利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

610 会話の攻防

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610

コンソメやテリーヌは、そんなに難しい料理ではない。確かにコンソメはじっくり煮込む必要があるし、あの透き通ったスープにするための裏技もあるが、それとて知っていさえすれば特別難しくはないのだ。テリーヌは台形の型を金属加工をしてくれる工房に発注して作ってもらってからは、この世界で目にしたいろいろな野菜や卵や肉を組み合わせて、いろいろ作ってきた。これも型に押し込んで形を整えたら冷やしておけばいいだけ。

(切り分けたときに断面の美しさが出るようにするためには、経験とセンスがいるけど、することは特に難しくはないんだよね。作るのも実験みたいで楽しいし)

だがこうしたはお金になる情報なので、簡単には教えることはできないし、貴族であるシルベスター公爵は、私以上に現在の貴族の間での、こうした情報の価値の高さを知っている。だから、貴族でしかも別の家の長である私にこれ以上聞くことはできないだろう。

今日の晩餐のメニューはややフランス料理寄りだが、特にそれのこだわったわけでもないので、和食や中華の技法も出しつつ、堪能してもらおうと思う。

(とは言っても私の料理だから、どれも家庭で作れるレベルなんだけどね)

上級貴族の皆さんの間では、素材に凝るのが定番と聞いたので、今回はフレッシュな味を活かした料理を多くしてみた。

「次は魚料理です。これは新鮮な生魚がないとできない料理です。やはり、素材の鮮度は大切ですよね」

出された皿は白身魚のカルパッチョ。クセのない植物油と酸味ある柑橘のソースをベースとしたシンプルな料理なので、鮮度が命。今回は、この鯛に近い風味の魚に昆布締めをしてある。そのためさっぱりとした酸味の中にも濃厚な旨味が広がる一品になっているのだが、これも詳しいことは教えない。

「なんという、なんなのだろう……この深みのある味は……。これは生の魚を切って並べただけではないのか?」

初めて食べた旨みのあるねっとりとした白身魚の味に、公爵の舌は混乱中のようだ。

「私は魚の美味しい沿海州の国にも訪れたことがございまして、そこでいろいろな魚介類にも出会えました。あちらでは生魚がご馳走なのです」

「さもありなん。こんなに旨い魚が出てくるのなら、それは紛れもなくご馳走だ! ではこの料理は沿海州のものなのだな。それで、この魚は……」

一応少しでも探り出そうという気はあるようで、公爵は話を振ってきた。この料理については〝昆布締め〟について教えなければ、決して同じ味にはならないので、私は今回使った魚を教えたが、味付けについては微笑むだけで、それ以上はサービスしなかった。それぐらいはゆっくり味わえばわかるだろう。

そんな表面上はなごやかで、その実相手を探るような会話を続けながらも、公爵はソーヤおすすめの果実酒を美味しそうに呑みながら、どの料理も完食していった。

「素晴らしい料理だ。メイロードはいい料理人を使っている。実にうらやましいよ。わが家にもこうした斬新な料理を作ってくれる料理人が欲しいものだね」

「ありがとうございます。厨房にもお褒めいただいたことを伝えます。料理人たちも公爵様の評価を喜ぶことでしょう」

もちろん今日の料理は私とソーヤが自宅のキッチンで準備したものだ。だが公爵には〝自分が作った〟とは言わずにおいた。私に面白い料理が作れることを伝えて、妙な執着をされると困るからだ。私の専属料理人が作ったということにしておけば、最悪でもその使用人を引き抜きにかかるぐらいのことだ。実際にはその〝私の料理人〟は存在しないのだから、どうやっても見つけられず空振りに終わるだけだ。

(私とすでに契約している妖精を連れていっても意味がないことは、この世界の人ならわかっているだろうし……。まぁ、それ以前に完璧な隠密行動が取れるソーヤを捕まえるなんて無理だからね)

そこからは領主としてこの地をどうしていくつもりなのかという話になり、私は公にできる範囲でこれからの領内整備計画や農地の改良について話した。シルベスター公爵はその話を聞くと、こう話を切り出した。

「ときにメイロード……この領地は決して豊かではないと聞いているのだが、君が行おうとしている大掛かりな事業のための資金を徴税だけでやりくりすることができるのかな? その改革のために、いままでより税負担を増やせば、貧しい人々の暮らしは立ち行かなくなるだろうし、道路の整備がうまくいったとしても流通が増えるまでには時間がかかるだろう」

この展開は、事前に予想できていることだった。公爵がこの領地について付け入る隙があると考えた一番の理由は、おそらくこの領地がことだ。平民が新しく貴族となり領主となった作物もろくに育たない不毛の地。改革したくとも資金があるはずもない。そう考えるのは、私をよく知らない人ならば当然だ。

私も危険を回避するため、極力自分の資金力については隠しているので、シルベスター公爵がそれを知らないのは仕方がない。だから、領地改革のために私が資金をどこからか借りるしかないだろう、と公爵が思っているのもわかっている。

〝マリス領〟の改革ための事業資金を公爵家が援助することで、この領地に恩を売り、私との関係を強くし影響力を強めて、いずれは……というシナリオだと予想はついている。

(シルベスター公爵は、この土地での領地経営がうまくいくなんて微塵も思っていないんだろうな。きっと改革に失敗し、借金まみれになった哀れな従姉妹を助ける未来でも想像しているじゃないかな。私のことを知らなすぎだよねぇ)

「必要ならば私が援助してあげるよ。もちろん利子なんか取らない。家族への援助なのだから……」

半分本気でそう思っているのか、公爵の声には優しさと哀れみが半々になったような響きがあった。私は無邪気な感じに微笑みながら、ナプキンで口を拭ってから公爵にキッパリとこう言った。

「公爵様のお優しいお気遣いに、心より感謝申し上げます。ですが、この改革に必要な資金はすでにございます。公爵様にご負担をかける必要はまったくございません」
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