利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

608 歓迎の儀式

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608

部屋へ入ってきた公爵一行。さすが大貴族だけあってシルベスター公爵の様子は堂々としたものだった。

メイロードは椅子に腰をかけたまま微笑みつつそれを見やる。

もちろん爵位としては公爵の方が圧倒的に高い地位だが、ここは〝マリス領〟、この領地の中では一番偉いのは領主だ。
こういう力関係の場合、この地の主からは歩み寄らず、シルベスター公爵がその側へやってくるのを、ゆっくりと待つ。決してへりくだってはならない。ここでのトップが領主である“メイロード・マリス”であることを常に自覚し、行動においても態度においても相手を優位に立たせてはならないと、メイロードはセイツェから厳命されている。

メイロードは公爵が近づいてきたところで、微笑みすぎないように気を付けながら笑顔を作り、ゆっくりと立ち上がると、軽く膝を折り挨拶をした。

「この遠き土地に、高貴なる御身をお迎えできましたことを心より嬉しく思います。すべての神の祝福を御身に。ようこそおいで下されました、シルベスター公爵様」

(セイツェさんに歩き方からお辞儀の角度まで、ガッチリ教えてもらったんだから死角はない……はず!)

美しい姿勢を保ちながらメイロードは内心の緊張を隠し、歓迎の儀式を進めていく。

“ドレープス”の最新流行を取り入れながらも華美になり過ぎないように品よく仕上げた高価なドレスを身にまとい、セーヤ渾身のキラキラの装飾に彩られた髪を揺らしてお辞儀をするメイロードの姿は、絵物語から抜け出てきた姫君そのものだ。
その可憐な仕草と美しさに両サイドに控えたの召使たちからため息が漏れる。

それほどにメイロードの姿は優雅で、しかししっかりと領主としての威厳をもったものに見えた。

これに対し、こう言った儀式を何度も繰り返してきているシルベスター公爵は、型通りの挨拶を慣れた態度ですらすらと口にする。

「心よりの歓迎に御礼申し上げる。マリス家とこの土地に関わる人々に我らが尊き神マーヴの大いなる祝福を。美しき歓迎の趣向に驚きとさらなる感謝を伝えたい。

我が家の家紋である〝シルベスターローズ〟をあしらわれた見事な出迎えには感服した。この素晴らしき歓迎の御礼に価いするかはわからぬが、我が家からそのお礼として持参した……」

そこでシルベスター公爵は言い淀んだ。

ここまでは、公式な訪問の時にはつきものの挨拶で、言い澱むようなものではないのだが、そこでやっと公爵は気づいたのだ。

(なんだ? なんで、こんなに土産が少ないのだ!)

その部屋には美しい布のかけられたテーブルがあり、シルベスター公爵家からの贈答品が置かれている。だが、その数は十個にも満たない数で、とてもこういった公式な晩餐会に招かれた公爵家の人間が持ち込んでいいような数ではなかった。

その貧相な数の贈り物について話すのは、有り体に言って、赤っ恥もいいところだった。

元々サプライズ訪問をして脅かすつもりだった公爵は、こんな公式な挨拶をするような訪問をするはずではなかった。それが、きっちりと型にはめられ、公式の場でのふるまいをせざる得なくなり、そしていま、自分の失態を自ら宣言するような形になってしまっている。

言葉に詰まった公爵は、それ以上口上を述べることができなくなっていた。

すかさず侍従のクラバが恐れながらと話をする。

「大変申し訳ございません。主人はご領主様にお会いになることを大変お急ぎになりまして〝天舟アマフネ〟への荷物の積み込みが間に合わなかったのでございます。ご領主様への贈り物は、後ほど到着いたしますので、どうかこの場での贈り物のご紹介はご容赦くださいませ」

クラバにしてみてば、自分の失態として罰を受けることになるかもしれない発言だったが、さすがに自分の主人を公式なあいさつの席で絶句させたままにはしておけなかった。

「そうでございましたか。お気になさることはありません。手土産ありがたく頂戴いたします」

美しい女領主は、何事もなかったかのように口上を進めて、周囲も一切公爵たちを責めることなく、晩餐会会場へと入っていった。

クラバは胸をなでおろしていたが、シルベスター公爵はまだかなりのダメージを負っている様子だ。むっつりとした顔で、言葉少なに晩餐の席へと向かってのろのろと歩いている。

侍従クラバは、何度も言ったにもかかわらず、あの場で品物が乗せられた台の上を見るまで、まったくそのことを忘れていた主人に、ため息しか出なかったが、そういう主人であることを知ってもいた。

もちろん急過ぎて間に合わなかった贈り物は、すぐに後を追って送るよう指示は出してあるし、こちらに着いてすぐに《伝令》でさらに追加の贈り物も発注した。

(これに懲りてくださるといいのだが……ここがパレスより遠い地で、ここでの噂が社交界に流れるようなことはないだろうことが、せめてもの救いか)

大きく出ばなをくじかれた主人が、これで暴走をやめてくれることを祈りながら、クラバはふたりの後に続いて、気の重い晩餐会の会場へと入っていった。
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