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4 聖人候補の領地経営
717 潜入
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717
馬車の進路は東へ向いていた。どうやらこの馬車は、ロームバルトを横断するような進路をとっているようだ。
だが、馬車で走りやすいはずの大きな街道にはまったく出ることなく、街のある場所にも一切立ち寄ることはなかった。それどころか食事のなどのため一日数回の小休止は挟むものの、三人は交代で御者を務め、眠るための休息を取ることもなかった。よほど急いでいるようで、夜には速度を上げて駆け、昼も隠れるように慎重に動いていった。
(まぁ、誘拐犯の行動としては、この慎重さは当然なのかもしれないけど、夜間のしかも危険だらけで往来もほとんどないような小さな道を選んで進めるってことは、この馬車はかなりしっかり魔法で守られているってことなのかな。それにしても、強行軍だなぁ)
彼らは魔法を使うことに躊躇がなかった。私が観察していたところでは、《烈風》と《強筋》を組み合わせた《駆け馬》の魔法をずっと使い続け、人と遭遇しそうな場所ではあまり精度は高くないものの《迷彩魔法》まで使用していた。私を運んでいる御者を含めた三人はいずれも魔法使いらしく、男たちはその他にも大小様々な魔法を駆使して、最速最短での移動をし続けている。
交代で休んではいるのだろうが、食事も睡眠も決して万全ではないだろう。魔法力の回復も完全ではないはずだ。
なのに、この魔法を連続行使することへの躊躇のなさはなぜなのか、違和感を覚えずにはいられない。
魔法使いの保有する魔法力は、十分な睡眠と栄養摂取によってほぼ一晩で回復するが、現状はそのどちらも不十分な状況にしか思えない。栄養価もバランスも悪い粗末な食事に、安眠は難しい揺れる馬車の中で交代で取る短時間睡眠。そんな状態で、仮に魔法力が一割以下にまで減れば生命力まで奪われ始め、魔法力そのものの威力も減衰し始める。いつかの私のように死にかけるし、最悪死ぬこともある。それを防ぐため魔法力を一時的に回復させる魔法薬はあるが、これには副作用があり使いすぎるとその後恒久的な魔法力量そのものの低下を招くため、非常時以外に使うことは危険だ。
だから魔法使いは基本的に魔法の使用にとても慎重だ。
どんな場合でも、自分の魔法力量を常に監視しながら、最小限の力で最大限の効果が得られるよう行動する。魔法学校でも、このことは最初に教えられ、決して魔法力の枯渇といった事態に至らないようにくどいぐらい釘を刺される。
(それでも毎年結構な人数が倒れるんだよね。若い魔法使いは意識が魔法に集中しすぎると、どうしても魔法力の監視がおろそかになっちゃうから……)
《駆け馬》ぐらいの魔法であれば、長距離使用してもさして大きな負荷はかからないが、《迷彩魔法》レベルの高度な魔法となるとそうもいかない。それに夜間の移動のため、魔物と遭遇する危険はたとえ《迷彩魔法》を使用していてもゼロではないし、彼らの《迷彩魔法》はグッケンス博士のそれとはまるっきり精度が違う。
鼻の効く魔物や特殊な感覚器を持つタイプの魔物なら、おそらく見破られる程度のものだ。
(普通は最悪の状況を考え、交戦に至っても問題ないよう魔法の使用
をセーブするものなんだけどなぁ……)
《迷彩魔法》の精度の低さから考えても、彼らがそこまで魔法力が高いとも熟達しているとも考えにくいのだが、それでも彼らはまったく魔法の使用に躊躇がない。
私は不思議で仕方がなかったが、その理由を聞くわけにもいかず、ただ頭を捻るしかなかった。
この間、私は結構自由にしていた。彼らは馬車の幌を仕切ってその中に私を隠していて、その仕切りの前に荷物まで積み上げてカモフラージュしていたので、食事休憩の時に呼びに来る以外は接触してくる余裕もないらしく、放っておいてくれた。なので、セーヤとソーヤに彼らの動きを見張ってもらいながらだが、用意していたお弁当を食べたり、お茶を飲んだり、魔法で作ったエアクッションのようなものをベッド代わりに眠ったりと、実は粗食と睡眠不足と疲労に苛まれている三人とは比較にならない快適な旅をしていた。
(さすがにあの食事が続いたら辛すぎるよ)
