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4 聖人候補の領地経営
707 サンクの話
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707
「大変心苦しいのでございますが、それにつきましては、完全なお答えをお示しすることは難しいのでございます。申し訳ございません、姫巫女さま」
身を縮めるようにして、そう小さな声で答えた魔術師に、私はなるべく冷静な声で聞いてみた。
「私のことはメイロードでいいわ。それは、どういうことなのかしら」
この魔術師の名前は〝1の639〟だという。
「それが名前なの?」
「はい。あとのふたりは〝1の588〟〝1の605〟と呼ばれておりました。私たちは周囲を山に囲まれた孤児院で育ち、そこで魔法教育を受けながら暮らしていたのでございます」
幼いときにその〝孤児院〟へと連れてこられ、その敷地から出ることなく暮らしていた彼らには、その場所について知るすべはなかったという。
〝孤児院〟の子供たちは能力に差はあれど皆魔法力を有しており、《地形探査》の能力を持つ魔術師もいたというが、場所についての情報は決して口外してはならないし、聞いてはならないと厳しくしつけられていたという。
「私たちがその敷地を出ることはほとんどございませんでした。私たちは、ただひたすら聖なるお役目のために鍛錬を励むよう指導されたのでございます」
彼の話によると、その〝孤児院〟では子供たちは〝光の子〟と呼ばれており、やがては聖戦士として神のために戦うのだと教えられていたそうだ。幼い頃から厳しい規律と粗食の生活。そこで朝から晩まで魔法教育を受けた。それも極端に攻撃魔法一辺倒の〝魔術師〟養成のためだけの教育だったようだ。先生たちの命令は絶対で、そこに一切の娯楽はなく、読む本すら厳しく制限を受けていたという。
(あ、これダメな魔法教育じゃん!)
以前、私は電卓まで異世界から持ち込んで魔法学校の生徒たちのデータを集計し、統計を取ったことがある。それで明らかになったことだが、魔法使いの資質の開花には多種多様な経験が大いに役に立ち、積極的な課外活動は生徒たちの能力を底上げしていた。
あのとき、私がこの統計により明らかにした事実に、魔法学校の首脳陣はすぐさま学校の方針を変えた。いまではセルツの魔法学校では、多種多様な経験が積めるようクラブ活動や課外活動が大いに奨励され、実際にいろいろな新しい才能が開花している。
それに対し、彼等がいた〝孤児院〟とやらで行われている魔法教育は完全に真逆だ。幼い頃から魔法以外の何もしてはいけないと強制されるこんな高ストレス下で、なんの刺激もない日常を送り続けていては、才能のある子だって十分にその力を伸ばせないかもしれない。
「その中でも私たちは最下層のひとつ星組でした……」
魔法学校はどこでも序列好きらしく、彼等の〝孤児院〟でもあからさまに優秀な者とそうでないと者への待遇の差をつけていたそうだ。しかも歳を追うごとにその差別は苛烈になっていき、魔法力や技術がなかなか伸びない者は〝ひとつ星の穀潰し〟と蔑まれ、寝床もひどいもの、食事もろくに与えられなかったという。
(あーあ……それも絶対やっちゃダメなことじゃない。魔法力の正常な回復には十分な栄養としっかりした睡眠が不可欠なのに……そんな環境じゃ回復できなくて、ますます魔法が使えなくなっちゃう)
「えーと、1の639だったかしら……ああ呼びにくい! 仮に名前をつけてもいい?」
「は、はい。ありがとうございます。よろこんでお受けいたします」
「じゃ、サンクってどうかな?」
「サンク……サンク……は、はい。ありがとうございます」
サンクはものすごくうれしそうな紅潮した笑顔で、何度も自分の名前をつぶやいている。
