利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

672 〝イワムシ草〟のためのお仕事

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672

「なんだコリャ!?」

村から徒歩十五分の場所にいきなり現れた広大な空き地に、村人たちはただただ驚いていた。

「あの鬱蒼とした森を抜けた場所に、こんな土地があるなんて……」

彼らの驚きは当然だが、あまり説明して〝厭魅エンミ〟のことで怯えられても困るので、この広大な空き地のできた経緯については、説明はしないことにした。

「この土地の場所、それに育てている作物についてもですが、すべて秘密にしていただくようお願いしますね。大事な村の収入源を育てる農地ですから、みんなで大事に守っていきましょう」

私の言葉に皆さん真剣にうなずいてくれる。ここを守ることが彼らの生活を守ることだと認識してくれているようだ。

「それではあちらをご覧ください」

私が指差した方向には、さわさわと銀色の光沢をした葉を揺らす、ちょうど小さな玉葱の頭から細くて長い葉の生えた茎が出ているような植物が、二千株ほど生えていた。それらは光を効率よく浴びるためなのだろうか、ギッチリとは密集せず少しずつ間隔を開けて、整然と並んでいて、まるで隊列でも組んでいるかのようだった。光が足りない場所では、その光を争って密集状態になってしまう〝イワムシ草〟も、ここのようにどこでも一定以上の光が浴びられる環境では、勝手に自分たちに都合がいい間隔に並んでくれるのだ。

(あ、もちろんこれは私が事前に《緑の手》を使って増やしておいたものだ)

「これが〝イワムシ草〟です。収穫までおおよそ一年。これはあと三か月ほどで収穫できるでしょう。このように、一定以上の明るさの光が当たっていれば整然としています」

今日はここで働く予定の方々のほとんどが参加している。皆さん、足早に〝イワムシ草〟がすでに植えられている畑の端へと走り寄っていった。

「これが……」

不思議そうに微かに揺れているその姿を見ている彼らの前で、私はソーヤとセーヤに指示を出し、すでに備え付けられている巨大な鉄鏡と〝銀鏡反応〟を利用した新聞紙見開きぐらいの大きさの鏡を八枚組み合わせた鏡を動かし、光の中心を少し右方向へとずらしてもらった。

すると〝イワムシ草〟はゆっくりと葉を揺らしながら動き始め、徐々に光の中心に向かって進んでいく。

「おお、本当に動いているぞ。なんと不思議な草だ!」

驚く彼らに、私はまずここでしてほしい仕事について告げることにした。

「ご覧いただいた通り〝イワムシ草〟は十分な光があればこの地を動きません。逆に、少しでも光の強さが足りないと感じたら、全部逃げてしまいます。彼らは柵の表面に張り付いてでも移動ができますので、囲いを作ったところで無駄なんですよ」

「そんな、逃げられたら困るじゃないですか!」

私は笑顔で鏡を指差した。

「これは鏡と言います。いま見ていただいたように空から注ぐ光をはね返し、畑に向かって放つことができるものです。普通は貴族たちが自分の姿を写すために、もっと小さなものを使っているのですが、今回はこの畑のために大きなものを作りました。大変高価なものですが、これがないとたくさんの〝イワムシ草〟は育てられません」

私の言葉に、村人たちは恐る恐る鏡に近づき自分の姿を写しては代わる代わる驚いている。

「いまお伝えした通り、この鏡はどちらも大変高価で、作るのにも難しい技術が必要なのですぐに沢山は用意できません。そこで皆さんには、まずこれを作る作業をお願いしたいのです」

ソーヤがヒョイと立てかけたのは、高さが三メートル近くある白い板だ。

「この板には白い塗料に銀の粉末を混ぜたものが塗られています。鏡ほどではありませんが、これでも光を反射して畑に落とすことができるのです。光の不足を補うため、まずはこれを畑の周りに作り、鏡とバランスをとりながら配置していきます。これから〝イワムシ草〟の数が増えるとともに鏡とこの板を増やしていけば〝イワムシ草〟がこの地を離れることはないでしょう」

この銀と白い塗料を使った板はいわば〝レフ板〟

そう、写真を撮影するときに影ができないように反射した光を被写体に当てるためのもの、それを応用してみた。畑全面に鏡が出来上がるのはいつになるやらわからない以上、こうした方法で光を補っていくしかない。

実際こうしている間も〝イワムシ草〟は畑の中でも光が強いところを探しているのか微妙に動いてはいるが、大きくその間隔が崩れるには至っていない。もちろんここを離れる様子もまったく見せていないので、この方法は間違っていないはずだ。

「この〝イワムシ草〟の間隔が大きく乱れることがないよう、毎日鏡や白い板の角度を調整する必要があります。光量の不足は〝イワムシ草〟の成長に大きく影響しますので、こまめに見てあげて欲しいのです」

彼らの仕事は、鏡やレフ板がうまく光を捉えるよう日々その位置や角度を調整すること。その表面の汚れを取り除ききれいな状態を保つこと。そして〝イワムシ草〟の生育の邪魔になる雑草を取り除くこと。基本的な仕事はこれになる。あとは、鏡やレフ板のメンテナンス、収穫期にはもちろんその収穫をお願いすることになるが、そこまでの重労働ではないので、女性でもできるだろう。

早速彼らは鏡の角度調整の仕方をセーヤ・ソーヤから教えてもらったり、ソーヤの持っていた巨大レフ板を軽い気持ちで持とうとして潰されそうになり大騒ぎになったりしながら、レフ板作りの方法も学んでいった。

初日ということもあるので、今日は五枚の新しいレフ板を塗り、それを畑に設置したところでおしまいにした。夜の間、夜露に濡れないよう、鏡を大事に使いたいという私に、村の人たちがこう提案してくれた。

「では、この畑の何箇所かに保管小屋を建てましょう。日の出前にそこから鏡を取り出して設置し、日の入りとともに戻せば雨や風にさらされる時間も減ります」

「そうですね。では、その小屋造りもお願いしましょう」

男衆は明日からの仕事についてわいわいと私と話しながら村へと戻っていく。その顔は皆新しい仕事に対する意欲に満ちていて、とてもいい顔をしていた。

「メイロードさま、よろしかったらささやかな歓迎の宴をしたいと思っているのですが、お付き合いいただけますか?」

おずおずとそういうマズロさんに、私はとても嬉しいという笑顔を向けてうなずく。

「ありがとうございます。もちろん、参加させていただきます。楽しみですね」

きっといまごろ村の女衆が張り切って準備をしているのだろう。村のあたりから立ち上る活計タツキの煙が見えてきた。今日はいつもとは一味違う楽しい夕食になりそうだ。

〔楽しみでございますね!〕

私の心を見透かしたような《念話》がソーヤから飛んでくる。

〔ソーヤは食べ過ぎ禁止よ! あまり村の人を驚かせないでね〕

肩をすくめるソーヤをみてクスリと笑いながら、私は村の入り口で親の帰りを待っていたのだろう、鈴なりになっている手を振る子供たちに「ただいま」と手を振り返した。
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