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3 魔法学校の聖人候補
585 シルベスター家の事情
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585
シルベスター 会長は、私の言葉に眉間を押さえながら大きなため息をついた。
「兄だ! 君に助けられたあの兄が、君の……というか、ヴァイス=アーサー叔父の子供の行方をつかもうとしている」
シルベスター生徒会長の兄というと、私が《幻惑魔法》を暴き捕まえた、詐欺師キャサリナに騙された高級官僚だ。アーティファクトで強化された強力な魔法が原因であることを明らかにできたため、簡単に詐欺に引っかかったわけではないことが認められ、いまは復職しているというが、不名誉な噂は消えずにいるという。
「その兄が、どうやらヴァイス=アーサー叔父が生きていたことを知ったらしい」
会長の話によると、アーサーの父、先代シルベスター公は表面上は捨て置くとしながらも、ずっと失踪した次男の行方を探し続けていたそうだ。だが、その行方は知れず、やっと晩年になってふたりは再会した。市井の人間として幸せに生きている、と静かに微笑み恨み言ひとつ言わない息子に、なにひとつしてやれなかったという懺悔が書かれた秘密の日記を、兄が探し出したのだという。
「兄はいまは気持ちが焦っている。兄には三人の妻があるが、いまだに子供はおらず、仕事では重大な失敗。弟は魔法学校の生徒会長で文武両道、頭もいいしな」
シルベスター会長は苦笑しながら、話を続けた。
失態と優秀な弟の存在が、兄を不安にさせている。どうにかして自分の地位を盤石にしたいと考えた彼は、ヴァイス=アーサー・シルベスターの子供に目をつけた。彼の子供ならば魔法力が必ず秀でているはずだと確信しているそうだ。
(まぁ、その予想は当たっていると言えば当たってるね)
「日記ではヴァイス=アーサー叔父が結婚しようとしているところまでしか書かれていなかったんだが、兄は子供がいるだろうことを疑っていない。だが、詳しい情報はなにも書かれていないようだから、まだ見つかるまでにはしばらく時間がかかるはずだ」
優秀で魔法力の多いだろう叔父の子を自分の養子にして子飼いにし、自らの地位を固めようという算段なのだそうだ。
「君が望むなら、まぁ貴族としてなに不自由のない生活ができるいい話かもしれないが……」
「……」
「ここまで君を見てきたのだからわかっているよ。君はそんなことは望まないし、第一、並の貴族以上に君は裕福だろう」
さすが会長よく私のことを調べている。
「だから、兄が君を見つけて動く前に、君自らその出自と実力を衆目の前で宣言し、分家として家を作ることを主張しろ。でなければ、お前は兄に取り込まれるしかなくなるんだ」
つまり無理やり養子にさせられた上、婿を取らされ、自由を奪われたくなければ、先に一国一城の主人になってしまえ、ということのようだ。
「帝国では正しい血筋の者は、その分家として城を構え領地を持つことを許されている。調べたところ、祖父は晩年価値のない金食い虫の領地をわざわざ管理者を置いてまで放置しつつ持ち続けていた。その領地の相続人はヴァイス=アーサー、場所は北東部の君が育った村のある地域全体だ」
「驚いた! じゃあ、あの土地は先代シルベスター公が息子のために保有していた土地だったんだ。そして、その所有権はアーサー、あ、父に……」
「だが、このままではいずれあの土地の所有権のことも兄に知られる。君たちには思い入れのある土地なのだろう? もし兄に奪われたら、取り戻すためになにを要求されるかわからないぞ。いま、君が出自を明らかにすればあの土地の正当な相続人も君になる。兄も口は出せないだろう」
シルベスター会長は少し情けなさそうな顔をして、こう続けた。
「兄は小心な根っからの貴族だ。家族の情より家の建前、自分の立場を常に考えて行動する。兄にとってお前は使える駒でしかない。それが嫌なら……」
「自分でひっくり返せってわけですね」
「競技会までに根回しをしておくことだ。サイデムでも、知り合いの政府高官でも、使えるコネは騒動員して、自分の主張の正しさを見せつけろ。そうすれば、兄はなにもできない。すでに〝帝国の代理人〟を後見人に持つお前を、いまさら保護したいなどと、表立ってはとても言えまい」
私をシルベスター家の内側に取り込んで仕舞えば、後はいくらでも言い繕えるかもしれないが、先に新しい分家として宣言してしまえば、もう彼らにできるのは本家として口を挟むことだけだ。しかも、アーサーが家を出た経緯は同情すべき点があり、本家と関わりたくないと主張することもできるだろう。
「そのときには、その綺麗な顔でさめざめと泣いてみせれば、きっと同情を買えるだろう」
