437 / 840
4 聖人候補の領地経営
626 憑りつかれたモノたち
しおりを挟む
626
眼下の光景は、背筋が凍るほど壮絶なものだった。
本来、自然界に生きるものたちは本能的に生態系を守る。そして、その均衡を崩さないよう生活をするものだ。自分が生きるために必要なもの以上に獲物を狩ったりすることが、結局自分たちを苦しめることになると彼らは知っている。
だが、そうした本能すら、《狂化》のせいで崩壊してしまっているとしか思えない。いまもアタタガ・フライから見下ろす“厭魅”を中心とした広範囲の地域では、ただ目の前の何かを殺すことに取りつかれたモノたちによる無意味な殺し合いが続いている。
“厭魅”の影響範囲は同心円に広がっていて、中心に近い部分には、壮絶な殺し合いに生き残った強い魔物が一定の距離を保ちながらうろうろしている。三メートルは超えるミスリルクローベアやキングバイソン、三つ目トロールといった大型のごつい魔物たちが、お互いにけん制しあっているのだ。
その中でも散発的に殺し合いは起こっていて、大型の魔物たちの雄たけびや咆哮が不気味に響き続けている。
外周に近づくと“厭魅”の影響を受けたものたちが、影響を受けていないものに襲いかかっていて、食べられるでもなく無残に打ち捨てられた小動物の姿がそこら中にみえるという、ひどいありさまだ。
これ以外にも“厭魅”の強い呪いを浴びたモノたちは、さらに森のいろいろな場所へと移動し、そこでも殺戮を繰り返している。この地を離れて呪いの影響が徐々に薄れれば、やがて正気は取り戻すだろうが、戦うために傷つくこともいとわなくなってしまっている彼らが、そのときまで生きていられる保証もない。
「なんてひどいことを……」
空中から見えるその残酷で悲しくも哀れな光景に、私は手を強く握りしめていた。
〔メイロードさま、魔法が破られそうです!〕
“厭魅”の本体に近づきすぎたのだろう。《退魔結界》にかなりの負荷がかかってきて、亀裂を生じ始めていた。私はすぐに再度結界を張り直し、さらにその上に二重に同じ結界を作った。
「どうやら、思った以上に強力な呪詛をまき散らしているようね。これにさらされては動物たちはひとたまりもないでしょう。早く解呪してあげないと被害が広がるばかりだわ」
私とともにじっとこの様子を見ていたレンが、苦しそうな口調で私に告げた。
「残念ですが、私があの忌まわしい塊と戦った時より、ずっとアレの放つ瘴気は強くなっている気がいたします。あれは、ああやって殺し合わせた者たちの絶望や恨みも自らの糧にしているのかもしれません」
たしかに“厭魅”とはそういう性質の呪いの塊。悪い気配が濃いほど効力が増すというのはあり得る話だ。
「この悲惨な状況も、“厭魅”の餌ってこと? 本当に救いようのない最悪の石ね! 偵察からもどったら、一刻も早く排除のために動きましょう! こんなのすぐにやめさせなくちゃだめよ」
「はい、仰せの通りに!」
レンから進軍の指示が“守護妖精”たちに出され、私たちが戻るころには第一陣が出発の指示を待つばかりになっていた。
「できるだけ派手に攻撃をして、引きつけながら“厭魅”から魔物や動物たちを離して頂戴。いまは敵を見つけて攻撃することだけが彼らを支配しているから、必ず誘導できるはずよ。がんばってね」
飛ぶことができる“守護妖精”たちは、機動力も防御力もなかなかのものだ。その点はとても信頼できる。攻撃力は並みだが、陽動が主体のこういった作戦ならばうってつけだ。
思惑通り“守護妖精”による挑発行動はうまくいき、つぎつぎに姿を現していく“守護妖精”を見つけた魔物たちは、我先に襲おうと近づいていた。それを、間一髪でかわしながら、妖精たちは徐々に退却し続け、大量の魔物や動物を引き連れながら、森を移動していく。
(よしよし、ほとんどの全部引き連れて移動しているね。なんとかそのまま“厭魅”の勢力圏の外まで連れて行ってね)
まずは、あの魔物たちが“厭魅”のほうへ戻って来ないようにしなくてはならない。私の仕事もそこからだ。
地響きを上げて妖精たちを追う《狂化》した者たちの上を飛び、アタタガ・フライに、それと対峙する妖精たちの背後へと下してもらった私は、魔法を使って今度は自ら上空へ浮上した。目の前にはおびただしい数の魔物と動物の群れ。
空中に制止した私の手には、美しい翠色が妖しくきらめくガラス細工のような魔法の弓。
(では、行きましょうか、ミゼル!)
