利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

604 セイツェさんの怒り

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604

「あの……セイツェさん?」

一見いつものとても落ち着いた素敵な笑顔なのだが、沈着冷静な彼には珍しく表情にまで怒りが透けている。その様子に私がたじろいでいると、私の視線に気づいたセイツェさんは、表情を緩めて話し始めてくれた。

「大変失礼致しました。あまりにもシルベスター 公爵様のやりようが、さすがにメイロードさまに失礼が過ぎるという思いが表情に出てしまいました……私もまだまだ修行が足りません」

セイツェさんによれば、貴族同士の訪問には正規手順プロトコルというものがある。たとえ公式な訪問でなくとも、これを遵守することは当然の礼儀だ。今回のような訪問の場合ならば、少なくとも1週間前には〝先触れ〟という使者を遣わし、相手の都合を確認し、それから日時を相談して、当日の訪問人数や訪問事由などについても、侍従の間で何度もやり取りが行われる。

「増して、このたびは、新たに家を構えられたマリス伯爵家の当主であられるメイロードさまのもとを初めて訪れられるのです。いくらあちらが本家筋とはいえ、その名も継いでいらっしゃらないメイロードさまは、公式にシルベスター公爵家とは別の家の当主であらせられるのです。それに対してこのやりようは、あまりにもぞんざいな扱いでございます」

セイツェさんによると、これはワザとそうしてきているのではないか、とのことだ。

突然、大貴族である公爵家の当主が田舎にあらわれ、貴族としての教養も嗜みもない子供を、少し驚かせてやはり〝公爵家の庇護が必要だ〟と思わせようという狙いが透けて見えるという。

「では、あの人はまだ私を諦めていないんでしょうか?」
「そうでございますね。嘆かわしいことですが、まだ、メイロードさまを手中にする思惑を捨てていないのでございましょう。魔術師としての十二分な力量があり、どんな姫君にも劣らぬ美しさをお持ちで、しかも皇宮との結びつきもある……簡単には諦めきれないというお気持ちはわかります」

私の身柄がどうしても欲しいシルベスター公爵。だがすでに私はマリス家の当主だ。だから、シルベスターの名を使い本家の意向を振りかざすこともできない。もちろん、すでに伯爵としてしっかりとした身分のある私を平民の少女のように強引にさらって養子にすることもできない。すでにどうあがいても事態は詰んでいるのだ。

「公爵家からはもう手出しできないから、私から『公爵様の庇護を賜りたく存じます』って、言わせたいわけですね」

私が半ば呆れ気味にそう言いながら苦笑すると、再びセイツェさんの笑顔のこめかみに血管がピキッと浮いた。ものすごく怒っているようだ。普段冷静な人のこういう表情はなかなか怖い。

「大人気ないにもほどがございますな。それが、シド帝国の公爵家の当主の考えることとは……」

実に嘆かわしいという顔で首を振るセイツェさん。目の前にシルベスター公爵がいたら、正座で小一時間説教しそうな怒りようだ。

(セイツェさんがここまで言うってことは、本当に軽く見られてるってことなんだろうなぁ……まぁ、田舎育ちなのも、ついこの間まで平民だったのもその通りだから、公爵も間違ってはいないけど、そのせいでちょっかいを出されるのは面倒極まりないなぁ……)

やらなければならないことが山積みだというのに、望まない客人がやってくるとわかり、ちょっと気落ちした私だが、私のためにすごく怒ってくれているセイツェさんを見ているうちに、気持ちの切り替えができてきた。

「……ということは、公爵のその目論見を潰してあげればいいってことですよね」
「はい?」

セイツェさんが、急に笑顔で明るく私が話し始めたのに、少し面食らっている。

「いまから、準備して完璧なおもてなしをしましょう! 私がマリス領の当主として庇護がなくともやっていけることを見せれば、それ以上向こうは何も言えないしできないってことですよね?」

私の言葉にセイツェさん、一瞬考えてからニンマリとちょっと悪い顔になって微笑む。

「お任せくださいませ。賓客のおもてなし、完璧に準備いたしましょう。では早速!」

すっくと立ち上がったセイツェさんは素早く奥の部屋に引っ込んだかと思うと、すぐにきっちりとした執事の正装であらわれた。手には旅行鞄まで携えている。

「あまり時間がございません。すぐに動くことにいたしましょう!」
「は、はい!」

すっかり臨戦態勢のセイツェさんに、私はびっくりしつつも一緒に席を立った。

歩きながら短い打ち合わせをした後、セイツェさんはそのままカングンに向かい、賓客を迎える場所の選定とそのために必要な品物の準備を始めてくれるそうだ。私はできる限りの協力をするので、なんでも相談して欲しいと話し、費用についても一切気にする必要はないと伝えた。

「お心強いお言葉ありがとうございます。では、メイロードさまのご到着をカングンでお待ちいたしております」
「はい、準備よろしくお願いします」

私は用意した馬車に魔法をかけ、できるだけセイツェさんの負担が軽くなるようにして送り出した。

降って湧いた〝シルベスター公爵迎撃作戦〟

(私をただの田舎の子供と侮るなかれ、だ!
ここに彼の付け入る隙がないことを、きっちり教えてあげなきゃね!)
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