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4 聖人候補の領地経営
674 新たな内職
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674
女の子は私の手の上に乗せられた、ふわふわのレースの塊に目を輝かせ、吸い込まれるように私の方へと近づいてきた。
「これはシュシュっていうのよ。こうして髪をまとめるのに使うの」
私は女の子の長い髪を軽くまとめてシュシュをはめてみた。女の子は、とろけそうな笑顔で自分の髪につけられたシュシュを見つめている。綺麗な髪飾りに夢中で、私のことを忘れている様子も、本当に可愛らしかった。
「あ! ソリア! 何してるの!!」
そこへやってきたのは、その女の子のお母さんらしき人。
私を見ると、お母さんはびっくりして何度も頭を下げながら、娘の非礼を詫び始めた。
「た、大変申し訳ございません!! うちの娘が失礼なことを、これ、その髪につけたものをお返ししなさいよ!」
母の言葉に、イヤイヤする女の子。私も慌ててお母さんを止める。
「ああ、いいのですよ。それはその子に私があげたのです。ね、ソリアちゃん」
ソリアちゃんは少し涙目になりながら、ブンブンと首を上下に振ってうなずいている。
「ですが、こんな高級なものをいただくわけには……」
(そうか……女性なら見ただけでこれが高級レースだとやっぱりわかるんだね)
「ちょっと、お話しさせていただいてもいいですか?」
この世界でも、やはりどんな身分の女性たちもとてもよく衣装や飾りを見ていることに感心した私は、あることを思いつき、数人のお姉様方を呼んでもらうことにした。
私の席の周りに、一体何を聞かれるのかとやや緊張した面持ちで集まった女性たちに、私は話しかける。
「あの、この髪飾りについて、どう思われますか?」
私はソリアちゃんの髪につけられたシュシュを指差した。
「こりゃ、綺麗なもんです。こんな村じゃ見ることもないぐらい立派なレースでございます」
「使われている糸も、私らが使うものとは全然違いますし、技術もたいしたものだと思います」
「私たちには一生拝むこともないようなものでございます」
とても魅力的に映っていることに気を良くしながらも、お姉様方の緊張が伝わる話し方に、いたずら心が芽生えた私は、マジックバッグ風に作った《無限回廊の扉》を開き、そこからドサっと二十個ほどのシュシュを取り出して、彼女たちの目の前に広げてみせた。
これは私のシュシュ作りを見て興味を惹かれたセーヤに教えながら、ふたりで解いた衣装の端切れを使い、面白がって作りまくったものだ。なかにはかなり手をかけた凝った作りのものもある。
マジックバッグを実際に見るのも初めてだったらしい女性たちは、わっと驚き、その後、目の前に置かれた色とりどりのシュシュにすぐに目を奪われた。
「こりゃ、なんて綺麗なんだろうねぇ」
「この布、錦糸かい? まぁ、なんて贅沢な」
「こっちは布とレースを合わせてるよ。うまく作るもんだね!」
おかみさんたちはすっかり普通の話し方に戻っている。
「でしょ! これ、私が作ったんですよぉ!」
「え、ご領主……メイロードさまが!?」
「ええ、もちろん、私と家のものとふたりで全部縫いました! 縫い物得意なんです」
ちょっと自慢げな私を見て、おかみさんたちはポカンとしている。縫い物と貴族と領主が結びつかないのだろう、それは無理もないが、話はそこではない。
「実はこれ、ドレスを解いて作ったんですよ。ほら、このレース、いま私が着ているドレスの襟についているのと同じでしょう?」
「あ、ほんとだ! この布も、ドレスと同じ……」
「おや、まぁ!」
驚く女性陣に私はこう聞いた。
「これ、売り物になると思いません?」
私が閃いたのは、村の女性たちの内職としてのシュシュ作りだ。
この世界にはシュシュに必要なゴム素材はまだないのだが、少し伸縮性のある〝チヂミツタ〟という細い蔓を持つ植物がある。試しにその蔓の繊維を編み込んでみたところ、平ゴムの半分程度まで伸縮性を高めることができたのだ。
これぐらいの強度が出せれば、髪飾りのゴムの代用になんとかなる。これに服の制作時の端切れや使われなくなった高級な衣装を解いたものを合わせれば、立派で素敵なシュシュの出来上がりだ。
端切れについては、高級店のツテもあるし、沿海州のランテルで買い付けることもできる。
「素材はこちらで用意します。もちろん厳しく検品はさせていただきますが、ひとつ作るごとに1ポルを保証しましょう。複雑なデザインのものを作る場合は、もっと出すこともできます。どうです、作ってみませんか?」
「ひとつで1ポルも!」
私の言葉にお姉様方はガッと目の前のシュシュを掴み、その縫い方を確認し始めた。
「なるほどね。輪を作るように縫っているんだね。この縫い方は……」
「綺麗な縫い目にしなきゃいけないから、ちょっとホネだけど、できなくはないわね」
「メイロードさま、いい腕をしてますねぇ、お針子でも食べていけますよ」
もうすでに彼女たちはやる気だ。
小さい子のいる女性でも、これなら家でできるし、出来高払いだから確実に稼げるだろう。
私を囲んで、わいわいとそれは楽しそうに話す女性たちを、少し遠くから男衆がぽかんと見ている。
思わぬ歓迎会になったが、村の収入源もひとつ増やせそうだし、おかみさんたちとも親しくなれた、とても良い夜だった。
(これはサイデム商会に卸そうかなぁ……うん、そうしよう!)
