利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

700 駐在さん

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700

「いや、メイロードさまのご領地は本当に平和でございますな」

軍備・警備局のために新たに建てられた官舎の応接室で、私と話しているのはレストン・カラックさん。シラン村の警備隊はカラックさんがしっかり訓練して増強も終わっていたので、彼にはマリス領の中枢へときてもらうことにした。現在は軍備・警備局長と総指揮官を兼務してもらっている。

私が領主に就任するまで、この領地にいたのはほんの申し訳程度の兵士とほとんど機能していない小さな軍事拠点だけだった。

さすがにこれはまずいということで、兵士の募集を行なった。世の中にはちゃんと給与を支払ってもらえるなら兵士になりたいという人たちは意外に多いらしく、募集人数二千名に対して八千名を超える応募があったほどだ。

それと並行して軍部や警備を統括する部署の整備とその官舎や訓練施設なども並行して整備した。カラックさんは彼らを厳しく指導し、いまでは立派な組織を作り上げてくれている。

(とはいえ、まだまだ人材不足なんだよねぇ。とりあえず書類仕事ができる武官は何人か採用したから、カラックさんがデスクワークで忙殺されるようなことはないとは思うけど……それにしても平和ねぇ……)

「もうこちらに赴任して一年近く経ちましたが、さしたる大きな事件もなく、我々はひたすら訓練の毎日でございますよ。いや、これはいいことなのでございますが……」

カラックさんは虫嫌いの私が何千万匹もの魔物〝麦食い〟を卒倒しそうになるのをこらえて駆逐したことも、〝厭魅エンミ〟とそれに囚われ正気を失った大量の魔物や動物たちと戦ったことも、港を脅かす海の魔物〝クラーケン〟を倒したことも知らない。

(まぁ、私が隠しているから当然なんだけどね)

「でも、それでも何回か魔物に襲われた村はあったと報告を受けていますよ。どれも皆さんのおかけで死者も出ることなく討伐できたと報告を受けています。迅速に対応していただけて、ありがたいことです」

「いやいや、それもメイロードさま発案の〝駐在所〟の設置が早期に完了できたおかげです。領地に必要な兵士たちとはいえ、ここで訓練ばかりしていても仕方ないですからな。とはいえ、このような兵の配置法は聞いたことがございませんでしたので、驚きましたが……
メイロードさまの護衛のための人員を残して、残りの兵士たちを分散し、順繰りに各所に設置した〝駐在所〟へと派遣して警備に当たらせる……素晴らしいご提案でした。領民と深く接するようになった兵士たちは、より一層それぞれ使命感を持って仕事ができるようになり、士気も高まっております」

「それは何よりですね」

この世界には警察組織は存在しない。警備隊といった組織も大きな街以外にはなく、小さな村や町は住民たちが組織する自警団があればいいほうだ。だが、それでは大きな災害に直面した場合、小さな集落ほど危険が大きくなってしまう。この世界の人たちはそれを〝当然のこと〟だと考えているので、それについて文句を言われることも、何か要求をされることもない。だが、だからといってそのまま捨て置けることではないだろう。私としては、できる限りの対策はしておきたいと考えた。

そこで、少人数の兵士たちをなるべく多くの町に分散して常駐させる〝駐在員制度〟を始めてみることにした。

実際、身を守るぐらいの術は習得済みの私にはそんなにたくさんの護衛も兵士も必要ないのだが、さすがに私がいる領主の館のある場所を空にすることはできなかった。それでもできる限りこの地に留まる兵士を減らした。その減らした分の兵士たちには二年から四年の任期を与え、できるだけ多くの街に駐在させることにしたのだ。もしその地にずっと留まりたいという者がいた場合には、常駐させることも考えている(その場合も、数年に一度は訓練と報告のため、本部のあるカングンへと戻ることが決まりとなる)。

彼らには〝駐在所〟の置かれた街の警備だけではなく、〝駐在所〟を作ることもできない周辺の小さな村や集落の見回りや、村人たちの自警団に対する防衛指導と訓練もお願いしている。さらに、狼煙ノロシを使った緊急時の連絡方法も取り決め、緊急時にできるかぎり現地へ早く兵士たちを派遣できるよう対策を考えてみた。

「メイロードさまのお考えになった制度は、非常に有効でございました。以前より事件報告書の提出は増えましたが、大事に至ったものはほとんどない状況でございます」

「それは何よりね。でも、油断は禁物よ」
「はは。訓練を怠らせるようなことは、このカラックがいるかぎり絶対にさせません!」
「頼もしいですね」

豪快に笑うカラックさんの後ろに控えている兵士が、一瞬辛そうな表情を見せたが、厳しい訓練は彼らの命を守るためのものでもあるので、ぜひとも頑張って欲しいものだ。

(カラックさんは訓練の鬼だから厳しいだろうけど、大事な訓練だからしっかりね!)

「他の部署も、順調そうで何よりですなぁ」

「ええ、今回植えた品種改良済みの作物は軒並み収穫量が倍増、作物によっては三倍増しているのよ。おかげで、領地内だけでなく、領外へ輸出できるものが増えて、港も活気付いているし、商人の数も増えてきているそうよ。大型船も停泊できるようになった港を使えば、その時期一番高値をつけてくれそうな場所へ迅速に大量の品物を輸送できるから、得られる収入も段違いに増えているしね。

こうした輸出入品には港で税金をかけることにしたの。とはいっても、利益を圧迫するような大きな税金じゃなく、取引価格の百分の1程度の小さな金額よ。
それでも取引量が増えれば、かなりの税収になっていくでしょうけど……」

「なるほど、さすがはメイロードさまでございますな。この領地はますます発展していくのでございましょう」
「そうだといいですね」

私たちがハーブティーを飲みながら談笑しているところへ、ひとりの兵士が駆け込んできた。何か緊急事態のようだ。

「ご歓談中のところ恐れ入ります」

兵士のただならぬ様子に、カラックさんはすぐ報告するよう促す。

「はっ! カラック大隊長にご報告申し上げます。第十区セータイズの港におきまして、駐在兵士及び自警団員が正体不明の集団と遭遇。尋問を行おうとしたところ攻撃を受け、現在戦闘状態にあります。集団は港に立てこもり、いまは睨み合っている状況とのことですが、敵に魔法を使う者がいるため、攻撃をどう行うべきか苦慮している模様。ご指示をお願いいたします」
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