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4 聖人候補の領地経営
657 夕食を食べながら
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657
その日の夜、私はいつものようにイスのマリス邸のキッチンで夕食の支度に勤しんでいた。
今日はセータイズの港に行ったので、当然魚市場にも寄ってきた。あまり時間はなかったが、それでも行かずにいられないのが私だ。市場の規模は大きくなかったものの、市場調査も兼ねてたくさんの新鮮な魚介類を手に入れたので、海鮮中心の献立にしようかと思っている。
「この小魚は、捌いてから揚げて甘酢と醤油に漬け込んで南蛮漬けにしようかなぁ。あ、お酒のアテに味噌と細かく叩いた魚を混ぜたなめろうもいいよね」
ソーヤとふたりでちゃっちゃと魚を捌きながら、機嫌よく料理しているとグッケンス博士がやってきた。
「今日は魚か。では日本酒が良いかのぉ」
「ええ、今日はまず辛口のお酒を召し上がられるのがいいと思います。すぐにおつまみを用意しますね」
私は辛口純米の冷酒となめろう、それに漬物を用意して晩酌セットを準備。きっとすぐにやってくるだろうセイリュウの分も箸を並べた。
「そうだ! 博士に聞きたいことがあったんです」
私は目下の懸案事項〝セータイズ港改善計画〟を迅速に行うための方法として考えていることの可能性について、グッケンス博士に聞いてみることにした。
「以前お伺いしたお話では、空間移動系の魔法にはかなり厳しい制限がかけられているということでしたよね」
「ああ《空間接続》のような瞬間移動系の魔法は犯罪に使われる可能性が高い。そのため、特に重要な施設のある場所には、必ずそれを探知するための魔法がかけられているぐらい警戒されているな。不用意に使えばすぐ魔法の《探知網》に引っかかり、軍が間髪を入れずに飛んでくる」
「それは、こんな辺境の田舎町でも同じでしょうか?」
「いや、さすがにそこまではされてはおらんよ。もとより空間移動系の魔法は高い技術力と魔法力が必要なものだ。田舎で泥棒をするために使われるような簡単な魔法ではない。大都市の中枢、軍の施設、パレス周辺以外の場所でなんにんもの魔術師の連携が必要な広域の《探知網》が使われることはないと考えて良い。もし心配ならば《地形探査》を使って確認すれば、お前さんなら容易に《探知網》の有無は確認できよう」
私はそれを聞いて安心した。これからしようとしている計画で、その点が一番気になっていたのだ。軍の介入を気にする必要がないのならば、私の考え通りに仕事をすることができる。空間移動系の魔法が使えるというなら、私には自分の力でできることがある。
白髪ネギをふわっと盛り付け、出来上がった白身魚の煮付けと貝の酒蒸しを博士の前に置いた私は、今後の計画についてグッケンス博士に聞いてもらうことにした。
「なるほど、それはメイロードにしかできん、修行の成果が問われる仕事になりそうだの」
博士は煮付けをとても美味しそうに突きながら、私の計画を半ば呆れ気味に、でも面白そうに聴いている。
稀代の魔法使いも笑う私の考えた計画、それは魔法を使った突貫工事での港の再構築だ。海中での作業や大きな石の運搬など、危険が伴う作業を、私の魔法を使って短期間に終わらせて、危険の少ない仕上げ仕事を街の人たちにお願いする。
これならば港の再スタートまでの期間を短くできるし、一番の問題点である、予算と時間をたっぷり割かねかればならなかった難工事の部分を街の人たちのやらせずに済むので、大幅な節約になる。
「《空間魔法》は、魔法力の消費が激しい。お前さんの魔法力ならそう簡単に枯渇するとは思わんが、くれぐれも注意しながら使うことだ」
「はい。十分気をつけます」
やってきたセイリュウにも料理を出し、お酒を注ぐ。
「楽しそうじゃない? また何かやらかすの?」
「やらかすってなんですか! 領地改善のためのお仕事ですよ」
私が港の改善計画を話すと、セイリュウも杯を持ったまま面白そうに笑った。
「自分の領地のためとはいえさ、魔法力を使って領民の生活を良くするために動くなんて、この国の貴族たちには考えもつかないことだよね。この世界で尊ばれる魔法は攻撃や防御のための、いわば戦うためのものばかり……みんながメイロードのように魔法を使うようになれば、世界はもっと良くなるのにね」
セイリュウから見れば、戦いに明け暮れる人間の世界はきっと哀れで悲しく見えるのだろう。
とはいえ、いまは平穏の見えるこの世界も、まだ様々な脅威にさらされている戦いの世界だ。魔法にも戦いのための武器としての役割が重要視されることは仕方がないだろう。貴族たちが、その貴重な魔法力を闘い以外に使うことがないのも、有事の際を考えてのことだ。
「まぁ、私は好きに使いますけどね。いまの私には、これ以上の有意義な使い方なんてありませんから」
「メイロードはそれでいいと思うよ。しっかりやってね」
「うむ。いい港を作れよ」
気になっていた《探知網》問題も気にする必要がないとわかり、ふたりにも応援してもらえて、私は俄然やる気になった。
そのまま食卓に港の地図を広げて、明日からの計画を相談しながら、私たちはとれたてピチピチの魚料理の並ぶ夕食を美味しく楽しんだ。
ソーヤは小魚をカリッと揚げて香味野菜と甘酢で漬け込んだ骨まで食べられる南蛮漬けがとても気に入ったようで、モリモリ食べて満足そう。
「このジュワッと染み出る油と甘酢のこってり甘い味がご飯と完璧な相性でございますね。骨まで美味しゅうございます。素晴らしい魚の食べ方でございます!」