(うわぁ、シルベスター 会長腹黒ですねぇ、でも手段としては確かに使える……覚えておこう)
シルベスター 会長は、私の言葉に眉間を押さえながら大きなため息をついた。
「兄だ! 君に助けられたあの兄が、君の……というか、ヴァイス=アーサー叔父の子供の行方をつかもうとしている」
シルベスター生徒会長の兄というと、私が《幻惑魔法》を暴き捕まえた、詐欺師キャサリナに騙された高級官僚だ。アーティファクトで強化された強力な魔法が原因であることを明らかにできたため、簡単に詐欺に引っかかったわけではないことが認められ、いまは復職しているというが、不名誉な噂は消えずにいるという。
「その兄が、どうやらヴァイス=アーサー叔父が生きていたことを知ったらしい」
会長の話によると、アーサーの父、先代シルベスター公は表面上は捨て置くとしながらも、ずっと失踪した次男の行方を探し続けていたそうだ。だが、その行方は知れず、やっと晩年になってふたりは再会した。市井の人間として幸せに生きている、と静かに微笑み恨み言ひとつ言わない息子に、なにひとつしてやれなかったという懺悔が書かれた秘密の日記を、兄が探し出したのだという。
「兄はいまは気持ちが焦っている。兄には三人の妻があるが、いまだに子供はおらず、仕事では重大な失敗。弟は魔法学校の生徒会長で文武両道、頭もいいしな」
シルベスター会長は苦笑しながら、話を続けた。
失態と優秀な弟の存在が、兄を不安にさせている。どうにかして自分の地位を盤石にしたいと考えた彼は、ヴァイス=アーサー・シルベスターの子供に目をつけた。彼の子供ならば魔法力が必ず秀でているはずだと確信しているそうだ。
(まぁ、その予想は当たっていると言えば当たってるね)
「日記ではヴァイス=アーサー叔父が結婚しようとしているところまでしか書かれていなかったんだが、兄は子供がいるだろうことを疑っていない。だが、詳しい情報はなにも書かれていないようだから、まだ見つかるまでにはしばらく時間がかかるはずだ」
優秀で魔法力の多いだろう叔父の子を自分の養子にして子飼いにし、自らの地位を固めようという算段なのだそうだ。
「君が望むなら、まぁ貴族としてなに不自由のない生活ができるいい話かもしれないが……」
「……」
「ここまで君を見てきたのだからわかっているよ。君はそんなことは望まないし、第一、並の貴族以上に君は裕福だろう」
さすが会長よく私のことを調べている。
「だから、兄が君を見つけて動く前に、君自らその出自と実力を衆目の前で宣言し、分家として家を作ることを主張しろ。でなければ、お前は兄に取り込まれるしかなくなるんだ」
つまり無理やり養子にさせられた上、婿を取らされ、自由を奪われたくなければ、先に一国一城の主人になってしまえ、ということのようだ。
「帝国では正しい血筋の者は、その分家として城を構え領地を持つことを許されている。調べたところ、祖父は晩年価値のない金食い虫の領地をわざわざ管理者を置いてまで放置しつつ持ち続けていた。その領地の相続人はヴァイス=アーサー、場所は北東部の君が育った村のある地域全体だ」
「驚いた! じゃあ、あの土地は先代シルベスター公が息子のために保有していた土地だったんだ。そして、その所有権はアーサー、あ、父に……」
「だが、このままではいずれあの土地の所有権のことも兄に知られる。君たちには思い入れのある土地なのだろう? もし兄に奪われたら、取り戻すためになにを要求されるかわからないぞ。いま、君が出自を明らかにすればあの土地の正当な相続人も君になる。兄も口は出せないだろう」
シルベスター会長は少し情けなさそうな顔をして、こう続けた。
「兄は小心な根っからの貴族だ。家族の情より家の建前、自分の立場を常に考えて行動する。兄にとってお前は使える駒でしかない。それが嫌なら……」
「自分でひっくり返せってわけですね」
「競技会までに根回しをしておくことだ。サイデムでも、知り合いの政府高官でも、使えるコネは騒動員して、自分の主張の正しさを見せつけろ。そうすれば、兄はなにもできない。すでに〝帝国の代理人〟を後見人に持つお前を、いまさら保護したいなどと、表立ってはとても言えまい」
私をシルベスター家の内側に取り込んで仕舞えば、後はいくらでも言い繕えるかもしれないが、先に新しい分家として宣言してしまえば、もう彼らにできるのは本家として口を挟むことだけだ。しかも、アーサーが家を出た経緯は同情すべき点があり、本家と関わりたくないと主張することもできるだろう。
「そのときには、その綺麗な顔でさめざめと泣いてみせれば、きっと同情を買えるだろう」
(うわぁ、シルベスター 会長腹黒ですねぇ、でも手段としては確かに使える……覚えておこう)
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