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3 魔法学校の聖人候補

584 正妻と側室

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584

そこから、アーサー・マリスこと、ヴァイス=アーサー・シルベスターという人物のことについて、会長はゆっくりと話し始めた。

優れた魔法騎士を輩出してきた名門シルベスター公爵家は、非常に子供の少ない家系で、当時も正妻との間に長男ひとりしか子供がおらず、気を揉んだ親族たちの圧力により側室を持つことになった。それ自体は上級貴族には特に珍しいことではない。だが、彼が選んだのは貧しい下級貴族の娘で、およそ釣り合いの取れた相手ではなかった。

それでも結局彼女が側室になれた大きな要素は、彼女の持つ魔法力だった。彼女はどの貴族の娘も及ばないほど大きな魔法力を持っていた。そのことは優秀な子を得たい貴族にとって何よりも重要なことだったからだ。

しかもその女性にはその後正妻の大きなしこりとなる事実があった。当時は誰にも知らされていなかったが、実は彼女は貴族ですらなかった。彼女は地方の有力者の娘で彼女を見染めたシルベスター公爵が彼女を貴族の養女とし、その上で輿入れさせたのだ。

「それほどに先代のシルベスター公は彼女を愛していたんだ。だがそれも悲劇の元だった」

豪奢な公爵家の母屋からは遠く離れた慎ましい部屋で、ほどなく彼女は赤子を宿した。次男となるヴァイス=アーサー・シルベスターの誕生だった。だが、この時から側室に対しての正妻からの執拗な嫌がらせが始まってしまう。
シルベスター公爵はあらゆる手段を用いて側室を守ったが、それが正妻の怒りに拍車をかけることになってしまった。

「そんな環境で育った君の父君、僕の叔父であるヴァイス=アーサー・シルベスターは、特別な人だった」

アーサーの容姿は幼児期からとても美しく、顔立ちがはっきりしてくる頃には、その名の通りシルベスター公爵家で最も有名な御先祖〝剣聖ヴァイス公〟の絵姿にそっくりだと皆に言われるようになっていた。幼児期から易々と本を読み下すほど賢く、また始めたばかりの剣術でも非凡な才能を見せたアーサーは、シルベスター公爵から溺愛された。

だが、そこで悲劇が襲った。アーサーの八歳の誕生日を待たず母である側室が病気で帰らぬ人となり、さらには遠征先で敵刃に倒れたシルベスター公爵が片足を失う大怪我を負い、怪我が落ち着くまで帰還できない状況になった。

この頃には正妻の精神は病んでいたと言われている。
自分よりも愛されている側室。しかも自分よりずっと身分の低い女に寵愛を奪われたという屈辱。魔法力の高い、英雄と言われるシルベスター家の先祖に瓜二つの優秀な次男。このままではもしかしたら長男を廃して、アーサーが家督を継ぐことになるかもしれない……正妻はそんな妄執に取り憑かれていた。

「なにより悲しいのは、祖母がこの上なく祖父を愛していたことだ。だが、祖父の愛は明らかに側室へと向けられていた。貴族の正妻ならば、飲み込まねばならない気持ちを、祖母は抑えられなかったんだよ」

正妻は、主が戻らない館で、あからさまにアーサーの暗殺を何度も試み始めた。それは鬼気迫るもので、アーサーを守って亡くなった忠義な家臣が何人も出たほどだった。

「ほどなくアーサーは協力者の力を借りて屋敷を出た。祖父が側室に贈った品々を全て売り払い、それを持って姿を消したのだ」

もちろん狂ったように正室はアーサーを探したが、行方は追えなかった。

「祖母はそのまま狂気の檻に囚われ、やっと我が家に戻ってきた祖父は、その惨状に言葉を失ったそうだ。多くの忠臣と愛する息子を失った祖父は、アーサーの行方を追うことを家臣に禁じ、正妻である祖母をいたわりながらそれからの人生を過ごした」

「なんというか……」

私は驚きつつもいろいろなことに合点が入った。

アーサー・マリスというハンサムで剣も魔法も使えた人物像と眉目秀麗な大貴族の御曹司という人物像は不思議なほど合致する。

「君という人物に興味を持って調べなければ、私はいまもきっと叔父の行方を見つけられないままだっただろう。まさかあんな辺境の村の名前持ちとはいえ貴族でさえない家に養子に入っておるなんて……」

会長はどうやらメイロード・マリスについて調べる過程で、偶然行方不明の叔父の動向を掴んだ、ということらしい。

「その後も、すぐ君にこのことを伝えなかったのは、貴族として育ってきていない者がいきなり貴族の世界へと入ることが果たして幸せなのか……特に魔法力が少なかったりした場合、とても肩身の狭い思いをすることもありうる。そのままにしておくべきなのではないか……そう思っていたからだ」

シルベスター生徒会長の考えはもっともだ。まさか、この人と従兄弟同士だとは思わなかった。そのことはいいとしても、なぜそれと〝魔法競技会〟での優勝が結びつくのだろう。

「父のことはわかりました。でもなぜ私を〝魔法競技会〟に推薦なさったのですか?」

「それが一番簡単に貴族社会に君を認めさせることのできる手段だからだ。私は君を華々しく貴族社会へ迎えることで、叔父の名誉も回復させたい」

「会長?」

私はじっとシルベスター生徒会長の目を見た。さっきの理由は理由になっていない。血統さえ明らかなならば、わざわざ衆人監視の中で私の存在を知らしめる必要はないはずだ。

「ここまで聞いたのです。すべて話してください。なにかそうしなければいけない理由があるんですよね」

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