519 / 832
4 聖人候補の領地経営
708 開放と罪と
しおりを挟む
708
悪用された《魔法契約書》ほど危険なものはない、とよく理解していたつもりだった私だが、ここまでひどい使われ方を聞いたのは初めてだった。
サンクたちは幼い頃からの唯一の拠り所である、心から信じていた〝孤児院〟の院長に裏切られた。あまつさえ、騙されたまま自らの魔法力を注ぎ込んで作り上げた《魔法契約書》にサインと血判を押し、自らを自らの魔法で奴隷へと落とすことになってしまったのだ。すべては幼い頃から教え込まれた〝正しいことをするため〟だと疑わず、誇りさえ抱いて外の世界へ出た。だがその瞬間から、彼等の地獄は始まっていた。
「情けないことですが、私たちはお金の使い方すら知らないほどの世間知らずのまま〝売られた〟のです。わからないことだらけの世界で、身動きも取れず、絶望に蝕まれ、いつしか考える力すら失って……」
あとは再び泣くばかりのサンクに、私はかける言葉がなく、どうしたものかとしばらくその様子を見ていた。すると、泣きながらもサンクは再び語り始めた。
「あの男たちに囚われてからのこの一年は、永遠に感じられるほど辛い時間でした。ですが、今日その試練は終わりを告げました。すべてはメイロードさまのおかげです。見てください。あいつらに殴られたあざもつけられた傷も、メイロードさまに頂いた天上の香りのお茶と甘美なスープをいただいたことで、すっかり癒されたのです」
(しまった! そこまであの異世界ニンジンは効果が高かったのか! まぁ、たしかに一部スパイスも異世界産を使っているしなぁ……思った以上に回復力が高かったんだな……)
たしかにいま見たところ、三人の血色は良くなっていて、最初に見たときには確かにあったはずの痛々しい傷やあざも見当たらなくなっている。
「このような神の如き御技でお助けいただきましたこと、私は生涯忘れません! 私のこれからの人生はメイロードの深い深い慈悲と奇跡を伝えるためにあるとさえ思っております」
「いや、そこまでのことじゃ……」
エルさんは少し私の方を見て、ほれ見たことか!という顔をしている。
(うーん、たしかに信者を増やしているなぁ……かといって、やってしまった〝奇跡〟は取り消せないし……ともかく、しっかり口止めしておかないと、きっと大変なことになっちゃう)
そこで私は極めて真面目な表情で、またお祈り状態に入ろうとしているサンクを説得にかかった。
「サンク、私からのお願いがあるとすれば、このことを決して人に言わないでほしいということだけです」
「え…?」
「いいですか。この事件には、まだ解明されていないことがたくさんあります。あなた方の《契約の首輪》についても謎が残されていますし、あなたたちのいたという〝孤児院〟についても謎だらけです。
それに、あなたたちのひどい扱いの話を聞いただけでも、これには大掛かりで、かなり良くない犯罪が行われている可能性が十分考えられます。このままにはしておけないし、こちらがあなたたちから情報を掴んでいるという事実も絶対に人に悟らせてはなりません」
私の言葉にサンクは大きくうなずいた。
「たしかに、その通りでございます。私が浅はかでございました。メイロードさまからご許可をいただくまでは、この件について決して口外はいたしません。どうぞ、ご安心ください」
「そうしてください。お願いしますね」
私の言葉に、サンクは少しシュンしているがそれは仕方がない。これ以上、噂が広がることは絶対阻止しなければ、事件性云々以前に、この身が危ないのだ。
サンクへの聴取がひと段落したので、私は《契約の首輪》を調べてくれていたエルさんに声をかけた。
「どうですか。砕かずに外せそうでしょうか?」
私の言葉にエルさんは渋い顔だ。
「この首輪にはめられた石は、かなり特殊なものでね。私もいままで文献でしか見たことがない珍しいものだ。《鑑定》をしても邪悪な魔道具以上のことはわからない、その存在も怪しまれていたものなんだよ」