この強行軍で四日間を駆け抜け、やってきた場所はロームバルト王国とキルム王国の国境沿いの地域だった。この魔法を大量投入し続けての昼夜問わずの移動は〝天舟〟には及ばないものの、それに近い驚異的な速さの移動だった。
馬の速度をがゆるみ、馬車がたどり着いた場所は、《地形把握》でみるとかなり歪みがあり、どうやら敷地周辺にはなかなか強力な《迷彩魔法》が施されているとわかった。〝孤児院〟の敷地は外部から完全に遮断されている。
周辺は森林地帯で、徒歩で移動できるような場所に他に人の住む場所はない、完全に閉じられた場所だった。
(こんなところに〝孤児院〟ねぇ……怪しすぎるでしょう)
私は《地形把握》で得た情報を《脳内地図》へと書き込み、位置情報をできる限り正確に記録しておいた。
(これで第一目標は達成ね。私がこの情報を持ち出せるのと《輝鳴玉》がこの場所を見つけるのと、どっちが早いかな)
場所がロームバルト王国内と確定したことで、シド帝国はますます表立って動くことが簡単にはできなくなった。とはいえ、現在は二国間の政治状況はだいぶ改善してきているので、協力を得ることはできるとドール参謀は言っていた。
(その辺りの手腕はドール参謀にお任せだね。私は〝孤児院〟の様子を探らなくちゃ……)
《迷彩魔法》のかけられた門を抜けると、そこにはいくつかの立派な建物が見えてきた。雰囲気は学校のように見える。奥には荘厳な教会建築、そしてたくさんの五、六歳から十代前半ぐらいの年齢の同じ制服を着た子供たちが、整然と建物の間を移動している。
(三百人、いやもっとかな。まさか、この子たち全部誘拐されてきたの!?)
私は前庭のような場所で馬車から下ろされると、丈の長い詰襟の黒い服を来たふたりの男たちに連れられ、敷地の奥にある教会の方向へと進んでいった。私は、その間もうつむきつつ周囲を観察していたが、そこでもこの場所の異様さを感じることになった。
もちろん、子供たちの人数の多さに驚きを隠せなかった。だがそれ以上に、子供たちの従順さ、ときには笑顔を見せて話している様子を見ると、彼らはこの状況を受け入れているとしか思えず、ごく普通の寄宿学校のような雰囲気だったのだ。
生徒たちの話し声を背に、私はこの〝孤児院〟の謎を解かなければ、との思いを強くしながら、この〝孤児院〟の関係者が待っているのだろう教会へと歩みを進めていった。
馬車の進路は東へ向いていた。どうやらこの馬車は、ロームバルトを横断するような進路をとっているようだ。
だが、馬車で走りやすいはずの大きな街道にはまったく出ることなく、街のある場所にも一切立ち寄ることはなかった。それどころか食事のなどのため一日数回の小休止は挟むものの、三人は交代で御者を務め、眠るための休息を取ることもなかった。よほど急いでいるようで、夜には速度を上げて駆け、昼も隠れるように慎重に動いていった。
(まぁ、誘拐犯の行動としては、この慎重さは当然なのかもしれないけど、夜間のしかも危険だらけで往来もほとんどないような小さな道を選んで進めるってことは、この馬車はかなりしっかり魔法で守られているってことなのかな。それにしても、強行軍だなぁ)
彼らは魔法を使うことに躊躇がなかった。私が観察していたところでは、《烈風》と《強筋》を組み合わせた《駆け馬》の魔法をずっと使い続け、人と遭遇しそうな場所ではあまり精度は高くないものの《迷彩魔法》まで使用していた。私を運んでいる御者を含めた三人はいずれも魔法使いらしく、男たちはその他にも大小様々な魔法を駆使して、最速最短での移動をし続けている。
交代で休んではいるのだろうが、食事も睡眠も決して万全ではないだろう。魔法力の回復も完全ではないはずだ。
なのに、この魔法を連続行使することへの躊躇のなさはなぜなのか、違和感を覚えずにはいられない。
魔法使いの保有する魔法力は、十分な睡眠と栄養摂取によってほぼ一晩で回復するが、現状はそのどちらも不十分な状況にしか思えない。栄養価もバランスも悪い粗末な食事に、安眠は難しい揺れる馬車の中で交代で取る短時間睡眠。そんな状態で、仮に魔法力が一割以下にまで減れば生命力まで奪われ始め、魔法力そのものの威力も減衰し始める。いつかの私のように死にかけるし、最悪死ぬこともある。それを防ぐため魔法力を一時的に回復させる魔法薬はあるが、これには副作用があり使いすぎるとその後恒久的な魔法力量そのものの低下を招くため、非常時以外に使うことは危険だ。
