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3 魔法学校の聖人候補
577 秋の新作
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577
〝研究発表会〟を行うにあたって、研究者たちは発表の機会が与えられチャンスが増えることにとても喜んでくれた。と、同時に自分の研究内容を私たち実行委員委員がどう扱うかのついては、とても神経質だった。
そのため研究内容の詳細が漏洩することがないよう、論文はもちろん概要についても非常に神経を使って取り扱っていた。必要最小限の人しか見られないように管理されていたし、事前にその内容に触れていたのは十人程度の人数に絞られていた。
ドール参謀はその十数人の学生と学校側の人間すべてと魔法による〝守秘義務契約〟を行い、それと並行して今回の〝研究発表会〟に関わるすべての項目から私の名前を消した。それは徹底したもので〝実行委員会〟からも私の名前は消えていた。私はこの〝研究発表会〟についてはまったく何もしていない関わりのない人間とされたわけだ。
「ひどい! ひどいよ! マリスさん頑張ってたのに、すごく一生懸命準備してたのに!」
泣いたせいか、気が抜けたせいなのか、次の日は躰に力が入らず、結局私は〝研究発表会〟の一日を不貞寝をして過ごした。
(まぁ、顔を出さないように生徒会長からも言われちゃったしね……)
ふて寝からぼんやりとベッドの上で起き上がると、ベットの周りにはセーヤとソーヤが飾ったお花がたくさん花瓶に生けられ、お茶やお菓子や果物に軽食も、いつでも食べられるよう用意されていた。
(なんだか大病で入院中の人のお見舞いみたい。心配かけちゃったなぁ……)
でも、花瓶の綺麗な花を見ていたら、なんだか気分少し軽くなった。
発表会の翌日、私が研究発表会に出られなかったと知ったトルルがものすごく怒ってた。そんなトルルを見たクローナとオーライリは悲しげだが、すでに〝守秘義務契約〟を結んでいる彼女たちは何も言うことができない。
ドール参謀は私にはこれからも自由に研究活動をしてほしいからと、私との〝守秘義務契約〟は結ばなかった。仮に私がこの契約を結んだ場合、その案件に関わることを話したり書いたりすることを制限されてしまうことになる。きっとこの先もできれば食料軽量化研究を進めてほしいという思惑があるから、それを避けたのだろうが、私の口の固さを信じてくれている、と思っておくことにしよう。
(まぁ、しばらくはこの研究に関わるつもりはないけどね)
「ありがとう、トルル。でもいいの。いい研究ができたのは事実だし、楽しく発表会の準備ができたことも事実だから、それでいいの」
「マリスさんの研究なら、きっと新しいバッジももらえたに違いないのに! 直前に出るなって、何よそれ!?
きっとマリスさんが貴族だったら、こんなこと言われないのにね。私たちみたいな貴族じゃない人間は、なんでも貴族の言うコトを聞いて当然だと思ってるのよ! ああ、腹の立つぅ~!」
「そ、それは……」
何か言おうとしたクローナが口籠る。
そう、確かに私がもし有力貴族であったなら、時間をかけた研究成果を取り上げられ、自分の進路まで強制されるような状況にはなってはいなかっただろう。今回のことも、ドール参謀という私を大事に思ってくれている権力の中枢にいる支援者とグッケンス博士という誰も口を挟めない大貴族以上の存在が身近にいたからこそ、なんとかこれぐらいのことで済んだのだ。
でなければ、私は今頃魔法学校内のどこかの塔に閉じ込められて〝マリス研究員〟として強制的にあの論文の研究の続きをさせられていただろう。
(強権発動されたら逃げるしかできない。私自身は弱っちい子供のままだ……)
「なんだか魔法研究の世界も窮屈だよね。もう、街に戻って〝魔法屋〟にでもなろうかなぁ……」
私が冗談まじりにそう言うと、クローナとオーライリにすごい怖い顔で怒られた。
「なんてコトをおっしゃいますの! 今回のことは私もひどいなされようだと思っております。でも、だからといってあなたほどの方が魔法使いにならないなんて考えられませんわ! 第一、マリスさんは私の好敵手なのですから、学校を去られては困ります!」
「マリスさん、冗談でもそんな悲しいことはおっしゃらないでくださいませ。確かに研究のことは残念ですし、私も理不尽極まりないと思っておりますが、マリスさんがいらっしゃらない学校なんて、寂しすぎます!」
聴講生といういつでも学校を去ることができる立場の私なので、このちょっとした軽口にも真剣なふたりに対し、トルルは笑っている。
「いいじゃん〝魔法屋〟さん。マリスさんが魔法屋さんになったらきっとすごいよね。なんでもできる超有名〝魔法屋〟さんになるよぉ、きっと! うん、イイね。私もそこで雇ってもらおうかな。高給優遇してね!」
「トルル!」
「トルルったら!!」
クローナとオーライリがトルルを睨むが、トルルはどこ吹く風だ。夏休みの魔術師体験を通じて、彼女も少し図太さを増したみたいだ。トルルは私の背中をポンと叩き、悪戯っぽく話す。
「マリスさんみたいにいろいろな才能のある人は、いろいろな人から頼られるし、期待されるし、大変だよね。でも、貴族じゃないんだから、あんまり硬く考えるのやめよ。好きなことを勉強して好きなことをして遊ぼうよ! 気持ち切り替えて、楽しいこと探そ、ね!」
