利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

696 宴の終わり

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696

ここで甘いものが続いた舌のリフレッシュのため、塩気のあるお茶請けを出すことにする。

「こちらは、色とりどりの野菜の漬物でございます。それから、こちらは〝塩昆布〟という海藻に味付けをしたもの。こちらは味噌を味付けに使い野菜を使って焼き上げましたケーキ風のお食事〝ケークサレ〟というものでございます」

しょっぱいものになると、俄然皇子たちが楽しそうになる。もちろん皇帝陛下も。

「この黒いものも野菜か?」

「はい、それは〝いぶりがっこ〟と申しまして、煙をかけた野菜をじっくりと漬け込みました保存食でございます」

(これ、漬物の研究中にできたんだよね。もちろん素材も少し違うし本物の〝いぶりがっこ〟には遠く及ばない。まぁ燻製もどきではあるけれど、野趣があってそれなりに美味しい出来で、スモーキーなフレイバーが特に酒飲みの男性に好評)

「本日はお茶請けとしてお出ししておりますが、お酒との相性も大変よく、チーズと合わせたものなども美味でございます」

「それはたしかに美味しいであろうな」

どうやらお酒がお好きらしい皇帝陛下はこの〝いぶりがっこ〟が大変お気に召したご様子だ。

「メイロード、あなたはあまりパレスへ来ていらっしゃいませんのね。それはどうしてなのですか?」

お茶をしながらメアリ様にそう聞かれた。確かにほとんどの貴族の令嬢たちは、いい教育を受け、いい嫁ぎ先を見つけるためにパレスになるべく長くいるようにしている。私のようにそうした常識から逸脱し、まったくパレスで姿を見ない女性が不思議なのだろう。

「私には自分が領主としてちゃんと仕事ができているか、ということがなによりもいまは大切なのです。私が領主になったことが、領地にとって災厄になるようなことは、絶対にあってはならないと思います。それは、亡き祖父や父の思いも踏みにじることになるでしょう」

せっかくメアリ様が出してくれたいいパスだ。ここは、私に現在結婚など考える余裕も意思も一切ないことを、盛大にアピールすることにしよう。

「民は国の礎にございます。領地が潤うことは、ひいてはシド帝国の御為オンタメとなりましょう。それを蔑ろにする領主にはなりたくはございません。正直に申し上げれば、いまの私は私事に関する外野の干渉などにかまっている時間こそが惜しいのでございます」

そこで何か言おうとした皇子たちを制して皇帝陛下が言う。

「見事な心構えである。その幼さで領主となったにもかかわらず、自らの栄華にために生きるのではなく、シドを支える領主として職務に殉じたいとは、見上げたものだ。ハゲむが良いマリス伯爵、いやメイロードと呼んでも良いか?」

「はい。恐縮でございます。お心のままに……」

大変に機嫌の良さそうな皇帝陛下のお姿に、皇子たちは、少し眉をひそめ、ため息をついている。

さて、そろそろ〝お茶会〟はおしまいにしなければいけない。この後もいくつかのお茶会へおいでになる予定があるだろう皆様だ。それゆえにお茶会は一時間程度で収めるよう、セイツェさんから厳命されている。

「それでは最後に皆様方のお口を潤すためにご用意いたしましたこちらをお召し上がりいただき、私どものおもてなしを締め括らせていただきたく存じます」

私の言葉とともに、ガラスの皿が銘々の前に置かれた。

「これは……水?」

一瞬、なにも乗っていないかのよう見える皿の上には、よく見るとまるで大きな水滴のようなぷっくりとした丸い水の塊がポテっと乗っている。

「こちらは私どもの領地で最も美味しい、大森林の中にございます精霊たちが守る清水を使った菓子にございます。菓子とはいっても、味は最小限で、皆様の舌を清浄にすることを目的として、ご用意させていただきました」

「面白いな。一瞬、新種のスライムかと思ってしまったよ」
「なんという不思議な……どうしてこれが形を保っているのだ。何かの魔法か?」

「それは、秘密です」

私は笑顔でそう言った。それに、さらに言添える。

「本日はお召し上がりいただいたものには、当家の秘伝や研究途中の技術が多く含まれます。また、この緑の茶は大変に貴重なもので、私自身滅多に手に入れられるものではございませんので、どうぞここでお召し上がりになったもののことはご内密にしていただきますようお願い申し上げます」

私の言葉に、皆さん笑顔でうなずいてくださった。

「なるほど、たしかにどれも見たことも聞いたこともないものばかりだ。秘伝秘術なのだということもうなずける。では、せめてあの漬物だけでも……」

よほど気に入ったらしい皇帝陛下や王子様方のご希望は叶えることにした。

「では、〝いぶりがっこ〟は、機会をみまして皇宮へ献上させていただきます」

「うん、うん、それは楽しみだ」
「皇帝陛下は御酒と楽しまれたいのだろう? ほほほ」
「陛下、ぜひ私たちにも、食す機会をお願いいたします」
「わかったわかった。その折はともに楽しむとしよう」

皇帝ご一家はすっかり和やかな雰囲気で〝森のしずく〟と命名した透明な菓子を堪能し、私のお茶会は終了した。

ご機嫌な皆様には〝金の籠〟のクッキー詰め合わせと〝カカオの誘惑〟のチョコレート・ボックスを手土産としてそれぞれのお付きの方にお渡しして、皆様をお見送りする。

「近年まれにみる興味深い茶話会であった」

そう、皇帝陛下からお褒めの言葉をいただき、セイツェさんも安堵の笑顔を見せているし、他の方々からも、大絶賛と言っていいお言葉を頂戴した。

(ふぅ、これでなんとか任務終了かな)

皆様の退出された控え室で、私は達成感にあふれた笑顔をしながらセイツェさんやセーヤ・ソーヤをねぎらい、みんな揃って美味しい日本茶で、無事お茶会を成功できたことに乾杯したのだった。
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