利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

658 悲願

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658

翌日、タエスさんを始めとする街の要職にある方々に再び集まってもらった。

二日続けての呼び出しに、何事かと皆緊張した面持ちだ。

「何度もお呼びたてして申し訳ありません。ですが、これからお伝えすることは、この街の将来に大きく関わることです。特にいまからお願いするいくつかのことはきっちり遂行していただきたいので、よく聞いてくださいね」

真剣な私の表情にいつも笑顔のタエスさんも表情を引き締め、私をまっすぐに見ながら落ち着いた声で話してくれている。

「ご領主様。この領地のことはすべてご領主様の仰せのままにいたします。下されたご命令は必ずお守りいたしますので、どうぞ如何様にもご命じくださいませ」

「ありがとう。そういってもらえると助かります」

私はなるべく威圧感を与えないよう笑顔でゆっくりと話を進めていった。

「私はこの港の改修工事をしようと考えています。そのために五日後から一週間、セータイズの港の使用を禁止して、港は封鎖。私の作業中は危険が伴いますので、港付近への立ち入りも全面禁止することになります。急なことで申し訳ないのですが、それまでに必要な準備をし、持ち出す必要のあるものを持ち出してください。五日目の朝には港周辺に魔法で結界を作りますから、その後は出入りができません。港に閉じ込められたりすることのないよう、街の皆さんに徹底してお伝えください」

集まった人たちがざわつく。この反応は当然のことだ。この街に住む多くの人々はなんらかの形で、この港と関わった仕事をしている。その港が、一週間という期限つきとはいえ、一切使えなくなるのだ。当然生活の不安はあるだろう。一週間という期限も私が言っているだけで、それがどんなに予定外に伸びたところで彼らは文句を言えない立場なのだ。

「この一週間という期間は厳守するつもりです。それに、この一週間の封鎖期間中については、港に関わる仕事ができないことについての経済的補償をする準備をしておりますので安心してくださいね。私の領主就任時にお願いして設置していただいたセータイズの区役所に申し出てくだされば、相当分の賃金をお支払いいたします。また、一週間後からは、工事のために働いていただく方たちが百人単位で必要になりますので、この期間にその人選もお願いします。私の計画に何か問題はありますか? あれはぜひ聞かせてください」

こういった領主が主導する事業では、普通補償などは行われない。なぜなら領地のすべては領主に帰属するもので、破壊も創造も領主の意思次第だと誰もが認識しているからだ。もちろん非道なことに対しては軍部や帝国中央へ訴えを上げることはできなくもないが、これはあまり現実的とはいえない。事実上、領主は領内のことに関しては独裁者なのだ。

だが、私はそんな強権を振りかざすようなやり方はしたくない。補償もしっかり与えたいし説明もできる限りしておきたいし、皆の意思に沿わないようなら計画を変えることもいとわない。むしろ、なんでも意見して欲しい。

そんな私の思いとは裏腹に、集まっている人たちの口は重い。領主に対して意見を言うということは、思った以上にしづらいことのようで、私の言葉に誰も返してはくれず、しんとした数秒が過ぎた。そのおもすぎる沈黙の後、やっと私の言葉にタエスさんが恐る恐るという雰囲気でこう話し出した。

「領民への補償までお考えくださいますとは、本当に信じられないほどありがたいことでございます。それで……それで……でございますが、その……その一週間で具体的には何をなさるおつもりなのでございましょうか」

たった一週間で、セータイズの広い港に何ができるのか想像がつかないのは、仕方がないことだ。まして、こんな田舎では大きな魔法を見る機会もないだろう。

「もちろん大型船舶の入港を可能にするために、この港に必要な改修を行います。私の魔法を使って時間のかかる基礎的な工事を一気に進めてしまうつもりです。とても大規模なものですが、私ならば可能なのです。とはいえ、それは基礎工事でしかありません。その後の仕上げ作業、そして港湾内の再整備や新しい倉庫の建設などについては、皆さんの協力がなければ完成はしません」

私の言葉に、タエスさんは理解が追いつかなかったようで、数秒目が点状態になって固まっていたが、その後まるで怖いものでも見たかのように少し震えた声でこう言った。

「……たった一週間で、それをなさるとおっしゃるのでございますか!?」
強張るタエスさんに向かい、何の問題もないという明るい笑顔で頷く私。

人々は一気にざわついた。それはそうだろう。何十年、もしかしたら何百年停滞していた港の整備計画を、一週間で終わらせると領主が宣言したのだ。この港の人々が諦めていた悲願を、昨日やってきた領主にいきなり解決すると言われて、信じられないのも無理はない。

「皆さんの不安な気持ちは十分理解しています。この工事が多くの危険をはらんだものであることも……
ですが私は〝魔法使い〟です。しかも稀代の天才ハンス・グッケンス博士の薫陶を受けた弟子です。今回の工事についても、十分に勝算があっての計画……どうか私を信用してください」

集まっていた人たちは、グッケンス博士の名に感嘆の声を上げ、少し表情がゆるみ始めた。

(さすが有名人ですね、博士。信用度急上昇だ)

タエスさんが、ざわつく人々を鎮め、私に再度膝をつき礼を取った。

「もとより、ご領主様のご意向に我らが口を挟むなど滅相もございません。しかも、私たちのためにその偉大な魔法のお力を使いくださり、我らが悲願を叶えてくださるというのに、何の文句がございましょう。この街を束ねる者として、このタエスの名に賭けて、必ずやご領主様のご意向に敵いますよう万全の準備をさせていただきます」

「ありがとう。頼みます」

私はタエスさんの真剣な言葉に、最高の笑顔で応える。

「はい、メイロードさまと、このタエス、そしてセータイズの名に賭けまして、必ず!」

タエスさんの言葉とともに、その場にいた全員が私に向かい膝を折り礼を取ってくれた。

この話、正直なところたとえ失敗したとしても、彼らにはなんの不利益もない。そして成功すれば、この街に多大な利益をもたらすことは確実な事業だ。彼らの不安さえ取り除ければ、反対はされないとわかっていた。

それでも、こうしてセータイズの人々が一丸となってこの事業に協力する姿勢を見せてくれたことは、私にとって気合の入る嬉しいことだ。

(よし、後は五日後まで、準備だね。ガンバロ!)
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