「じゃ、サンク。次はどうしてその〝孤児院〟とやらにいたあなたたちが、あの凶悪な盗賊たちと魔法契約をすることになったのか、それを教えてくれるかしら」
そこからサンクが話してくれた事情は、なんともやりきれないものだった。
ある日、院長先生に三人は突然呼び出しを受けた。
緊張する彼らが通されたのは、初めて入る豪華な院長室だった。応接用の綺麗なテーブルの上には、いい香りのお茶や見たことのない甘いお菓子が並べられていて、それを勧めながら笑顔の院長先生は優しく彼等にこう言ったそうだ。
「〝光の子〟よ。あなたたちに聖なる使命が与えられるときが来ました」
そして、いよいよ聖戦に参加するときがきたと告げられ《魔法契約書》を渡されたのだという。それは、まだ名前が記されていない書類で、いずれそこには上官となる神の御使の名前が記されると聞かされた。契約書の内容は、その人物の命令に決して逆らわず、使命を果たすまで戦い抜くことを誓うという内容が記載されていたそうだ。
「君らの上官となる高潔な人物のために働きなさい。そのために君らは苦しい魔法修行を受けてきたのだ。さあ、魔法力を注ぎなさい」
それから、彼等は何日もかけてこの《魔法契約書》に必要な膨大な魔法力を注ぎ続け、二週間をかけて完成させた。
それを院長先生に渡すと、その日のうちに壮行会が開かれ、サンクたち三人が聖なる戦いに参加するため旅立つことが孤児院の子供たちに告げられた。中には最底辺のひとつ星である彼等の抜擢を訝しむ者もあったが、サンクたちは選ばれて偉大なるマーヴ神のための戦士として戦えることが誇らしく、皆に拍手で送り出され有頂天だったそうだ。
それから孤児院を遠く離れ長く馬車に揺られて着いたのは、サンクたちが初めてみる大きな街だった。だがその街の喧騒や明るさとは無縁のまま、彼等はどこか薄暗い雰囲気の宿へと連れて行かれることになった。ほとんど外の世界を知らない彼等は、言われるがままに進み、指示された場所でただ緊張して立ち尽くしていたが、そこに現れたのは、見たこともない人相の三人の男たちだった。
三人とも体格はいいが、ひとりは片腕がなく、ひとりは片目がなかった。
「ちっ、女じゃねぇのかよ! 気が気かねぇなぁ……」
ひとりはそう言いながら、唾を吐いた。
「あ……あなた方が、私たちの上官なのでしょうか?」
勇気を振り絞ってそう言ったサンクの姿を見て、男のひとりがうれしそうに笑う。
「ああ、そうだ。俺たちが〝魔術師様〟の飼い主になるんだ。ハハ!!」
混乱するサンクたちを無視して、三人の怪しい男たちは、サンクたちをここまで連れてきた男の指示に従い《魔法契約書》へとサインをし血判を押していく。すると、《魔法契約書》とその横に置かれていた小さな黒い石が浮かび上がり、首輪となって驚く三人の魔術師の首へとはめられた。
「いいか、最初の命令だ。俺たちが〝喋れ〟というまで、一言も喋るな!」
怪しい男がニヤニヤしながら発したあまりの命令にサンクは抗おうとするが、一言も声は出せず、出そうとすればするほど息苦しくなっていく。他の二人も同じ状態で、苦しそうに喘ぐばかりだ。
「見ろよ、本当だ。声も出せないぜ。こいつはいい。馬鹿高い買い物だったが、いまは手下も連れて歩けねぇからな。せいぜいこいつらに守ってもらって逃げおおせようぜ!」
「ああ、逃げ切ったら、あとはこいつらの魔法を使ってひと稼ぎだ。魔法は金になる。一生食わせてもらうぜ」
膝をつき苦しい息に喘ぎながら、サンクたちは連れてきた男が金らしきものを受け取り、こちらを一瞥することすらなく去っていく姿を見送ったそうだ。
こうしてサンクたちの奴隷生活は始まった。一切の自由のない命令されるがままの生活。ただ毎日彼等を守るために魔法を使い、ときに蹴られ、ときに殴られ、それでも嗚咽することすら禁じられた彼らは、心で涙を流しながら従い続けてきたのだ。
