗り越えて用意したこの衣装の効果は絶大で〝神の子〟のイメージ通りの、その神々しい姿に人々はウットリと釘付けになっている。当然、こんな衣装が用意されていることなど知るはずもない教会の人々は、何が起こっているのかと背後でざわざわしていたが、メイロードは知らん顔で話を進めた。
「お集まりいただいた皆様、私は皆さんを正しき道へと導くためにここへやってまいりました。
どうか私の言葉を信じ、心に刻んでください」
〝救国の聖戦士〟の言葉を聞き漏らすまいと、静かになった聴衆の前で、メイロードは手を組み祈るような仕草で語りかけた。
背後には、自分たちの計画の成功を確信して、表面は真面目な顔をしつつほくそ笑む法皇とジョリコフ枢機卿が、壇上の豪華な椅子に腰をかけて、これから起こるはずの開戦の鬨の声を待っていた。
「まずは皆さんに、私が真に天より使わされた者であることをご覧にいれましょう」
メイロードがそう言って手を広げると、突然天からキラキラとした光が現れ、そこに眩い緑の宝石でできた竪琴が現れた。人々がその幻想的な光景に驚く中、その竪琴は広げられたメイロードの腕の中に収まり、その瞬間からこの世のものとは思えない美しい調べを奏で始めた。
(ああ、なんという美しさ。これは、まさに天の音!)
(何故でしょう……聞くだけで涙が……)
(あれは、どこから現れた? 本当に天から現れたのか?!)
竪琴が奏でる聞いたこともないような美しい音色に、人々はすぐ心を奪われ始めた。
そして、メイロードは聖天神教の古い賛美歌を歌い出す。
〝天を敬いなさい
大地を敬いなさい
すべては与えられた
すべてはそこにある
喜びなさい
歌いなさい
日々の糧を得られる幸せを
神とともにある平穏を
嘆きは祈りの中へ
生きとし生けるものよ
幸いあれ
幸いあれ〟
敬虔な信徒である人々の多くは、この賛美歌を知っており、いつの間にか皆が歌い始めていた。
メイロードの心地よい歌声は、広い会場のすべてを包み込んで響き渡り、メイロードの舞台には、小鳥たちがメイロードを見守るようにやってきていた。
(ああ、これは……)
(この方こそ、この方こそ……)
賛美歌は数回繰り返され、その間に人々の心はメイロードを〝天の使者〟と認めた。完全に人心を掌握したメイロードは、笑顔で人々を見つめる。
数十万に膨れ上がった聴衆の期待に満ちた眼差しの中〝救国の聖戦士〟は、極上の笑顔を聴衆に向け、その透き通った声でこう宣言した。
「本日このとき、キルム王国は〝キルム正教会〟を解体し、魔法の国であることを終えます」
198
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。