利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

596 北東部税務局

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596

先先代のシルベスター公爵からの命を受け、この土地の維持管理を行なっていたのは、カングンという町の役人たちだった。

カングンは私の領地となったこの〝マリス領〟の中では、最も大きな町だ。とはいえ林業による安定した収入があるものの、それ以外には特に目立った収入源はない。長い間現在の規模を維持するに留まっている、ある意味停滞した街でもある。

木材が豊富なせいか、街並みも木造建築がほとんどなので、カントリー調の牧歌的な雰囲気の漂うのんびりした感じだ。

事前に連絡をしておいた北東部税務局の建物の前には、ひとりの男性が立っていた。軍服を着ているが、筋骨隆々ではない五十歳ぐらいの男性だ。シド帝国では基本的に役人も軍属扱いなので、税務局の職員も軍服が正装ということのようだ。彼は私の姿を見つけると、丁寧に挨拶してくれた。

「ご領主様、よくぞおいでくださいました。私は先先代シルベスター公爵様から命を受け、この土地の徴税を行なっておりますセトと申します」

ここは実はかなり前からシルベスター家の領地だった。本当ならば〝シルベスター領〟税務局とすべきだったところなのだろうが、この土地に対してなにも施策を行なっていないこともあり、表立ってシルベスター家の名を出さないようにしていたらしい。これからは〝マリス領〟税務局とすることになるのだろう。

「初めまして、メイロード・マリスです。いきなりのことで、あなた方も驚かれたことと思いますが、よろしくお願いしますね」

私はセトさんに案内され、税務局の中をひと通り見ながら、応接室へと入った。

この領地は先先代シルベスター公爵の領地として登録されていた場所だ。だが、公爵はこの土地を息子アーサーに遺す目的で持っていただけで、この土地を訪れることもなく、国に納める税金の徴収だけを彼らに任せ、問題がない限りなにもしなかったそうだ。

「人頭税以外の収入が期待できない土地でございましたので、公爵家にとっては領地でしたのでしょう。もちろん、領内の土地の貸し付けや通行税、ギルドからの税収もございますから、領主の生活資金になるぐらいの金額は毎年ございますよ」

お茶を出してくれたセトさんは、税収の記録を書いた書類を示しながら、現状を教えてくれた。

彼らの主な仕事は、領地に点在する集落や町、村を回り、その人数に応じた税金を徴収して、その七割を国へと納めることだった。人頭税以外からの税収は、そのまま領地のものとなる。人頭税以外にどのような税金をかけるかは、領主の裁量に任されており、たとえば漁が盛んな場所では船一艘につきいくら、というような税金をかけたり、この林業の街カングンでは山の地権者に税金が課せられていたりする。

「つまり盛んな産業があれば、それだけ税収も増えるということですね」

「まぁ、そうなのですが、実際問題は……」

セトさんの話によると、北東部州の人口は、彼の赴任時からほぼ増加しておらず、やや減少傾向にあり、税収も国に支払う分と最低限の軍備、そして補修事業を行うだけで、ほぼ消えてしまうそうだ。

「でも、ご領主様のいらっしゃったシラン村だけは別格でございます。もうシラン町といった規模にまで人口が伸びておりますし、あそこから商人ギルドや職人ギルドへ落ちている金額もかなりのもので、大きな税収になっているのですよ」

私を敬ってくれようとしているのはありがたいが、どうにも落ち着かないので、私は〝領主〟という呼び方はやめてくれるようお願いした。

「ええと、ご領主様って呼ばれ方に慣れないので、メイロードと呼んでもらってもいいですか?」

シラン村の発展には、セトさんたちもかなり注目していたそうだ。領内を常に巡っている彼らは、事情通だし、私の伝説(笑)もきっと知っているのだろう。セトさんが最初から、こんなチビ領主の私に丁寧に接してくれたのも、私が〝メイロード・マリス〟として領内ですでに知られているからだ。

私は彼らに、引き続き税務局として活動をお願いしたい旨を伝えた。

「増員についても、すぐにお願いしたいと考えています。できれば税務局には財務課を、それに併設する形で領主が取り仕切る仕事のための役所も作りたいのですが……」

「では、メイロードさまはカングンにお屋敷を構えられるおつもりで?」

「いえ、それはまだ考えていません。領地のことをもっと知りたいので、しばらくは領内をあちこち動くことになるでしょう。でも指示は《伝令》でできますから、問題ないですよね」

セトさんは少し残念そうだが、私の住む場所より先に決めたいことが山ほどある。

「次に私が来る時までにお願いしておきたいことがほかにもあります。領内の問題点を洗い出すため、領内の方たちの話を聞きたいと思います。そのために、領内を十の区域に分け、それぞれに代表者を立てさせてください。半月後には、その方たちとこの領内の中心に近い町で会議を行いたいと考えています」

セトさんは、私の話を聞くと部下にすぐ領内の地図を持ってこさせた。そして線を引きながら、領地を区切っていった。

「そういたしますと、人口もなるべく同じぐらいにした方がよろしいですね……税収も鑑みますと……おい! これでどうだ?」

わらわらと集まってきた部下たちと相談しながら、15分ほどでざっと区切りの入った地図を作ってくれた。さすが、領内をよく知る人たちだけあって、地域性や特産品も考慮した、いいバランスの区切りになっている。

「では半月後に、領内の中心に近いこちらのムルコ村に、それぞれが選んだ代表に来てもらうようにすぐ手配いたしましょう」

税務局の徴収調査員は日に一度はその時巡回している土地のギルドで《伝令》の確認をすることになっているそうで、すぐに彼らを通じてそれぞれの土地の有力者に相談してくれるという。

(おお、このシステムすごくいい。彼らの人数を増やしていけば、領内の状況がすごく把握しやすいよね)

私は、それから細かい打ち合わせをしばらくしてから、税務局を後にした。

(なかなか有意義だったな。さて、次はイスに行って相談しなくちゃね)



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