利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
393 / 837
3 魔法学校の聖人候補

582 新しい料理法

しおりを挟む
582

私が取り出したのはエルさんから購入してきた魔道具“魔法温度計”だ。これは、魔法力を流すことで起動し、対象物の温度を測ることができる非接触型の温度計で、内部の温度まで測ることができる優れもの。

一度起動すれば数時間は使えるし、起動に必要な魔法力も4程度なので、あまり魔法力がない人でも十分使える……が、とても高価なものだ。エルさんのお友達価格でも850ポル、およそ85万円だった。

(高かったけど、これがないと今回の料理は作れないからね。投資しましたよ)

「これからお教えする調理法は“低温調理”と言います。まずは試作したものを見てもらいましょうか」

ソーヤが調理場の机の上に出したそれを見て、料理人たちはみな顔をしかめている。

「あの……、メイロードさま? さすがにこれは腹を壊しませんか?」

マルコが遠慮がちに私にそう言ってきたが、それは想定済みだ。

そう、皿の上には肉の塊。スライスされた断面は、まだ赤々とした色合いでしっとりとしており生に近い状態に見える。生肉を食べることが危険だというのは、この世界でも常識だ。むしろ禁忌に近いほど敬遠されているといってもいい。地方によっては生肉を食べる文化があるとも聞くが、それは非常に危険で、年に何人もそれで亡くなっているという話も聞く。

この世界では、ほどんどの肉類は野生のものだ。当然衛生環境は良いとは言えず、現代の日本のような完璧な温度や清潔さを保った保存などできようもない。

それでもこの店には最高の肉が卸されているので鮮度は高いが、だからといって生のまま提供するのはあまりにもリスクの高い非常識なことだ。

「そお? とっても美味しいのよ」

私がお皿に盛られたお肉をパクっと食べると、私の周りから悲鳴のような声が上がった。

「ああ、だめですよ! 危ないですよ、メイロードさま!!」

マルコとのロッコは私の周りでおろおろしている。あまり心配させすぎてもいけないので、まずは種明かしをすることにした。

「マルコ、ロッコ、ごめんね、驚かせちゃって。大丈夫よ。これ、ちゃんと火が入っている“調理済み”のお肉だから」

「は?」
「へ?」

ますます混乱する調理場。

「このお肉は、お腹を壊す原因になるものをなくすことができるギリギリの低い温度で時間をかけて調理してあるの。肉が焼けて色が変わるほどの高温ではないから、こんな風に生肉っぽく見えるのよ」

料理人たちは、まじまじと机の上の肉をみて、まだ半信半疑の顔をしている。

「これが、生肉でない?」
「どう見ても生焼けですよね……」
「でも、これを食べたメイロードさまはなんともないようだし……」

この調理法は、なかなかハードルが高いので、事前にいろいろ実験している。グッケンス博士の持っていた〝魔法温度計〟を使い、この世界でもこの方法が可能なのか、いくつかの肉でテストし《鑑定》をしてみたところ、どうやらいけそうだったので、今回私はこの高価な“魔法温度計”を買ってきたのだ。

「先ほども言った通り、これから教える技法は“低温調理法”というものです。一定以上の時間、低めの温度で素材を温めることで、素材の生に近い持ち味を失うことなく、安全に食べられるようにする調理法です。とても難しい調理法ですが、この〝魔法温度計〟があれば可能になるでしょう」

私はまずこのために作った紙袋を取り出した。さすがにこの世界にはビニールバッグというものは存在しなかったが、非常に撥水性の高い紙素材はすでに見つかっている。ピチン紙と同じ魔物由来の紙だ。それを紙袋に加工したものをぴったりと貼り付け三重にすることで、ほぼ完全に近い防水を可能にした。

ここに素材と油を注ぐ。油は熱をまんべんなく伝える役目。この素材と油の入った袋を六十五度のお湯に漬け、二時間。

これで完成だ。

「この温度は厳守する必要があるから、調理中はつきっきりになってしまうわ。時間もかかるから、予約を必ずしてもらう必要があるし、お値段もとても高くなる……まぁ、お店としてはこんな特別な一皿があってもいいでしょう?」

低温であっても、長時間火を入れることで食べられるようになり、しかもいままでとはまったく違う食感の料理ができる。最初は恐る恐るだった料理人たちも、私の言葉を信じてくれたようで、いまは我先にと赤い色の肉に手を出し、その味と食感に驚いている。

「なんでしょう……このしっとりとした肉は!」
「食感もまるで違うぞ。しかも肉本来の味が濃い気がする」
「なんて不思議な調理法なんだ。魔道具を使った調理法なんて、考えたこともなかったぞ!」

私は彼らの反応に満足し、最後にデザートを教えることにした。

「では〝カラメル風味のローストナッツとプゴの実パイ〟を作りましょう。プゴの実はイスでも手に入りやすいから大丈夫よね。木の実はイスでの手に入りやすさを考えて少し変更してあります。飴細工と生クリームを添えて高級感を演出しましょう」

私は〝飴の木〟の樹液を煮詰めてから二本の棒の間でフォークに垂らしたそれを往復し、細い糸状の飴細工を作り綺麗にパイの上へと盛りつけた。

「これは……美しいですね。本当にキレイです!」
「あの……やらせていただいていいですか?」

マルコとロッコは、この技法にすぐに食いつき、早速飴細工の練習を始めた。代わる代わる飴細工を楽しそうに練習する彼らを見ながら、私もとても幸せな気持ちになっていた。

(このふたりなら、すぐ私よりキレイな飴細工が作れるようになるね、きっと……)
しおりを挟む
感想 2,991

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。