利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

687 エーデンとユリシル

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687

その大声の主はユリシル皇子だった。

皇子は自分の出した声に慌てて真っ赤になりながら、

「いや、あの……」

としどろもどろ。だが、そこはサイデムおじさまがうまくおふたりを席へとご案内することで納めて、何事もなかったかのように進行してくれた。

「ユリシル……リアーナ様の恥になるようなことは謹んでおくれ」

エーデン皇子は弟皇子をちょっとからかうようにそう言いながら席に着く。

「いや……あまりに意外なことがあったのでつい……申し訳ありませんでした」

そこに身支度を整えたアリーシア様も合流し、おもてなしの開始だ。

皇子様シフトでも敷かれていたのか、電光石火の速さでいくつもの飲み物が運ばれてきたかと思うと、間髪を入れず、先ほど以上の量の料理が壇上へと運び込まれ、私はそれらの料理について説明しながら会話をつなげていった。

(料理のおかげでうまく会話が滞らずに済んで助かるわね)

料理はどれもパレスでは珍しいものだったので、おふたりには大変喜んでいただけた。
エーデン皇子は皆に気を使いながら座持ち良く話すことができる、とても貴公子然とした方で、アリーシア様の目は完全にエーデン皇子に向いている。でも、エーデン皇子の方は、うまく受け流しているので、どう思っているのかはまったくわからない。

「ほらユリシル、食べてばかりいないで。申し訳ない、ユリシルは本当に真面目な子でね。子供の頃は結構なわがまま者だったのに、あるときから人が変わったようになってしまったんだ。いまでは勉学も魔法も僕はまったく敵わないかな。剣だけはまだ負けていないけどね」

「いえ、僕はまだまだです。何もかもまだ全然……」

ユリシル皇子は優秀なのに、とても謙虚なお人柄のようだ。真面目すぎて社交はあまりお得意ではなさそうだけれど、実直そうで好感が持てる。

「それにしても、マリス伯爵。そのお年で領地の運営は荷が重くはありませんか?」

私のシュシュの話から、領地の話になったところでエーデン皇子に、少し心配げな口調でそう聞かれたので、私は間髪を入れず、笑顔で返事をした。

「いえ、つらいことはなにもありません。もちろん、忙しいですし、大変なことは多いですが、それ以上に楽しくもあります。自分の領地が良い方へ動いていく様をみることは嬉しいものです。それに仕事というのは、どんなものでもそれぞれ大変です。私だけが辛いということはございません」

そんな私の言葉に、エーデン皇子は少し驚いたような顔をした。

「いや……そうなのかい? 実に驚いたな。たしかにその通りだ」

そこでユリシル皇子がクスリと笑ってこう言う。

「兄上はマリス伯爵が、年若い女性の身で領主という大役を突然任せられ、さぞや大変な目に合って辛い日々をおくられているに違いないと、そう思っておいでだったのですよ。それは、兄上だけでなく、多くの人がそう思っていることです」

(ああ、なるほど。たしかに、多くの領主は領地の経営に苦労している。たいした人生経験もない少女伯爵が、しかも豊かではない土地を任され、大丈夫なと考える方が、普通だよね)

「そうでございましたか。エーデン殿下、お気遣い誠にありがとうございます。私を気の毒と思って気遣ってくださったのでございますね。ですが、あの土地は私の生まれ育った地、私はあの土地に愛着があり、心からあの土地の住む人々の幸せを願っているのです。ですから、そのために働くことは、苦ではないのです」

私の言葉にふたりの皇子はなんだかさらに感心したような表情で、なるほどといった表情で微笑んだ。

「さすがは、公爵家の庇護を蹴ってまで家を起こすだけのことはある。いい覚悟だね」

エーデン皇子は、とても柔らかく微笑みながら困ったことがあればなんでも相談に乗るよ、とおっしゃってくれた。慌ててユリシル皇子も兄の言葉に同意する。

「あ……ありがとうございます。恐縮です……」

ここでアリーシア様が果敢にエーデン皇子に話しかけて、そこからは世間話に花が咲いていった。和やかな空気の中でうまく接待ができていることのホッとしつつ、ふと横を見ると、さっきまで会話に参加していたユリシル皇子が、真剣な顔で麺を啜っている。

その顔は紅潮して、興奮も見て取れた。

「お気に召しましたか。いま殿下が召し上がられているのは、味噌を使ったラーメンというものです。イスではラーメン文化が花開いておりまして、これはその最新版でございます」

「うん、これは本当に美味しいものだな。ここ数年、貴族の食卓にもこうした麺類が出始めているが、実は僕は遥か昔にこの〝ラーメン〟というものを食べたことがあるんだ……」

そうして、ユリシル皇子は私をじっと見た。

「やはりそうだ。やはり君だ。何より〝自由であることを望む〟と言った、あの子だ」

「へっ?」

私は思わず、素っ頓狂な返事をしてしまった。

「さっき、驚いて声を出してしまったのは、マリス伯爵、君があのときの少女だと気付いたからなんだ」

私は慌てて記憶の断片を手繰り寄せようとするが、もうひとつ引っかかるものがない。

「僕はお付きの者とふたりだけで、村の雑貨店に立ち寄った。そこで頼み込んで売り切れのケーキを食べさせてもらって……」

「あーーー!! あのときお付きの方を困らせていた、ワガママおぼっちゃま!!」

(あ、しまった! 声に出しちゃった)
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