(気に入ってくれて何より。ホント丸ごと食べるの好きよね。たくさん作っておいて良かった)
その日の夜、私はいつものようにイスのマリス邸のキッチンで夕食の支度に勤しんでいた。
今日はセータイズの港に行ったので、当然魚市場にも寄ってきた。あまり時間はなかったが、それでも行かずにいられないのが私だ。市場の規模は大きくなかったものの、市場調査も兼ねてたくさんの新鮮な魚介類を手に入れたので、海鮮中心の献立にしようかと思っている。
「この小魚は、捌いてから揚げて甘酢と醤油に漬け込んで南蛮漬けにしようかなぁ。あ、お酒のアテに味噌と細かく叩いた魚を混ぜたなめろうもいいよね」
ソーヤとふたりでちゃっちゃと魚を捌きながら、機嫌よく料理しているとグッケンス博士がやってきた。
「今日は魚か。では日本酒が良いかのぉ」
「ええ、今日はまず辛口のお酒を召し上がられるのがいいと思います。すぐにおつまみを用意しますね」
私は辛口純米の冷酒となめろう、それに漬物を用意して晩酌セットを準備。きっとすぐにやってくるだろうセイリュウの分も箸を並べた。
「そうだ! 博士に聞きたいことがあったんです」
私は目下の懸案事項〝セータイズ港改善計画〟を迅速に行うための方法として考えていることの可能性について、グッケンス博士に聞いてみることにした。
「以前お伺いしたお話では、空間移動系の魔法にはかなり厳しい制限がかけられているということでしたよね」
「ああ《空間接続》のような瞬間移動系の魔法は犯罪に使われる可能性が高い。そのため、特に重要な施設のある場所には、必ずそれを探知するための魔法がかけられているぐらい警戒されているな。不用意に使えばすぐ魔法の《探知網》に引っかかり、軍が間髪を入れずに飛んでくる」
「それは、こんな辺境の田舎町でも同じでしょうか?」
「いや、さすがにそこまではされてはおらんよ。もとより空間移動系の魔法は高い技術力と魔法力が必要なものだ。田舎で泥棒をするために使われるような簡単な魔法ではない。大都市の中枢、軍の施設、パレス周辺以外の場所でなんにんもの魔術師の連携が必要な広域の《探知網》が使われることはないと考えて良い。もし心配ならば《地形探査》を使って確認すれば、お前さんなら容易に《探知網》の有無は確認できよう」
私はそれを聞いて安心した。これからしようとしている計画で、その点が一番気になっていたのだ。軍の介入を気にする必要がないのならば、私の考え通りに仕事をすることができる。空間移動系の魔法が使えるというなら、私には自分の力でできることがある。
白髪ネギをふわっと盛り付け、出来上がった白身魚の煮付けと貝の酒蒸しを博士の前に置いた私は、今後の計画についてグッケンス博士に聞いてもらうことにした。
「なるほど、それはメイロードにしかできん、修行の成果が問われる仕事になりそうだの」
博士は煮付けをとても美味しそうに突きながら、私の計画を半ば呆れ気味に、でも面白そうに聴いている。
稀代の魔法使いも笑う私の考えた計画、それは魔法を使った突貫工事での港の再構築だ。海中での作業や大きな石の運搬など、危険が伴う作業を、私の魔法を使って短期間に終わらせて、危険の少ない仕上げ仕事を街の人たちにお願いする。
これならば港の再スタートまでの期間を短くできるし、一番の問題点である、予算と時間をたっぷり割かねかればならなかった難工事の部分を街の人たちのやらせずに済むので、大幅な節約になる。
「《空間魔法》は、魔法力の消費が激しい。お前さんの魔法力ならそう簡単に枯渇するとは思わんが、くれぐれも注意しながら使うことだ」
「はい。十分気をつけます」
やってきたセイリュウにも料理を出し、お酒を注ぐ。
「楽しそうじゃない? また何かやらかすの?」
「やらかすってなんですか! 領地改善のためのお仕事ですよ」
私が港の改善計画を話すと、セイリュウも杯を持ったまま面白そうに笑った。
「自分の領地のためとはいえさ、魔法力を使って領民の生活を良くするために動くなんて、この国の貴族たちには考えもつかないことだよね。この世界で尊ばれる魔法は攻撃や防御のための、いわば戦うためのものばかり……みんながメイロードのように魔法を使うようになれば、世界はもっと良くなるのにね」
セイリュウから見れば、戦いに明け暮れる人間の世界はきっと哀れで悲しく見えるのだろう。
とはいえ、いまは平穏の見えるこの世界も、まだ様々な脅威にさらされている戦いの世界だ。魔法にも戦いのための武器としての役割が重要視されることは仕方がないだろう。貴族たちが、その貴重な魔法力を闘い以外に使うことがないのも、有事の際を考えてのことだ。
「まぁ、私は好きに使いますけどね。いまの私には、これ以上の有意義な使い方なんてありませんから」
「メイロードはそれでいいと思うよ。しっかりやってね」
「うむ。いい港を作れよ」
気になっていた《探知網》問題も気にする必要がないとわかり、ふたりにも応援してもらえて、私は俄然やる気になった。
そのまま食卓に港の地図を広げて、明日からの計画を相談しながら、私たちはとれたてピチピチの魚料理の並ぶ夕食を美味しく楽しんだ。
ソーヤは小魚をカリッと揚げて香味野菜と甘酢で漬け込んだ骨まで食べられる南蛮漬けがとても気に入ったようで、モリモリ食べて満足そう。
「このジュワッと染み出る油と甘酢のこってり甘い味がご飯と完璧な相性でございますね。骨まで美味しゅうございます。素晴らしい魚の食べ方でございます!」
(気に入ってくれて何より。ホント丸ごと食べるの好きよね。たくさん作っておいて良かった)
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