利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

669 新しい村へ

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669

「あの……ここには、以前から村があった、ということはないですよね?」

新しい領主の肝煎りで、第八区の山奥に造られることになっている農場で働くための入植者、その第一陣として〝村の場所〟と指定された山の奥地へとやってきたマズロは、そこに現れた建てられたばかりだとわかる立派な石積みと、頑丈に縛られた杭で外周を守られた〝新しい村〟に驚くしかなかった。

(俺のいた村より数段立派じゃないか。〝柵〟なんてものじゃない頑丈さだ。俺たちがいちからこれを作ろうとしたら、半年かかっても無理だろうな……いったいこの山中でどうやってこんなものを作ったっていうんだ? まさか魔法でも使ったと? イヤイヤありえない、ありえないが……)

堅牢に作られた村の入り口の門扉は彼らのために開け放たれていた。その立派な門を入っていくその顔は皆、新生活への期待と不安に満ちていて、せわしなく周囲を見渡している。

この世界で農民が場所を移るということはいちから、いやゼロからの再出発だ。何もない場所を切り開き住めるよう整えるところから新しい村作りは始まる。入植に関して支援が受けられることもまずない。もちろん、マズロたちもそれを覚悟して、この地へとやってきている。

厳しい道だが、マズロのように財産どころか家族を食べさせることにすら窮していた貧しい農家には、今回の入植は奇跡のような好条件だった。

驚くべきことに、新しい領主は引越しのためにと過分な費用を事前に用立ててくれたのだ。そのおかげで、新天地での生活に必要な道具は十分に買い揃えてから来られたし、当面の生活を賄える食料もしっかり積んでくることができた。しかも村の共同財産として荷運びに使いやすい小型の魔獣ドグポを十頭、バンバーロという農耕馬としても使え、荷を引かせるにも使える人に慣れた魔獣を五匹も用意してくれた。どちらも決して安くはないはずだが、このおかげで村人たちは大量の荷物を抱えての移動も問題なくこなすことができたのだ。

五人の子供に加え、生まれたばかりの三つ子を育てなければならないマズロ一家にとって、下準備に十分な予算がかけられる状態で入植できるだけでも、拝みたくなるほどありがたいことだった。しかも金を惜しまないこの至れり尽くせりの準備の数々に、どの家族も驚きを隠せずにいた。

(本当に、こんな神様のようなご領主さまがいるんだなぁ……)

「おい! 畑があるぞ。しかも、作物が育ってる!」
「こっちにも、すぐに収穫できそうなものもあるじゃないの。初日から、新鮮なものが食べられるなんで夢じゃないかしら!」
「おい! こっちには切り揃えられた木材がたくさん積んであるぞ! これなら明日からすぐに家が建てられるな。しかしどうして……いったいどうなっているんだ?!」

あまりにも行き届いた村の状態に、入植者たちは疑問と興奮が隠しきれない様子だ。

(村の守りだけでなく、材木や食料までご用意くださったのか。ご領主さまという方は、これほどのことを私たちにしてくださる方なのだ……)

マズロはそこに、自分たちを大切にしようと動いてくれた領主の深い気遣いを感じていた。新天地のありように喜ぶ村人たちを見ながら、マズロは感激に手にしていた帽子をギュッと握りしめた。

「おとーさん、祠があるよ!」

「ああ、あれはご領主さまが土地神さまのためにご用意してくださったものだ。私たちもお祈りをしようか」
「うん! お祈りしようね!」

積荷を下ろし、家ができるまでのテント生活の準備を終えると、マズロたちは一家揃って、摘んだ草花と持ってきたマルマッジの実を抱えて祠へと向かった。

すでに祠の前には他の村人の置いたたくさんの花々と供物が捧げられている。そこへ子供たちが花を置き、果物を備えると、皆で手を合わせた。

「無事、この地へ到着することができました。ご領主さまのおかげで、初日から魔物に怯えずに子供たちを寝かせることができます。本当にありがとうございます。これから、この村と新しい仕事のために一生懸命働きます。土地神様、どうかこの新しい村と私たち家族をお守りください」

「おまーりくだしゃい!」
「おまもりください!」

小さな子も大きな子も、皆神妙に祠に向かい手を合わせ、祈りを捧げる。

「マズロさん、今夜は宴会といきませんか!」

一緒の村から入植してきた仲間が声をかけてきた。今回の入植では比較的若い者たちが集められたようで、その中でマズロは年かさだったせいか、いつの間にかまとめ役のようになっている。

「ああ、食料の不安もなさそうだし、このしっかりした外壁があれば、おいそれと魔物も入っては来れないだろう。交代の見張りはするとしても、宴会ぐらいはできそうだ。よし、女衆に伝えてくれ」

「やった! ここはいい村になりますよ、きっと」

「ああ、そうだな」

村人たちが浮き立っている感じが伝わってくるのも当然だった。以前の土地を食いつめてこの地にやってきた者たちにとって、すでにこの村はずっとマシな環境だったからだ。

日が暮れ始め、焚き火を囲んでの宴会になると、男たちは明日からの段取りを話し始めた。

「木材はかなりあるから、まずは、それぞれの家と物見ヤグラを作っていこう」

「ご領主さまのお仕事は二週間ほど先に始められるそうだから、男手のいる仕事はそれまでになるべく済ませたほうがいいな」
「村として必要なものは、あと何かね」
「狩りにもいかんとなぁ、干し肉も作らんと」

村の女性たちは、かいがいしく皆の料理を運びながら、こちらも明日からの仕事について話していた。

「まずは、食料倉庫を作ってもらわないとねぇ」
「川の水は綺麗そうよ。持ってきた水がめは足りるかしらね」
「カゴを少し編んでおきたいわね。明日は、村の周りを見てみましょう」

明日からやらなければならない仕事について楽しげに話す大人の間を駆け回る子供たち……新しい村の1日目は、こうして騒々しくも活気に溢れた祝いの宴と共に過ぎていったのだった。

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