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4 聖人候補の領地経営
617 天敵
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617
オキュラさんはこの街の商人ギルドの代表で、穀物の卸問屋も営んでいる。
彼によると、やはりこの地の小麦で得られる収益は、労力から考えるとかなり低い様子だ。
「でも、私が提供した寒冷地対策をした小麦ならば、十分この地でも育つはずです。なのに、まだ苗は植えられていないのですね……」
そう、私がアタタガ・フライの中からこの地を眺めたときの違和感。多くの農地が何も植えられておらず、空っぽのままだったのだ。
「ああ、お気づきになられましたか……それにつきましては、ただいま緊急の対策を考えているところでございますが……どうにも困った事態になっておりまして……」
街を歩きながら、少し話をしたところで、私はオキュラさんの商店が所有する建物の応接室へと通されることになった。そこを今回の会議室として使うらしい。不思議そうに私を見る商店の皆さんにも、もれなく微笑みかけつつ商店の奥へと進み、用意された〝領主席〟らしい立派な椅子へと腰を下ろした。
まずは歓待のためのお茶や果物が供されたところで、オキュラさんが改めて話を始める。
「メイロードさまから贈って頂きました大事な種麦は、一日も早く植えたいと考えておりましたが、いま植えても最悪大切なその種麦ごと失うことになりそうでございまして、いまその対策のための資金を集めているのでございます」
「そんなにお金のかかる対策が必要なのですか?」
「はい……実は今年はかなり手強く、例年お願いしている魔法屋の方では対処できないと断られてしまい、お偉い魔法使い様にお願いしなければならないのです」
「なるほど……その資金を捻出するのが大変なのですね……」
「はい、時期的にまだ先期の小麦の売り上げが入金前でございますので、余力がございませんで……お恥ずかしいことです」
魔法屋に頼んでいれば、1000ポル以上かかることはないらしいが、彼らが対処できないということになれば、その十倍以上を覚悟して魔法使いに依頼を出さなければならない。まして、この辺境の地まで出張させて仕事をしてもらわなければならないとなると、その数倍の費用を請求されるのだそうだ。
(そうなると、数千万かかるってことだよね。確かにこの村が出すのはキツそうだなぁ)
「それで、そこまでして対策を取らなければならないこととは何なのでしょう?」
「ああ、それでしたら、実際見ていただいた方が早いかと思いまして御用意しております。これ、籠を持ってきておくれ!」
オキュラさんの一言で布がかけられた箱状のものが私の目の前に置かれる。
それを持ってきた召使いが布をとった瞬間、私は領主にあるまじき叫び声を上げてしまった。
「ぎ、ぎゃーーー!!」
きっとセイツェさんがいたら、せめて〝キャー〟と仰いませ、って怒られるだろうけど、そんなことでは私のパニックは表現できない。
布を下には虫カゴ。そしてそのカゴの中にいる無数のおおきな虫はブンブン羽音をさせながらこちらを睨んでいる……ように見えた。
「も、申し訳ございません、メイロードさま! そんなに驚かれるとは……これ! とりあえず布をかけなさい!」
私の叫びに慌てて虫かごには布がかけなおされたが、まだ不穏な羽音は収まらない。
オキュラさんは慌てて私に謝罪してくれたが、その声も入ってこないぐらい私は動揺していた。背中には冷や汗、おそらく顔面も蒼白だろう。手が冷たくなっているような気もする。
そう……私は虫が大っ嫌いなのだ。特にウジャウジャといる虫は恐怖の対象で、前世でも黒光りする例の虫が出ないよう、あらゆる対策をしていた。私の掃除好きは、ある意味あの虫への恐怖からだったと言ってもいいくらいだ。
そこからは聞きたくはなかったが、その虫の説明を聞くことになった。
その虫は魔物の一種で〝麦食い〟と呼ばれているそうだ。見た目はイナゴのようなバッタのような感じで、かなり大きい。あの恐るべき私の天敵の三倍以上の大きさ。それだけでも鳥肌モノだ。緑と茶色が混じったような色で、長い触覚のようなものが数本頭に生えている。
(ああ、気分が悪くなってきた……)
この魔物には毎年悩まされているというが、毎年〝麦食い〟が繁殖する前に魔法屋を呼んで野焼きをすることで駆除していたそうだ。
「ところが、今年はすでに大繁殖してしまい、魔法屋の手には負えないと……」
実はこの〝麦食い〟蜂のような針まで持っている。襲われれば死ぬこともあるという危険な虫なのだそうだ。そのため、住民による駆除は危険すぎて行えない。
「魔法屋に方には、今年のような大量の〝麦食い〟に襲われては、とても対処ができないと言われてしまいまして……確かにその通りです。ですが、このままでは麦を植えることもできませんし、これ以上繁殖されれば街が襲われることもあり得ます」
オキュラさんたちは、なんとかその前にお金を工面し、魔法使いに依頼をしなければならないという切羽詰まった状況のようだ。
私は虫の羽音に怯えながらも、一緒に対策を考えることを約束した。魔法使いにも心当たりがあることを伝えると、みんなの表情にも少しホッとする様子が見えた。
(普通の人はあまり魔法使いと縁がないから、怖がるんだよね)
「大丈夫ですよ。それでは、対策を……」
私が話を進めようとしたところで、カゴから抜け出したらしい〝麦食い〟が、羽音を立てながら私の腕にとまった。