眼下の光景は、背筋が凍るほど壮絶なものだった。
本来、自然界に生きるものたちは本能的に生態系を守る。そして、その均衡を崩さないよう生活をするものだ。自分が生きるために必要なもの以上に獲物を狩ったりすることが、結局自分たちを苦しめることになると彼らは知っている。
だが、そうした本能すら、《狂化》のせいで崩壊してしまっているとしか思えない。いまもアタタガ・フライから見下ろす“厭魅”を中心とした広範囲の地域では、ただ目の前の何かを殺すことに取りつかれたモノたちによる無意味な殺し合いが続いている。
“厭魅”の影響範囲は同心円に広がっていて、中心に近い部分には、壮絶な殺し合いに生き残った強い魔物が一定の距離を保ちながらうろうろしている。三メートルは超えるミスリルクローベアやキングバイソン、三つ目トロールといった大型のごつい魔物たちが、お互いにけん制しあっているのだ。
その中でも散発的に殺し合いは起こっていて、大型の魔物たちの雄たけびや咆哮が不気味に響き続けている。
外周に近づくと“厭魅”の影響を受けたものたちが、影響を受けていないものに襲いかかっていて、食べられるでもなく無残に打ち捨てられた小動物の姿がそこら中にみえるという、ひどいありさまだ。
これ以外にも“厭魅”の強い呪いを浴びたモノたちは、さらに森のいろいろな場所へと移動し、そこでも殺戮を繰り返している。この地を離れて呪いの影響が徐々に薄れれば、やがて正気は取り戻すだろうが、戦うために傷つくこともいとわなくなってしまっている彼らが、そのときまで生きていられる保証もない。
「なんてひどいことを……」
空中から見えるその残酷で悲しくも哀れな光景に、私は手を強く握りしめていた。
〔メイロードさま、魔法が破られそうです!〕
“厭魅”の本体に近づきすぎたのだろう。《退魔結界》にかなりの負荷がかかってきて、亀裂を生じ始めていた。私はすぐに再度結界を張り直し、さらにその上に二重に同じ結界を作った。
「どうやら、思った以上に強力な呪詛をまき散らしているようね。これにさらされては動物たちはひとたまりもないでしょう。早く解呪してあげないと被害が広がるばかりだわ」
私とともにじっとこの様子を見ていたレンが、苦しそうな口調で私に告げた。
「残念ですが、私があの忌まわしい塊と戦った時より、ずっとアレの放つ瘴気は強くなっている気がいたします。あれは、ああやって殺し合わせた者たちの絶望や恨みも自らの糧にしているのかもしれません」
たしかに“厭魅”とはそういう性質の呪いの塊。悪い気配が濃いほど効力が増すというのはあり得る話だ。
「この悲惨な状況も、“厭魅”の餌ってこと? 本当に救いようのない最悪の石ね! 偵察からもどったら、一刻も早く排除のために動きましょう! こんなのすぐにやめさせなくちゃだめよ」
「はい、仰せの通りに!」
レンから進軍の指示が“守護妖精”たちに出され、私たちが戻るころには第一陣が出発の指示を待つばかりになっていた。
「できるだけ派手に攻撃をして、引きつけながら“厭魅”から魔物や動物たちを離して頂戴。いまは敵を見つけて攻撃することだけが彼らを支配しているから、必ず誘導できるはずよ。がんばってね」
飛ぶことができる“守護妖精”たちは、機動力も防御力もなかなかのものだ。その点はとても信頼できる。攻撃力は並みだが、陽動が主体のこういった作戦ならばうってつけだ。
思惑通り“守護妖精”による挑発行動はうまくいき、つぎつぎに姿を現していく“守護妖精”を見つけた魔物たちは、我先に襲おうと近づいていた。それを、間一髪でかわしながら、妖精たちは徐々に退却し続け、大量の魔物や動物を引き連れながら、森を移動していく。
(よしよし、ほとんどの全部引き連れて移動しているね。なんとかそのまま“厭魅”の勢力圏の外まで連れて行ってね)
まずは、あの魔物たちが“厭魅”のほうへ戻って来ないようにしなくてはならない。私の仕事もそこからだ。
地響きを上げて妖精たちを追う《狂化》した者たちの上を飛び、アタタガ・フライに、それと対峙する妖精たちの背後へと下してもらった私は、魔法を使って今度は自ら上空へ浮上した。目の前にはおびただしい数の魔物と動物の群れ。
空中に制止した私の手には、美しい翠色が妖しくきらめくガラス細工のような魔法の弓。
(では、行きましょうか、ミゼル!)
238
お気に入りに追加
13,141
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。