エルさんはそれ以上のことは言わなかった。何か、思うところはあるようだが確信が持てないのか、言うことすら危険を感じるのか、それはわからない。
「これをこの子たちを傷つけずに外すには、やはりメイロードの力を使うしかないだろうね。ただし、砕け散った瞬間に、魔法でその形を固定してみよう。それである程度は後から調べられるだろうからね」
そこで私とエルさんで、まずひとりの首輪を外すことを試みた。砕け散った《契約の首輪》は半分ほど残すことができたが、完全に復元することはできなかった。だが、それを踏まえて、つぎにエルさんが試みた固定魔法では、なんとか砕けた首輪がきっちりと元の形を保って保存された。ただし、はめられていた石は跡形もなく消えていたが……
「やはりあの石はダメだったね……まぁそうだろうとは思ったよ。いつまでもはめさせておくには忍びない危険なものだったし、ともかくあの〝鍵〟を壊さなけりゃ、この魔法契約は決して解除できないのだから、破壊はしかたなかろうよ」
きっと彼等を捕まえたのがシド帝国の軍部なら、ひとりは首輪を外さずにおいたに違いない。だが、私もエルさんもそんなかわいそうなことはとてもできない。だから、これでよかったのだと思う。
それでも私は、やっと最悪の首輪から解放されて、三人で抱き合って泣いている若い魔術師たちを見ながら、少し複雑な気持ちになっていた。
「サンクたちは罰を受けることになるんですよね」
「ああ、そうだろうね。契約で縛られていたとはいえ、盗賊の逃亡に一年以上手を貸しているし、犯罪にも加担させられていたんだろう。だが、うまくいけばこの《契約の首輪》の残骸が、この子たちの情状酌量を訴える切り札になるかもしれないね」
「そうであって欲しいですね……」
喜びに泣き続ける彼らを見ながらも、これからのことを思うと私の心は晴れなかった。
悪用された《魔法契約書》ほど危険なものはない、とよく理解していたつもりだった私だが、ここまでひどい使われ方を聞いたのは初めてだった。
サンクたちは幼い頃からの唯一の拠り所である、心から信じていた〝孤児院〟の院長に裏切られた。あまつさえ、騙されたまま自らの魔法力を注ぎ込んで作り上げた《魔法契約書》にサインと血判を押し、自らを自らの魔法で奴隷へと落とすことになってしまったのだ。すべては幼い頃から教え込まれた〝正しいことをするため〟だと疑わず、誇りさえ抱いて外の世界へ出た。だがその瞬間から、彼等の地獄は始まっていた。
「情けないことですが、私たちはお金の使い方すら知らないほどの世間知らずのまま〝売られた〟のです。わからないことだらけの世界で、身動きも取れず、絶望に蝕まれ、いつしか考える力すら失って……」
あとは再び泣くばかりのサンクに、私はかける言葉がなく、どうしたものかとしばらくその様子を見ていた。すると、泣きながらもサンクは再び語り始めた。
「あの男たちに囚われてからのこの一年は、永遠に感じられるほど辛い時間でした。ですが、今日その試練は終わりを告げました。すべてはメイロードさまのおかげです。見てください。あいつらに殴られたあざもつけられた傷も、メイロードさまに頂いた天上の香りのお茶と甘美なスープをいただいたことで、すっかり癒されたのです」
(しまった! そこまであの異世界ニンジンは効果が高かったのか! まぁ、たしかに一部スパイスも異世界産を使っているしなぁ……思った以上に回復力が高かったんだな……)
たしかにいま見たところ、三人の血色は良くなっていて、最初に見たときには確かにあったはずの痛々しい傷やあざも見当たらなくなっている。
「このような神の如き御技でお助けいただきましたこと、私は生涯忘れません! 私のこれからの人生はメイロードの深い深い慈悲と奇跡を伝えるためにあるとさえ思っております」
「いや、そこまでのことじゃ……」
エルさんは少し私の方を見て、ほれ見たことか!という顔をしている。
(うーん、たしかに信者を増やしているなぁ……かといって、やってしまった〝奇跡〟は取り消せないし……ともかく、しっかり口止めしておかないと、きっと大変なことになっちゃう)