「なんてこと……」
私は奴隷にされた魔術師たちの、その壮絶な体験に言葉を失った。
「大変心苦しいのでございますが、それにつきましては、完全なお答えをお示しすることは難しいのでございます。申し訳ございません、姫巫女さま」
身を縮めるようにして、そう小さな声で答えた魔術師に、私はなるべく冷静な声で聞いてみた。
「私のことはメイロードでいいわ。それは、どういうことなのかしら」
この魔術師の名前は〝1の639〟だという。
「それが名前なの?」
「はい。あとのふたりは〝1の588〟〝1の605〟と呼ばれておりました。私たちは周囲を山に囲まれた孤児院で育ち、そこで魔法教育を受けながら暮らしていたのでございます」
幼いときにその〝孤児院〟へと連れてこられ、その敷地から出ることなく暮らしていた彼らには、その場所について知るすべはなかったという。
〝孤児院〟の子供たちは能力に差はあれど皆魔法力を有しており、《地形探査》の能力を持つ魔術師もいたというが、場所についての情報は決して口外してはならないし、聞いてはならないと厳しくしつけられていたという。
「私たちがその敷地を出ることはほとんどございませんでした。私たちは、ただひたすら聖なるお役目のために鍛錬を励むよう指導されたのでございます」
彼の話によると、その〝孤児院〟では子供たちは〝光の子〟と呼ばれており、やがては聖戦士として神のために戦うのだと教えられていたそうだ。幼い頃から厳しい規律と粗食の生活。そこで朝から晩まで魔法教育を受けた。それも極端に攻撃魔法一辺倒の〝魔術師〟養成のためだけの教育だったようだ。先生たちの命令は絶対で、そこに一切の娯楽はなく、読む本すら厳しく制限を受けていたという。
(あ、これダメな魔法教育じゃん!)
以前、私は電卓まで異世界から持ち込んで魔法学校の生徒たちのデータを集計し、統計を取ったことがある。それで明らかになったことだが、魔法使いの資質の開花には多種多様な経験が大いに役に立ち、積極的な課外活動は生徒たちの能力を底上げしていた。
あのとき、私がこの統計により明らかにした事実に、魔法学校の首脳陣はすぐさま学校の方針を変えた。いまではセルツの魔法学校では、多種多様な経験が積めるようクラブ活動や課外活動が大いに奨励され、実際にいろいろな新しい才能が開花している。
それに対し、彼等がいた〝孤児院〟とやらで行われている魔法教育は完全に真逆だ。幼い頃から魔法以外の何もしてはいけないと強制されるこんな高ストレス下で、なんの刺激もない日常を送り続けていては、才能のある子だって十分にその力を伸ばせないかもしれない。
「その中でも私たちは最下層のひとつ星組でした……」
魔法学校はどこでも序列好きらしく、彼等の〝孤児院〟でもあからさまに優秀な者とそうでないと者への待遇の差をつけていたそうだ。しかも歳を追うごとにその差別は苛烈になっていき、魔法力や技術がなかなか伸びない者は〝ひとつ星の穀潰し〟と蔑まれ、寝床もひどいもの、食事もろくに与えられなかったという。
(あーあ……それも絶対やっちゃダメなことじゃない。魔法力の正常な回復には十分な栄養としっかりした睡眠が不可欠なのに……そんな環境じゃ回復できなくて、ますます魔法が使えなくなっちゃう)
「えーと、1の639だったかしら……ああ呼びにくい! 仮に名前をつけてもいい?」
「は、はい。ありがとうございます。よろこんでお受けいたします」
「じゃ、サンクってどうかな?」
「サンク……サンク……は、はい。ありがとうございます」
サンクはものすごくうれしそうな紅潮した笑顔で、何度も自分の名前をつぶやいている。
「じゃ、サンク。次はどうしてその〝孤児院〟とやらにいたあなたたちが、あの凶悪な盗賊たちと魔法契約をすることになったのか、それを教えてくれるかしら」