あとのことは覚えていない。私は気絶して、宿へと運ばれた。
オキュラさんはこの街の商人ギルドの代表で、穀物の卸問屋も営んでいる。
彼によると、やはりこの地の小麦で得られる収益は、労力から考えるとかなり低い様子だ。
「でも、私が提供した寒冷地対策をした小麦ならば、十分この地でも育つはずです。なのに、まだ苗は植えられていないのですね……」
そう、私がアタタガ・フライの中からこの地を眺めたときの違和感。多くの農地が何も植えられておらず、空っぽのままだったのだ。
「ああ、お気づきになられましたか……それにつきましては、ただいま緊急の対策を考えているところでございますが……どうにも困った事態になっておりまして……」
街を歩きながら、少し話をしたところで、私はオキュラさんの商店が所有する建物の応接室へと通されることになった。そこを今回の会議室として使うらしい。不思議そうに私を見る商店の皆さんにも、もれなく微笑みかけつつ商店の奥へと進み、用意された〝領主席〟らしい立派な椅子へと腰を下ろした。
まずは歓待のためのお茶や果物が供されたところで、オキュラさんが改めて話を始める。
「メイロードさまから贈って頂きました大事な種麦は、一日も早く植えたいと考えておりましたが、いま植えても最悪大切なその種麦ごと失うことになりそうでございまして、いまその対策のための資金を集めているのでございます」
「そんなにお金のかかる対策が必要なのですか?」
「はい……実は今年はかなり手強く、例年お願いしている魔法屋の方では対処できないと断られてしまい、お偉い魔法使い様にお願いしなければならないのです」
「なるほど……その資金を捻出するのが大変なのですね……」
「はい、時期的にまだ先期の小麦の売り上げが入金前でございますので、余力がございませんで……お恥ずかしいことです」
魔法屋に頼んでいれば、1000ポル以上かかることはないらしいが、彼らが対処できないということになれば、その十倍以上を覚悟して魔法使いに依頼を出さなければならない。まして、この辺境の地まで出張させて仕事をしてもらわなければならないとなると、その数倍の費用を請求されるのだそうだ。
(そうなると、数千万かかるってことだよね。確かにこの村が出すのはキツそうだなぁ)
「それで、そこまでして対策を取らなければならないこととは何なのでしょう?」
「ああ、それでしたら、実際見ていただいた方が早いかと思いまして御用意しております。これ、籠を持ってきておくれ!」
オキュラさんの一言で布がかけられた箱状のものが私の目の前に置かれる。
それを持ってきた召使いが布をとった瞬間、私は領主にあるまじき叫び声を上げてしまった。
「ぎ、ぎゃーーー!!」
きっとセイツェさんがいたら、せめて〝キャー〟と仰いませ、って怒られるだろうけど、そんなことでは私のパニックは表現できない。
布を下には虫カゴ。そしてそのカゴの中にいる無数のおおきな虫はブンブン羽音をさせながらこちらを睨んでいる……ように見えた。
「も、申し訳ございません、メイロードさま! そんなに驚かれるとは……これ! とりあえず布をかけなさい!」
私の叫びに慌てて虫かごには布がかけなおされたが、まだ不穏な羽音は収まらない。
オキュラさんは慌てて私に謝罪してくれたが、その声も入ってこないぐらい私は動揺していた。背中には冷や汗、おそらく顔面も蒼白だろう。手が冷たくなっているような気もする。
そう……私は虫が大っ嫌いなのだ。特にウジャウジャといる虫は恐怖の対象で、前世でも黒光りする例の虫が出ないよう、あらゆる対策をしていた。私の掃除好きは、ある意味あの虫への恐怖からだったと言ってもいいくらいだ。
そこからは聞きたくはなかったが、その虫の説明を聞くことになった。
その虫は魔物の一種で〝麦食い〟と呼ばれているそうだ。見た目はイナゴのようなバッタのような感じで、かなり大きい。あの恐るべき私の天敵の三倍以上の大きさ。それだけでも鳥肌モノだ。緑と茶色が混じったような色で、長い触覚のようなものが数本頭に生えている。
(ああ、気分が悪くなってきた……)
この魔物には毎年悩まされているというが、毎年〝麦食い〟が繁殖する前に魔法屋を呼んで野焼きをすることで駆除していたそうだ。
「ところが、今年はすでに大繁殖してしまい、魔法屋の手には負えないと……」
実はこの〝麦食い〟蜂のような針まで持っている。襲われれば死ぬこともあるという危険な虫なのだそうだ。そのため、住民による駆除は危険すぎて行えない。
「魔法屋に方には、今年のような大量の〝麦食い〟に襲われては、とても対処ができないと言われてしまいまして……確かにその通りです。ですが、このままでは麦を植えることもできませんし、これ以上繁殖されれば街が襲われることもあり得ます」
オキュラさんたちは、なんとかその前にお金を工面し、魔法使いに依頼をしなければならないという切羽詰まった状況のようだ。
私は虫の羽音に怯えながらも、一緒に対策を考えることを約束した。魔法使いにも心当たりがあることを伝えると、みんなの表情にも少しホッとする様子が見えた。
(普通の人はあまり魔法使いと縁がないから、怖がるんだよね)
「大丈夫ですよ。それでは、対策を……」
私が話を進めようとしたところで、カゴから抜け出したらしい〝麦食い〟が、羽音を立てながら私の腕にとまった。
あとのことは覚えていない。私は気絶して、宿へと運ばれた。
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