利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
444 / 837
4 聖人候補の領地経営

633 面倒なクレーマー

しおりを挟む
633

参謀本部で待っていたのは、見慣れたふたりだった。

「ドール侯爵様……」
「ここでは参謀と呼んでおくれ、メイロード」
「あ、失礼いたしました」

そこにいたのはブスッとした顔のおじさまと、爽やかな笑顔のドール参謀。だが、おじさまの不機嫌な顔に、ちょっと困り気味の様子だ。

(まぁ、おじさまが地位の高い貴族であるドール参謀の前で、こんなふうに不機嫌な顔を見せているというのは、それだけふたりが親しいという現れなのだろうけど……)

私がその部屋に通された後、なかなか美味しいお茶が運ばれた。そしてしばらく時候の挨拶的な雑談をしている間に、参謀の部下らしき人たちがキビキビと動き回っているな、と思っていたら、厳重な結界が施され、その部屋は完全な密談部屋へと変わった。

(ここまで厳重な魔法防壁って、なに、そこまでまずい話なの!?)

私がおじさまの顔を見ると、おじさまは大きくため息をついた。

「絶対タガローサが裏にいるに決まっています……ドール様まで巻き込んで……なんとお詫びすればいいのか……」
「いや、サイデム、君に非はまったくないよ。むしろ、わが家とあの家の問題に君たちが巻き込まれたようなものだ」

(お詫び? 巻き込まれた? いったいなんの話なの)

不安そうな私の顔を見たドール参謀は、そこから丁寧に今回私たちが呼び出された〝問題〟について話してくれた。

まず現在ドール参謀は、幕僚参謀であると同時に財務部主計局という帝国のお金の流れを管理するお役所のトップになっている。年齢からするとかなりの大抜擢だそうだ。この人事は、例の〝軍人手帳〟刷新での功績が大きく認められてのもので、皇帝陛下から直接の指名があったのだという。

(それじゃ、文句があっても若くても、誰も異議は唱えないよね)

「シルヴァン公爵家についてメイロードは知っているかい?」

突然、私に質問が振られた。

「え……っと、はい。随分前のことになりますが、オットー・シルヴァン様とお目にかかったことがございます」
「そうか……、実は、そのシルヴァン公爵家が、今回の騒動の中心なんだ」

ーーーーーー

ある日、主計局へ不正の告発があるという趣旨の手紙が届いた。もちろん、そのような手紙は有象無象からよく送られてくるもので、普通ならば部下たちによって処理されるものだが、その内容と差出人が問題だった。

差出人はオクタビア・シルヴァン、シルヴァン公爵家の第二夫人、告発されたのはチョコレート専門〝カカオの誘惑〟店主メイロード・マリス。

「ちょ、ちょっと!! わた、私ですかぁ!?」

まったく身に覚えのない告発をされて、私は目が回りそうだった。いったいなにが起こっているのだろう。

「メイロード、これから詳細を話すから落ち着いて聞いておくれ。それに、私たちは誰も君らに不正があるなどとは思っていないから、安心していい」

優しい目でそう言ってくれるドール参謀に、私は少し落ち着いて、お茶を一口飲んでゆっくりとうなずいた。

私が、まだこの世界では栽培すらほとんどされていないカカオを農場から作って興した、おそらくこの世界に一店しかないチョコレート専門店〝カカオの誘惑〟のチョコレート詰め合わせが、国への功績のあった方々の叙勲に際して褒賞品として使われるようになってだいぶ経つ。

最初は、褒章の中でも、正妃様が選出に関わった主に女性のしかも報奨金があまり貰からえないような低い身分の方々のために、正妃様が自分の歳費からせめてもの褒美として下賜されたのだ。

〝カカオの誘惑〟のチョコレートはずっと品薄で、予約半年待ちが当たり前であったこともあり、このプレゼントは非常に好評だった。他の叙勲者たちからも、をなぜ我々はいただけないのかという問い合わせが数多く寄せられることとなり、現在では叙勲者全員に贈られることになっている。

当然、その際これに関わる費用は正式な叙勲に関わる歳費から支払われるようになり、現在に至っているわけだが、それに難癖をつけてきたのがシルヴァン夫人だったのだ。

「叙勲に関わる下賜品であるものが、なんの審査も受けず最初から決まっているのはおかしい、何か不正があったに違いないと言ってきたわけなんだよ」

私は頭が痛くなった。

(なんだろう、その理屈は。それまでの経緯を説明すれば、なにも問題ない納得の理由だと思うんだけど……元々作るのが大変で負担が大きいし面倒だったから、もう御下賜品の納入断っちゃおうかなぁ……)

「おい。ただ、この仕事を受けるのをやめればいいとか、思ってるんじゃなかろうな!」

おじさまの怒気を孕んだ抑え気味の声が、横から飛んできた。

「ダメなんですか? いいですよ、ウチはそれでなくても予約で手一杯だし」

「だから、そういう……」

私とおじさまを制して、ドール参謀が続ける。

「この件についてシルヴァン夫人は、正妃様と〝カカオの誘惑〟の関係についてはと言い通している」

(イヤイヤ、そんなのありえないでしょう? 〝カカオの誘惑〟の名前も正妃さまがつけられたのは、パレスの誰もが知ってるでしょう! それにその時から、うちは正式に皇室御用達の看板ももらってるのに!)

不服そうな私の顔を見ながら、ドール参謀は続ける。

「さらに、告発した以上、このまま見過ごしにはできないので、〝カカオの誘惑〟が御下賜品としてふさわしいことを証明してもらいたいと言ってきているんだ」

「もしかして、その……証明できないと正妃様の顔に泥を見ることになりますか?」

「もしかしなくてもそうだ!!」

おじさまの言葉に私は気を失いかけた。

(なんなの、この訳の分からない言いがかり!!)
しおりを挟む
感想 2,991

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。