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4 聖人候補の領地経営
723 八組の子供たち
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723
〝孤児院〟のタイムスケジュールは厳格だ。
早朝六時に起床後すると、すぐ子供たちは教会でのミサに参加して朝の祈りを主神マーヴに捧げる。その後は各々の寮へと戻り朝食の準備をし朝食を取る。食事の準備は監視役の〝先生〟の指導を受けながら、下位の組の生徒たちが行っているそうだ。
(ああ、それで食事の質が良くないわけね。もともと調理経験などない子供たちに、先生が指示だけ出したってダメに決まってるわ)
その後、魔法のための座学、魔法訓練、実技演習、さらに奉仕活動という名の院内の雑務を行う時間などがあり、昼食は五の組以上に属する生徒にだけ与えられる。これもわかりやすい差別待遇だ。成長期の子供たちが空腹に耐えるのはさぞ辛いことだろう。
さらに五より上位の組の寮生はこの奉仕活動という名の雑務も〝魔法の修練のため〟であれば免除されるため、事実上働く必要がない。寮の設備、食事の質や量、生活全般についての規律や制限、すべてのものごとの優先順位……ここでは、すべて魔法の才能があるかないかで決まっていた。そして〝先生〟の贔屓もありえないほど露骨であることが当たり前……この〝孤児院〟での魔術師としての能力に対するランク付けは、魔法学校よりもずっと極端で残酷なものだ。
逆にいえば、ここでは実力を評価されれば思っていた以上に自由が利く。もちろん、その根底には〝先生〟に子供たちは逆らえないという確信があってのことであり、あのアーティファクトを使った洗脳が機能しているからなのだが……
〝孤児院〟の状況を把握した私は、これを最大限に利用するための行動を開始した。
もちろんやりすぎないよう加減しながらだが、最初から常に彼らが望む以上になるよう魔法の修練をこなしていったのだ。私に最初に与えられたのは〝五の十二〟という席次で、それでも新入生としては破格の地位だったのだが、私は命じられるまま水そして土系の魔法を怒涛の勢いで習得していき(まぁ、もう習得済みのものを解放していっただけだけど)、初級を一週間、中級も一週間でほぼマスターしてみせた。
教師たちは空いた口が塞がらないという感じだったが、私の設定が貴族の庶子であったため、本家に引き取るため凄腕の家庭教師にみっちり指導を受けていたのだろう、ということでこの長足の進歩も納得したらしい。
魔法をマスターすると、その度に席次は上がっていき、ついにここでの最高クラス八組の五席になるまで、一ヶ月もいらなかった。八組は五名しかいない最高ランクで、私以外は十五歳以上のここで長く修行してきた子たちばかりだった。
新しい寮へと私が連れて行かれ、八組に入ることが〝先生〟から告げられたとき、四人は決して歓迎しているような表情ではなかった。
それはそうだろう。彼らはいま、この〝孤児院〟における絶対的存在だ。そのことに対して強烈なプライドを持ってもいる。ところがその地位まであっという間に登ってきた謎の子供が目の前にいるのだ。自分たち以上の何者かかもしれないという焦りの気持ちもあろうし、何より彼らにとっては自分たちの席次を脅かす異分子でしかないだろう。
「こんな子供を〝聖戦士〟として、すぐにでも聖戦に参加するべく招集されるだろう我々と同列に扱うとは……先生方は本気なのですか?」
そう言ったのは席次一位のソルトーニという鮮やかな赤と金のメッシュの髪に赤い瞳をしたひょろっと背の高い十六歳の男の子だった。
数字でしか呼ばれないこの〝孤児院〟で、名を名乗ることを許されているたった五名のうちのひとりだ。
「本当に驚きです。随分と性急ですわね。こんなこと初めてではありませんか? 本当にその小さな子が私たちに匹敵する魔法の使い手だとおっしゃるのかしら?」