だから魔法使いは基本的に魔法の使用にとても慎重だ。
どんな場合でも、自分の魔法力量を常に監視しながら、最小限の力で最大限の効果が得られるよう行動する。魔法学校でも、このことは最初に教えられ、決して魔法力の枯渇といった事態に至らないようにくどいぐらい釘を刺される。
(それでも毎年結構な人数が倒れるんだよね。若い魔法使いは意識が魔法に集中しすぎると、どうしても魔法力の監視がおろそかになっちゃうから……)
《駆け馬》ぐらいの魔法であれば、長距離使用してもさして大きな負荷はかからないが、《迷彩魔法》レベルの高度な魔法となるとそうもいかない。それに夜間の移動のため、魔物と遭遇する危険はたとえ《迷彩魔法》を使用していてもゼロではないし、彼らの《迷彩魔法》はグッケンス博士のそれとはまるっきり精度が違う。
鼻の効く魔物や特殊な感覚器を持つタイプの魔物なら、おそらく見破られる程度のものだ。
(普通は最悪の状況を考え、交戦に至っても問題ないよう魔法の使用
をセーブするものなんだけどなぁ……)
《迷彩魔法》の精度の低さから考えても、彼らがそこまで魔法力が高いとも熟達しているとも考えにくいのだが、それでも彼らはまったく魔法の使用に躊躇がない。
私は不思議で仕方がなかったが、その理由を聞くわけにもいかず、ただ頭を捻るしかなかった。
この間、私は結構自由にしていた。彼らは馬車の幌を仕切ってその中に私を隠していて、その仕切りの前に荷物まで積み上げてカモフラージュしていたので、食事休憩の時に呼びに来る以外は接触してくる余裕もないらしく、放っておいてくれた。なので、セーヤとソーヤに彼らの動きを見張ってもらいながらだが、用意していたお弁当を食べたり、お茶を飲んだり、魔法で作ったエアクッションのようなものをベッド代わりに眠ったりと、実は粗食と睡眠不足と疲労に苛まれている三人とは比較にならない快適な旅をしていた。
(さすがにあの食事が続いたら辛すぎるよ)
この強行軍で四日間を駆け抜け、やってきた場所はロームバルト王国とキルム王国の国境沿いの地域だった。この魔法を大量投入し続けての昼夜問わずの移動は〝天舟〟には及ばないものの、それに近い驚異的な速さの移動だった。
馬の速度をがゆるみ、馬車がたどり着いた場所は、《地形把握》でみるとかなり歪みがあり、どうやら敷地周辺にはなかなか強力な《迷彩魔法》が施されているとわかった。〝孤児院〟の敷地は外部から完全に遮断されている。
周辺は森林地帯で、徒歩で移動できるような場所に他に人の住む場所はない、完全に閉じられた場所だった。
(こんなところに〝孤児院〟ねぇ……怪しすぎるでしょう)
私は《地形把握》で得た情報を《脳内地図》へと書き込み、位置情報をできる限り正確に記録しておいた。
(これで第一目標は達成ね。私がこの情報を持ち出せるのと《輝鳴玉》がこの場所を見つけるのと、どっちが早いかな)
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(その辺りの手腕はドール参謀にお任せだね。私は〝孤児院〟の様子を探らなくちゃ……)
《迷彩魔法》のかけられた門を抜けると、そこにはいくつかの立派な建物が見えてきた。雰囲気は学校のように見える。奥には荘厳な教会建築、そしてたくさんの五、六歳から十代前半ぐらいの年齢の同じ制服を着た子供たちが、整然と建物の間を移動している。
(三百人、いやもっとかな。まさか、この子たち全部誘拐されてきたの!?)
私は前庭のような場所で馬車から下ろされると、丈の長い詰襟の黒い服を来たふたりの男たちに連れられ、敷地の奥にある教会の方向へと進んでいった。私は、その間もうつむきつつ周囲を観察していたが、そこでもこの場所の異様さを感じることになった。
もちろん、子供たちの人数の多さに驚きを隠せなかった。だがそれ以上に、子供たちの従順さ、ときには笑顔を見せて話している様子を見ると、彼らはこの状況を受け入れているとしか思えず、ごく普通の寄宿学校のような雰囲気だったのだ。
生徒たちの話し声を背に、私はこの〝孤児院〟の謎を解かなければ、との思いを強くしながら、この〝孤児院〟の関係者が待っているのだろう教会へと歩みを進めていった。
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