女の子は私の手の上に乗せられた、ふわふわのレースの塊に目を輝かせ、吸い込まれるように私の方へと近づいてきた。
「これはシュシュっていうのよ。こうして髪をまとめるのに使うの」
私は女の子の長い髪を軽くまとめてシュシュをはめてみた。女の子は、とろけそうな笑顔で自分の髪につけられたシュシュを見つめている。綺麗な髪飾りに夢中で、私のことを忘れている様子も、本当に可愛らしかった。
「あ! ソリア! 何してるの!!」
そこへやってきたのは、その女の子のお母さんらしき人。
私を見ると、お母さんはびっくりして何度も頭を下げながら、娘の非礼を詫び始めた。
「た、大変申し訳ございません!! うちの娘が失礼なことを、これ、その髪につけたものをお返ししなさいよ!」
母の言葉に、イヤイヤする女の子。私も慌ててお母さんを止める。
「ああ、いいのですよ。それはその子に私があげたのです。ね、ソリアちゃん」
ソリアちゃんは少し涙目になりながら、ブンブンと首を上下に振ってうなずいている。
「ですが、こんな高級なものをいただくわけには……」
(そうか……女性なら見ただけでこれが高級レースだとやっぱりわかるんだね)
「ちょっと、お話しさせていただいてもいいですか?」
この世界でも、やはりどんな身分の女性たちもとてもよく衣装や飾りを見ていることに感心した私は、あることを思いつき、数人のお姉様方を呼んでもらうことにした。
私の席の周りに、一体何を聞かれるのかとやや緊張した面持ちで集まった女性たちに、私は話しかける。
「あの、この髪飾りについて、どう思われますか?」
私はソリアちゃんの髪につけられたシュシュを指差した。
「こりゃ、綺麗なもんです。こんな村じゃ見ることもないぐらい立派なレースでございます」
「使われている糸も、私らが使うものとは全然違いますし、技術もたいしたものだと思います」
「私たちには一生拝むこともないようなものでございます」
とても魅力的に映っていることに気を良くしながらも、お姉様方の緊張が伝わる話し方に、いたずら心が芽生えた私は、マジックバッグ風に作った《無限回廊の扉》を開き、そこからドサっと二十個ほどのシュシュを取り出して、彼女たちの目の前に広げてみせた。
これは私のシュシュ作りを見て興味を惹かれたセーヤに教えながら、ふたりで解いた衣装の端切れを使い、面白がって作りまくったものだ。なかにはかなり手をかけた凝った作りのものもある。
マジックバッグを実際に見るのも初めてだったらしい女性たちは、わっと驚き、その後、目の前に置かれた色とりどりのシュシュにすぐに目を奪われた。
「こりゃ、なんて綺麗なんだろうねぇ」
「この布、錦糸かい? まぁ、なんて贅沢な」
「こっちは布とレースを合わせてるよ。うまく作るもんだね!」
おかみさんたちはすっかり普通の話し方に戻っている。
「でしょ! これ、私が作ったんですよぉ!」
「え、ご領主……メイロードさまが!?」
「ええ、もちろん、私と家のものとふたりで全部縫いました! 縫い物得意なんです」
ちょっと自慢げな私を見て、おかみさんたちはポカンとしている。縫い物と貴族と領主が結びつかないのだろう、それは無理もないが、話はそこではない。
「実はこれ、ドレスを解いて作ったんですよ。ほら、このレース、いま私が着ているドレスの襟についているのと同じでしょう?」
「あ、ほんとだ! この布も、ドレスと同じ……」
「おや、まぁ!」
驚く女性陣に私はこう聞いた。
「これ、売り物になると思いません?」
私が閃いたのは、村の女性たちの内職としてのシュシュ作りだ。
この世界にはシュシュに必要なゴム素材はまだないのだが、少し伸縮性のある〝チヂミツタ〟という細い蔓を持つ植物がある。試しにその蔓の繊維を編み込んでみたところ、平ゴムの半分程度まで伸縮性を高めることができたのだ。
これぐらいの強度が出せれば、髪飾りのゴムの代用になんとかなる。これに服の制作時の端切れや使われなくなった高級な衣装を解いたものを合わせれば、立派で素敵なシュシュの出来上がりだ。
端切れについては、高級店のツテもあるし、沿海州のランテルで買い付けることもできる。
「素材はこちらで用意します。もちろん厳しく検品はさせていただきますが、ひとつ作るごとに1ポルを保証しましょう。複雑なデザインのものを作る場合は、もっと出すこともできます。どうです、作ってみませんか?」
「ひとつで1ポルも!」
私の言葉にお姉様方はガッと目の前のシュシュを掴み、その縫い方を確認し始めた。
「なるほどね。輪を作るように縫っているんだね。この縫い方は……」
「綺麗な縫い目にしなきゃいけないから、ちょっとホネだけど、できなくはないわね」
「メイロードさま、いい腕をしてますねぇ、お針子でも食べていけますよ」
もうすでに彼女たちはやる気だ。
小さい子のいる女性でも、これなら家でできるし、出来高払いだから確実に稼げるだろう。
私を囲んで、わいわいとそれは楽しそうに話す女性たちを、少し遠くから男衆がぽかんと見ている。
思わぬ歓迎会になったが、村の収入源もひとつ増やせそうだし、おかみさんたちとも親しくなれた、とても良い夜だった。
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