こちらは席次二位のノルエリア。茶色の瞳と長い茶色の髪、おそらく土系の魔法のエキスパートだと思われた。
「実に、実に不愉快だ。われらとこのガキを同列に処遇なさるとは!」
私を睨むのは全体に非常に線が細い、席次三位のシャラマンという目つきの鋭い少年。席次四位のこちらはかなり太めのバグースードという名の少年にも冷た目で見下ろされた。
こうした軋轢には慣れっこなのか、私をここへ連れてきた〝先生〟は、笑顔のままだ。
「ではぜひ、互いの実力を知り、研鑽を積んでください。それがあなたたち選ばれし〝聖戦士〟に課せられた務めです。あなたたち八組の更なる飛躍を期待していますよ」
ソルトーニは、頭を下げつつも鋭い目つきのまま言葉を返す。
「我らが使命にためならば、お望みの通りまっとういたしましょう」
(うわぁ、バッチバチだなぁ)
私としてはこうして順当に八組に昇格でき、ここで自由度が最も高い状況になれたので、すでにこれ以上を望むつもりはないのだが、どうやらそうも言ってはいられない様子だ。
魔法修行のパフォーマンスはもう終わりにして、ここからは一気に内偵を進めるべく動きたかったのだが、話はそう簡単ではないらしい。
「我に正義あり。八組五将での覇者決定戦をお願いしたい」
ソルトーニの言葉に
「意義なし」
「同意する」
「わかりました」
と三人はすぐに合意、その瞳は私の方を見ている。
「え? な、なんですか? はしゃ?」
「覇者決定戦だ。お前が八組に入ったことで、この八組の序列をもう一度確定させる必要ができた。ここでは序列を賭けた試合を〝覇者決定戦〟というのだ」
現在の覇者であるソルトーニは自信にあふれた表情で私にそう言った。
「拒否権は……」
「あるわけがなかろう」
「……ですよねぇ」
困惑する私を取り囲み、余裕綽々の表情の四人は、きっと新人を少しいたぶって格の違いを見せてやろう、ぐらいの気持ちなのだろう。
私はどうやら決定事項の〝覇者決定戦〟のせいで、また内偵が進められないことに深いため息をつくしかなかった。
〝孤児院〟のタイムスケジュールは厳格だ。
早朝六時に起床後すると、すぐ子供たちは教会でのミサに参加して朝の祈りを主神マーヴに捧げる。その後は各々の寮へと戻り朝食の準備をし朝食を取る。食事の準備は監視役の〝先生〟の指導を受けながら、下位の組の生徒たちが行っているそうだ。
(ああ、それで食事の質が良くないわけね。もともと調理経験などない子供たちに、先生が指示だけ出したってダメに決まってるわ)
その後、魔法のための座学、魔法訓練、実技演習、さらに奉仕活動という名の院内の雑務を行う時間などがあり、昼食は五の組以上に属する生徒にだけ与えられる。これもわかりやすい差別待遇だ。成長期の子供たちが空腹に耐えるのはさぞ辛いことだろう。
さらに五より上位の組の寮生はこの奉仕活動という名の雑務も〝魔法の修練のため〟であれば免除されるため、事実上働く必要がない。寮の設備、食事の質や量、生活全般についての規律や制限、すべてのものごとの優先順位……ここでは、すべて魔法の才能があるかないかで決まっていた。そして〝先生〟の贔屓もありえないほど露骨であることが当たり前……この〝孤児院〟での魔術師としての能力に対するランク付けは、魔法学校よりもずっと極端で残酷なものだ。
逆にいえば、ここでは実力を評価されれば思っていた以上に自由が利く。もちろん、その根底には〝先生〟に子供たちは逆らえないという確信があってのことであり、あのアーティファクトを使った洗脳が機能しているからなのだが……
〝孤児院〟の状況を把握した私は、これを最大限に利用するための行動を開始した。
もちろんやりすぎないよう加減しながらだが、最初から常に彼らが望む以上になるよう魔法の修練をこなしていったのだ。私に最初に与えられたのは〝五の十二〟という席次で、それでも新入生としては破格の地位だったのだが、私は命じられるまま水そして土系の魔法を怒涛の勢いで習得していき(まぁ、もう習得済みのものを解放していっただけだけど)、初級を一週間、中級も一週間でほぼマスターしてみせた。
