利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

654 厳しい管財人

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654

「〝天舟アマフネ〟を……貸すのでございますか? それは……」

「所有権はシルヴァン公爵家に置いたまま、平常時には必要のない余分な〝天舟アマフネ〟をおじさまに貸し出して、その貸し出しの対価を支払ってもらうのよ。これなら維持費も実際に運用することになるサイデムおじさま持ちだし、賃貸料という収入も手に入るでしょう?」

私がこの案を押したのにはもうひとつ理由がある。男爵であるおじさまは〝天舟アマフネ〟の所有台数が限られており、もう限度いっぱいの五艇が稼動中。これ以上増やすことはできない。だが、他の誰かが所有する〝天舟アマフネ〟を一時的に借り受ける形ならば、この限りではないはずだ。

(多くの高額商品をやり取りしているおじさまなら、賃貸料を支払っても商売になるよね)

「なるほど! それは良いことをお聞き致しました。さすがメイロードさまでございますねぇ……」

オットー君にはますます尊敬されてしまったが、そういえば私も彼に聞きたいことがあったのだ。

「オットー君は私が運営している領地については知っているかしら?」
「もちろんでございます。メイロードさまが爵位とともにご領地を賜ったことは、とても素晴らしいことでございます。ですが、あのあまり豊かとはいえない土地で、さぞやご苦労されているのではございませんか? 最近は道路整備も始められたそうで、街道がとても良くなってきて陸上の輸送が早くなりましたね。すべての地区に祠をお建てになったのも、素晴らしい施策だと感心いたしました……」
オットー君は、私の動向を知りうる限り把握したい病なので、絶対知っているとわかっていたが、あえて聞いてみたが、想像以上に良く知っている。

(オットー君……最近の事情まで、詳しすぎる。ちょっと怖いかも……)

「ええ、ありがとう。まぁ、私は大丈夫……っていうより、これから取り組みたい地区の話なの。あのね、私の領地で唯一海に面している場所があるんだけど……」

「第十区セータイズの港でございますね」

「さすが、よくご存じね。この港について、海運業の立場から知っていることがあれば教えて欲しいの」

私の意図がわかったオットー君は、このために用意していた地図を広げながら、この港周辺の事情について教えてくれた。

「セータイズの港は基本的には漁港です。港の整備はあまりされておらず護岸工事や波を抑えるための工事もされていません。大きな船が接岸するためには、停泊場が必要なのですが、その整備も小規模に留まっているため、海運基地としての機能は、ほぼないと言っていいでしょう」

やはり思っていた通り、この港は現状では海運輸送の拠点としてまったく使えていないし、使える設備ではないようだ。だが、ここは私の領地で唯一の港、ここを栄えさせることはとても重要だと思う。

「この港に足りないのは、大型船も入港できる停泊場、湾内の整備、倉庫も大きなものをしっかり用意しないとダメよね、それに……」

「特産品!」
「特産品でございます」

私とオットー君の声が揃った。

そう、船を空のまま動かすのは、経費の無駄なので片道輸送はとても嫌われるし、契約によってはの荷主にも負担がかかるため、敬遠されてしまう。いまのセータイズ周辺には、海運での輸送に適した特産品といえるものがあまりないため、大型船が立ち寄るメリットがないのだ。

〝マリス領〟がものすごく人口が多かったり、お金持ちばかり住んでいるような場所なら別だが、現状はそう豊かでもなく人口もそこそこ……ここで、大量の荷を下ろすような状況にはない。

「でもね、いますぐとは言わないけれど、近いうちに〝マリス領〟の人たちの平均賃金は必ず上がるはずよ。そうなれば、ものは売れるようになるはず。その日に備えて、港の整備はやはり急務よね……」

「ええ、港の整備は存外時間のかかる危険な仕事です。メイロードさまのご計画通りにご領地の経済が進むことは間違いございませんでしょうから、すぐに港の改善をご決断なさることをお勧めいたします」

「ありがとう、参考になったわ、オットー君」

「いえいえ、とんでもございません。こちらこそ、大変素晴らしい解決策をお教えいただき感謝の言葉もございません。大型船が入港できるようになりましたら、どうぞ〝オットー商会〟をご贔屓にしてくださいませ、メイロードさま」

私にいい情報を教えることができて、オットー君は本当に嬉しいようで、そのあとも港や海運についていろいろな話を教えてくれた。

「もし、何かわからないことがございましたらいつでも《伝令》を飛ばしてください。何なりとお答えいたしますし、お調べいたしますから!」

「うん、ありがとう。これから、大変な仕事が続くと思うけど、頑張って立て直してあげてね」

オットー君は管財人だけでなく、自分の商会の仕事も《伝令》を駆使してできる限りやっていくのだという。これから、彼にはとてつもなく多忙で、面倒ごとばかりの日々が待っている。でも、オットー君は案外涼しい顔だ。

「ええ、こちらは〝皇命〟で乗り込む管財人でございますからね。家族だからなどという甘えは決して許しはしません。慈悲をかけるつもりも微塵もございません。あの方たちには、じっくり〝貧する〟というのがどういうものか知ってもらいますよ」

オットー君の目が妖しく光っている。これはなかなかのスパルタ管財人になりそうだ。

(私には甘々なのになぁ……オットー君、コワ!)

オットー君が置いていった、大量のお菓子やら小物やらアクセサリーやらの山を見ながら、私は公爵家の人たちを情け容赦なくビシバシ指導しているオットー君の様子を想像して、クスクスとしばらく笑いが止まらなかった。
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