そこからサンクが話してくれた事情は、なんともやりきれないものだった。
ある日、院長先生に三人は突然呼び出しを受けた。
緊張する彼らが通されたのは、初めて入る豪華な院長室だった。応接用の綺麗なテーブルの上には、いい香りのお茶や見たことのない甘いお菓子が並べられていて、それを勧めながら笑顔の院長先生は優しく彼等にこう言ったそうだ。
「〝光の子〟よ。あなたたちに聖なる使命が与えられるときが来ました」
そして、いよいよ聖戦に参加するときがきたと告げられ《魔法契約書》を渡されたのだという。それは、まだ名前が記されていない書類で、いずれそこには上官となる神の御使の名前が記されると聞かされた。契約書の内容は、その人物の命令に決して逆らわず、使命を果たすまで戦い抜くことを誓うという内容が記載されていたそうだ。
「君らの上官となる高潔な人物のために働きなさい。そのために君らは苦しい魔法修行を受けてきたのだ。さあ、魔法力を注ぎなさい」
それから、彼等は何日もかけてこの《魔法契約書》に必要な膨大な魔法力を注ぎ続け、二週間をかけて完成させた。
それを院長先生に渡すと、その日のうちに壮行会が開かれ、サンクたち三人が聖なる戦いに参加するため旅立つことが孤児院の子供たちに告げられた。中には最底辺のひとつ星である彼等の抜擢を訝しむ者もあったが、サンクたちは選ばれて偉大なるマーヴ神のための戦士として戦えることが誇らしく、皆に拍手で送り出され有頂天だったそうだ。
それから孤児院を遠く離れ長く馬車に揺られて着いたのは、サンクたちが初めてみる大きな街だった。だがその街の喧騒や明るさとは無縁のまま、彼等はどこか薄暗い雰囲気の宿へと連れて行かれることになった。ほとんど外の世界を知らない彼等は、言われるがままに進み、指示された場所でただ緊張して立ち尽くしていたが、そこに現れたのは、見たこともない人相の三人の男たちだった。
三人とも体格はいいが、ひとりは片腕がなく、ひとりは片目がなかった。
「ちっ、女じゃねぇのかよ! 気が気かねぇなぁ……」
ひとりはそう言いながら、唾を吐いた。
「あ……あなた方が、私たちの上官なのでしょうか?」
勇気を振り絞ってそう言ったサンクの姿を見て、男のひとりがうれしそうに笑う。
「ああ、そうだ。俺たちが〝魔術師様〟の飼い主になるんだ。ハハ!!」
混乱するサンクたちを無視して、三人の怪しい男たちは、サンクたちをここまで連れてきた男の指示に従い《魔法契約書》へとサインをし血判を押していく。すると、《魔法契約書》とその横に置かれていた小さな黒い石が浮かび上がり、首輪となって驚く三人の魔術師の首へとはめられた。
「いいか、最初の命令だ。俺たちが〝喋れ〟というまで、一言も喋るな!」
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「見ろよ、本当だ。声も出せないぜ。こいつはいい。馬鹿高い買い物だったが、いまは手下も連れて歩けねぇからな。せいぜいこいつらに守ってもらって逃げおおせようぜ!」
「ああ、逃げ切ったら、あとはこいつらの魔法を使ってひと稼ぎだ。魔法は金になる。一生食わせてもらうぜ」
膝をつき苦しい息に喘ぎながら、サンクたちは連れてきた男が金らしきものを受け取り、こちらを一瞥することすらなく去っていく姿を見送ったそうだ。
こうしてサンクたちの奴隷生活は始まった。一切の自由のない命令されるがままの生活。ただ毎日彼等を守るために魔法を使い、ときに蹴られ、ときに殴られ、それでも嗚咽することすら禁じられた彼らは、心で涙を流しながら従い続けてきたのだ。
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