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4 聖人候補の領地経営
633 面倒なクレーマー
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633
参謀本部で待っていたのは、見慣れたふたりだった。
「ドール侯爵様……」
「ここでは参謀と呼んでおくれ、メイロード」
「あ、失礼いたしました」
そこにいたのはブスッとした顔のおじさまと、爽やかな笑顔のドール参謀。だが、おじさまの不機嫌な顔に、ちょっと困り気味の様子だ。
(まぁ、おじさまが地位の高い貴族であるドール参謀の前で、こんなふうに不機嫌な顔を見せているというのは、それだけふたりが親しいという現れなのだろうけど……)
私がその部屋に通された後、なかなか美味しいお茶が運ばれた。そしてしばらく時候の挨拶的な雑談をしている間に、参謀の部下らしき人たちがキビキビと動き回っているな、と思っていたら、厳重な結界が施され、その部屋は完全な密談部屋へと変わった。
(ここまで厳重な魔法防壁って、なに、そこまでまずい話なの!?)
私がおじさまの顔を見ると、おじさまは大きくため息をついた。
「絶対タガローサが裏にいるに決まっています……ドール様まで巻き込んで……なんとお詫びすればいいのか……」
「いや、サイデム、君に非はまったくないよ。むしろ、わが家とあの家の問題に君たちが巻き込まれたようなものだ」
(お詫び? 巻き込まれた? いったいなんの話なの)
不安そうな私の顔を見たドール参謀は、そこから丁寧に今回私たちが呼び出された〝問題〟について話してくれた。
まず現在ドール参謀は、幕僚参謀であると同時に財務部主計局という帝国のお金の流れを管理するお役所のトップになっている。年齢からするとかなりの大抜擢だそうだ。この人事は、例の〝軍人手帳〟刷新での功績が大きく認められてのもので、皇帝陛下から直接の指名があったのだという。
(それじゃ、文句があっても若くても、誰も異議は唱えないよね)
「シルヴァン公爵家についてメイロードは知っているかい?」
突然、私に質問が振られた。
「え……っと、はい。随分前のことになりますが、オットー・シルヴァン様とお目にかかったことがございます」
「そうか……、実は、そのシルヴァン公爵家が、今回の騒動の中心なんだ」
ーーーーーー
ある日、主計局へ不正の告発があるという趣旨の手紙が届いた。もちろん、そのような手紙は有象無象からよく送られてくるもので、普通ならば部下たちによって処理されるものだが、その内容と差出人が問題だった。
差出人はオクタビア・シルヴァン、シルヴァン公爵家の第二夫人、告発されたのはチョコレート専門〝カカオの誘惑〟店主メイロード・マリス。
「ちょ、ちょっと!! わた、私ですかぁ!?」
まったく身に覚えのない告発をされて、私は目が回りそうだった。いったいなにが起こっているのだろう。
「メイロード、これから詳細を話すから落ち着いて聞いておくれ。それに、私たちは誰も君らに不正があるなどとは思っていないから、安心していい」
優しい目でそう言ってくれるドール参謀に、私は少し落ち着いて、お茶を一口飲んでゆっくりとうなずいた。
私が、まだこの世界では栽培すらほとんどされていないカカオを農場から作って興した、おそらくこの世界に一店しかないチョコレート専門店〝カカオの誘惑〟のチョコレート詰め合わせが、国への功績のあった方々の叙勲に際して褒賞品として使われるようになってだいぶ経つ。
最初は、褒章の中でも、正妃様が選出に関わった主に女性のしかも報奨金があまり貰からえないような低い身分の方々のために、正妃様が自分の歳費からせめてもの褒美として下賜されたのだ。
〝カカオの誘惑〟のチョコレートはずっと品薄で、予約半年待ちが当たり前であったこともあり、このプレゼントは非常に好評だった。他の叙勲者たちからも、あれをなぜ我々はいただけないのかという問い合わせが数多く寄せられることとなり、現在では叙勲者全員に贈られることになっている。
当然、その際これに関わる費用は正式な叙勲に関わる歳費から支払われるようになり、現在に至っているわけだが、それに難癖をつけてきたのがシルヴァン夫人だったのだ。
「叙勲に関わる下賜品であるものが、なんの審査も受けず最初から決まっているのはおかしい、何か不正があったに違いないと言ってきたわけなんだよ」
私は頭が痛くなった。
(なんだろう、その理屈は。それまでの経緯を説明すれば、なにも問題ない納得の理由だと思うんだけど……元々作るのが大変で負担が大きいし面倒だったから、もう御下賜品の納入断っちゃおうかなぁ……)
「おい。ただ、この仕事を受けるのをやめればいいとか、思ってるんじゃなかろうな!」
おじさまの怒気を孕んだ抑え気味の声が、横から飛んできた。
「ダメなんですか? いいですよ、ウチはそれでなくても予約で手一杯だし」
「だから、そういう……」
私とおじさまを制して、ドール参謀が続ける。
「この件についてシルヴァン夫人は、正妃様と〝カカオの誘惑〟の関係については知らなかったと言い通している」
(イヤイヤ、そんなのありえないでしょう? 〝カカオの誘惑〟の名前も正妃さまがつけられたのは、パレスの誰もが知ってるでしょう! それにその時から、うちは正式に皇室御用達の看板ももらってるのに!)
不服そうな私の顔を見ながら、ドール参謀は続ける。
「さらに、告発した以上、このまま見過ごしにはできないので、〝カカオの誘惑〟が御下賜品としてふさわしいことを証明してもらいたいと言ってきているんだ」
「もしかして、その……証明できないと正妃様の顔に泥を見ることになりますか?」
「もしかしなくてもそうだ!!」
おじさまの言葉に私は気を失いかけた。
(なんなの、この訳の分からない言いがかり!!)