そこで私は極めて真面目な表情で、またお祈り状態に入ろうとしているサンクを説得にかかった。
「サンク、私からのお願いがあるとすれば、このことを決して人に言わないでほしいということだけです」
「え…?」
「いいですか。この事件には、まだ解明されていないことがたくさんあります。あなた方の《契約の首輪》についても謎が残されていますし、あなたたちのいたという〝孤児院〟についても謎だらけです。
それに、あなたたちのひどい扱いの話を聞いただけでも、これには大掛かりで、かなり良くない犯罪が行われている可能性が十分考えられます。このままにはしておけないし、こちらがあなたたちから情報を掴んでいるという事実も絶対に人に悟らせてはなりません」
私の言葉にサンクは大きくうなずいた。
「たしかに、その通りでございます。私が浅はかでございました。メイロードさまからご許可をいただくまでは、この件について決して口外はいたしません。どうぞ、ご安心ください」
「そうしてください。お願いしますね」
私の言葉に、サンクは少しシュンしているがそれは仕方がない。これ以上、噂が広がることは絶対阻止しなければ、事件性云々以前に、この身が危ないのだ。
サンクへの聴取がひと段落したので、私は《契約の首輪》を調べてくれていたエルさんに声をかけた。
「どうですか。砕かずに外せそうでしょうか?」
私の言葉にエルさんは渋い顔だ。
「この首輪にはめられた石は、かなり特殊なものでね。私もいままで文献でしか見たことがない珍しいものだ。《鑑定》をしても邪悪な魔道具以上のことはわからない、その存在も怪しまれていたものなんだよ」
エルさんはそれ以上のことは言わなかった。何か、思うところはあるようだが確信が持てないのか、言うことすら危険を感じるのか、それはわからない。
「これをこの子たちを傷つけずに外すには、やはりメイロードの力を使うしかないだろうね。ただし、砕け散った瞬間に、魔法でその形を固定してみよう。それである程度は後から調べられるだろうからね」
そこで私とエルさんで、まずひとりの首輪を外すことを試みた。砕け散った《契約の首輪》は半分ほど残すことができたが、完全に復元することはできなかった。だが、それを踏まえて、つぎにエルさんが試みた固定魔法では、なんとか砕けた首輪がきっちりと元の形を保って保存された。ただし、はめられていた石は跡形もなく消えていたが……
「やはりあの石はダメだったね……まぁそうだろうとは思ったよ。いつまでもはめさせておくには忍びない危険なものだったし、ともかくあの〝鍵〟を壊さなけりゃ、この魔法契約は決して解除できないのだから、破壊はしかたなかろうよ」
きっと彼等を捕まえたのがシド帝国の軍部なら、ひとりは首輪を外さずにおいたに違いない。だが、私もエルさんもそんなかわいそうなことはとてもできない。だから、これでよかったのだと思う。
それでも私は、やっと最悪の首輪から解放されて、三人で抱き合って泣いている若い魔術師たちを見ながら、少し複雑な気持ちになっていた。
「サンクたちは罰を受けることになるんですよね」
「ああ、そうだろうね。契約で縛られていたとはいえ、盗賊の逃亡に一年以上手を貸しているし、犯罪にも加担させられていたんだろう。だが、うまくいけばこの《契約の首輪》の残骸が、この子たちの情状酌量を訴える切り札になるかもしれないね」
「そうであって欲しいですね……」
喜びに泣き続ける彼らを見ながらも、これからのことを思うと私の心は晴れなかった。
164
お気に入りに追加
13,089
あなたにおすすめの小説
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
最後に、お願いがあります
狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。
彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。