教師たちは空いた口が塞がらないという感じだったが、私の設定が貴族の庶子であったため、本家に引き取るため凄腕の家庭教師にみっちり指導を受けていたのだろう、ということでこの長足の進歩も納得したらしい。
魔法をマスターすると、その度に席次は上がっていき、ついにここでの最高クラス八組の五席になるまで、一ヶ月もいらなかった。八組は五名しかいない最高ランクで、私以外は十五歳以上のここで長く修行してきた子たちばかりだった。
新しい寮へと私が連れて行かれ、八組に入ることが〝先生〟から告げられたとき、四人は決して歓迎しているような表情ではなかった。
それはそうだろう。彼らはいま、この〝孤児院〟における絶対的存在だ。そのことに対して強烈なプライドを持ってもいる。ところがその地位まであっという間に登ってきた謎の子供が目の前にいるのだ。自分たち以上の何者かかもしれないという焦りの気持ちもあろうし、何より彼らにとっては自分たちの席次を脅かす異分子でしかないだろう。
「こんな子供を〝聖戦士〟として、すぐにでも聖戦に参加するべく招集されるだろう我々と同列に扱うとは……先生方は本気なのですか?」
そう言ったのは席次一位のソルトーニという鮮やかな赤と金のメッシュの髪に赤い瞳をしたひょろっと背の高い十六歳の男の子だった。
数字でしか呼ばれないこの〝孤児院〟で、名を名乗ることを許されているたった五名のうちのひとりだ。
「本当に驚きです。随分と性急ですわね。こんなこと初めてではありませんか? 本当にその小さな子が私たちに匹敵する魔法の使い手だとおっしゃるのかしら?」
こちらは席次二位のノルエリア。茶色の瞳と長い茶色の髪、おそらく土系の魔法のエキスパートだと思われた。
「実に、実に不愉快だ。われらとこのガキを同列に処遇なさるとは!」
私を睨むのは全体に非常に線が細い、席次三位のシャラマンという目つきの鋭い少年。席次四位のこちらはかなり太めのバグースードという名の少年にも冷た目で見下ろされた。
こうした軋轢には慣れっこなのか、私をここへ連れてきた〝先生〟は、笑顔のままだ。
「ではぜひ、互いの実力を知り、研鑽を積んでください。それがあなたたち選ばれし〝聖戦士〟に課せられた務めです。あなたたち八組の更なる飛躍を期待していますよ」
ソルトーニは、頭を下げつつも鋭い目つきのまま言葉を返す。
「我らが使命にためならば、お望みの通りまっとういたしましょう」
(うわぁ、バッチバチだなぁ)
私としてはこうして順当に八組に昇格でき、ここで自由度が最も高い状況になれたので、すでにこれ以上を望むつもりはないのだが、どうやらそうも言ってはいられない様子だ。
魔法修行のパフォーマンスはもう終わりにして、ここからは一気に内偵を進めるべく動きたかったのだが、話はそう簡単ではないらしい。
「我に正義あり。八組五将での覇者決定戦をお願いしたい」
ソルトーニの言葉に
「意義なし」
「同意する」
「わかりました」
と三人はすぐに合意、その瞳は私の方を見ている。
「え? な、なんですか? はしゃ?」
「覇者決定戦だ。お前が八組に入ったことで、この八組の序列をもう一度確定させる必要ができた。ここでは序列を賭けた試合を〝覇者決定戦〟というのだ」
現在の覇者であるソルトーニは自信にあふれた表情で私にそう言った。
「拒否権は……」
「あるわけがなかろう」
「……ですよねぇ」
困惑する私を取り囲み、余裕綽々の表情の四人は、きっと新人を少しいたぶって格の違いを見せてやろう、ぐらいの気持ちなのだろう。
私はどうやら決定事項の〝覇者決定戦〟のせいで、また内偵が進められないことに深いため息をつくしかなかった。
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