参謀本部で待っていたのは、見慣れたふたりだった。
「ドール侯爵様……」
「ここでは参謀と呼んでおくれ、メイロード」
「あ、失礼いたしました」
そこにいたのはブスッとした顔のおじさまと、爽やかな笑顔のドール参謀。だが、おじさまの不機嫌な顔に、ちょっと困り気味の様子だ。
(まぁ、おじさまが地位の高い貴族であるドール参謀の前で、こんなふうに不機嫌な顔を見せているというのは、それだけふたりが親しいという現れなのだろうけど……)
私がその部屋に通された後、なかなか美味しいお茶が運ばれた。そしてしばらく時候の挨拶的な雑談をしている間に、参謀の部下らしき人たちがキビキビと動き回っているな、と思っていたら、厳重な結界が施され、その部屋は完全な密談部屋へと変わった。
(ここまで厳重な魔法防壁って、なに、そこまでまずい話なの!?)
私がおじさまの顔を見ると、おじさまは大きくため息をついた。
「絶対タガローサが裏にいるに決まっています……ドール様まで巻き込んで……なんとお詫びすればいいのか……」
「いや、サイデム、君に非はまったくないよ。むしろ、わが家とあの家の問題に君たちが巻き込まれたようなものだ」
(お詫び? 巻き込まれた? いったいなんの話なの)
不安そうな私の顔を見たドール参謀は、そこから丁寧に今回私たちが呼び出された〝問題〟について話してくれた。
まず現在ドール参謀は、幕僚参謀であると同時に財務部主計局という帝国のお金の流れを管理するお役所のトップになっている。年齢からするとかなりの大抜擢だそうだ。この人事は、例の〝軍人手帳〟刷新での功績が大きく認められてのもので、皇帝陛下から直接の指名があったのだという。
(それじゃ、文句があっても若くても、誰も異議は唱えないよね)
「シルヴァン公爵家についてメイロードは知っているかい?」
突然、私に質問が振られた。
「え……っと、はい。随分前のことになりますが、オットー・シルヴァン様とお目にかかったことがございます」
「そうか……、実は、そのシルヴァン公爵家が、今回の騒動の中心なんだ」
ーーーーーー
ある日、主計局へ不正の告発があるという趣旨の手紙が届いた。もちろん、そのような手紙は有象無象からよく送られてくるもので、普通ならば部下たちによって処理されるものだが、その内容と差出人が問題だった。
差出人はオクタビア・シルヴァン、シルヴァン公爵家の第二夫人、告発されたのはチョコレート専門〝カカオの誘惑〟店主メイロード・マリス。
「ちょ、ちょっと!! わた、私ですかぁ!?」
まったく身に覚えのない告発をされて、私は目が回りそうだった。いったいなにが起こっているのだろう。
「メイロード、これから詳細を話すから落ち着いて聞いておくれ。それに、私たちは誰も君らに不正があるなどとは思っていないから、安心していい」
優しい目でそう言ってくれるドール参謀に、私は少し落ち着いて、お茶を一口飲んでゆっくりとうなずいた。
私が、まだこの世界では栽培すらほとんどされていないカカオを農場から作って興した、おそらくこの世界に一店しかないチョコレート専門店〝カカオの誘惑〟のチョコレート詰め合わせが、国への功績のあった方々の叙勲に際して褒賞品として使われるようになってだいぶ経つ。
最初は、褒章の中でも、正妃様が選出に関わった主に女性のしかも報奨金があまり貰からえないような低い身分の方々のために、正妃様が自分の歳費からせめてもの褒美として下賜されたのだ。
〝カカオの誘惑〟のチョコレートはずっと品薄で、予約半年待ちが当たり前であったこともあり、このプレゼントは非常に好評だった。他の叙勲者たちからも、あれをなぜ我々はいただけないのかという問い合わせが数多く寄せられることとなり、現在では叙勲者全員に贈られることになっている。
当然、その際これに関わる費用は正式な叙勲に関わる歳費から支払われるようになり、現在に至っているわけだが、それに難癖をつけてきたのがシルヴァン夫人だったのだ。
「叙勲に関わる下賜品であるものが、なんの審査も受けず最初から決まっているのはおかしい、何か不正があったに違いないと言ってきたわけなんだよ」
私は頭が痛くなった。
(なんだろう、その理屈は。それまでの経緯を説明すれば、なにも問題ない納得の理由だと思うんだけど……元々作るのが大変で負担が大きいし面倒だったから、もう御下賜品の納入断っちゃおうかなぁ……)
「おい。ただ、この仕事を受けるのをやめればいいとか、思ってるんじゃなかろうな!」
おじさまの怒気を孕んだ抑え気味の声が、横から飛んできた。
「ダメなんですか? いいですよ、ウチはそれでなくても予約で手一杯だし」
「だから、そういう……」
私とおじさまを制して、ドール参謀が続ける。
「この件についてシルヴァン夫人は、正妃様と〝カカオの誘惑〟の関係については知らなかったと言い通している」
(イヤイヤ、そんなのありえないでしょう? 〝カカオの誘惑〟の名前も正妃さまがつけられたのは、パレスの誰もが知ってるでしょう! それにその時から、うちは正式に皇室御用達の看板ももらってるのに!)
不服そうな私の顔を見ながら、ドール参謀は続ける。
「さらに、告発した以上、このまま見過ごしにはできないので、〝カカオの誘惑〟が御下賜品としてふさわしいことを証明してもらいたいと言ってきているんだ」
「もしかして、その……証明できないと正妃様の顔に泥を見ることになりますか?」
「もしかしなくてもそうだ!!」
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