明るく前向きなトルルをみて、私も暗い気持ちでいるのがバカバカしくなってきた。いまの私は籠の鳥の研究者でもないし、権力に守られた貴族でもないタダモノ。その普通の学校生活が守られたんだからそれでよしとしよう。
「そうだね……ああ、もうこの話は終わり! 大食堂にお菓子食べに行こう! 秋の新作、まだ食べてないんだ」
秋が深まったこの時期のために、私はロームバルトの飴の木の樹液とこの辺りでこの時期よく採れる、小ぶりで酸味の強い〝プゴの実〟呼ばれるリンゴを使った〝カラメル風味のローストナッツとプゴの実パイ〟というデザートを食堂のために考えレシピを渡してある。
季節はもう秋も深まり始める時期、プゴの実の季節だ。きっと料理長のダグロムさんがお腹を空かせた学生向けのボリュームたっぷりのパイを作ってくれているだろう。
私たち4人は、明るく笑い合いながら食堂へと駆けていった。
私にはまだしたいことがいろいろある。楽しい学生生活もまだまだ続く。
(そうだね……次はなにをしようかな)
〝研究発表会〟を行うにあたって、研究者たちは発表の機会が与えられチャンスが増えることにとても喜んでくれた。と、同時に自分の研究内容を私たち実行委員委員がどう扱うかのついては、とても神経質だった。
そのため研究内容の詳細が漏洩することがないよう、論文はもちろん概要についても非常に神経を使って取り扱っていた。必要最小限の人しか見られないように管理されていたし、事前にその内容に触れていたのは十人程度の人数に絞られていた。
ドール参謀はその十数人の学生と学校側の人間すべてと魔法による〝守秘義務契約〟を行い、それと並行して今回の〝研究発表会〟に関わるすべての項目から私の名前を消した。それは徹底したもので〝実行委員会〟からも私の名前は消えていた。私はこの〝研究発表会〟についてはまったく何もしていない関わりのない人間とされたわけだ。
「ひどい! ひどいよ! マリスさん頑張ってたのに、すごく一生懸命準備してたのに!」
泣いたせいか、気が抜けたせいなのか、次の日は躰に力が入らず、結局私は〝研究発表会〟の一日を不貞寝をして過ごした。
(まぁ、顔を出さないように生徒会長からも言われちゃったしね……)
ふて寝からぼんやりとベッドの上で起き上がると、ベットの周りにはセーヤとソーヤが飾ったお花がたくさん花瓶に生けられ、お茶やお菓子や果物に軽食も、いつでも食べられるよう用意されていた。
(なんだか大病で入院中の人のお見舞いみたい。心配かけちゃったなぁ……)
でも、花瓶の綺麗な花を見ていたら、なんだか気分少し軽くなった。
発表会の翌日、私が研究発表会に出られなかったと知ったトルルがものすごく怒ってた。そんなトルルを見たクローナとオーライリは悲しげだが、すでに〝守秘義務契約〟を結んでいる彼女たちは何も言うことができない。
ドール参謀は私にはこれからも自由に研究活動をしてほしいからと、私との〝守秘義務契約〟は結ばなかった。仮に私がこの契約を結んだ場合、その案件に関わることを話したり書いたりすることを制限されてしまうことになる。きっとこの先もできれば食料軽量化研究を進めてほしいという思惑があるから、それを避けたのだろうが、私の口の固さを信じてくれている、と思っておくことにしよう。
(まぁ、しばらくはこの研究に関わるつもりはないけどね)
「ありがとう、トルル。でもいいの。いい研究ができたのは事実だし、楽しく発表会の準備ができたことも事実だから、それでいいの」
「マリスさんの研究なら、きっと新しいバッジももらえたに違いないのに! 直前に出るなって、何よそれ!?
きっとマリスさんが貴族だったら、こんなこと言われないのにね。私たちみたいな貴族じゃない人間は、なんでも貴族の言うコトを聞いて当然だと思ってるのよ! ああ、腹の立つぅ~!」
「そ、それは……」
何か言おうとしたクローナが口籠る。
そう、確かに私がもし有力貴族であったなら、時間をかけた研究成果を取り上げられ、自分の進路まで強制されるような状況にはなってはいなかっただろう。今回のことも、ドール参謀という私を大事に思ってくれている権力の中枢にいる支援者とグッケンス博士という誰も口を挟めない大貴族以上の存在が身近にいたからこそ、なんとかこれぐらいのことで済んだのだ。
でなければ、私は今頃魔法学校内のどこかの塔に閉じ込められて〝マリス研究員〟として強制的にあの論文の研究の続きをさせられていただろう。
(強権発動されたら逃げるしかできない。私自身は弱っちい子供のままだ……)
「なんだか魔法研究の世界も窮屈だよね。もう、街に戻って〝魔法屋〟にでもなろうかなぁ……」
私が冗談まじりにそう言うと、クローナとオーライリにすごい怖い顔で怒られた。
「なんてコトをおっしゃいますの! 今回のことは私もひどいなされようだと思っております。でも、だからといってあなたほどの方が魔法使いにならないなんて考えられませんわ! 第一、マリスさんは私の好敵手なのですから、学校を去られては困ります!」
「マリスさん、冗談でもそんな悲しいことはおっしゃらないでくださいませ。確かに研究のことは残念ですし、私も理不尽極まりないと思っておりますが、マリスさんがいらっしゃらない学校なんて、寂しすぎます!」
聴講生といういつでも学校を去ることができる立場の私なので、このちょっとした軽口にも真剣なふたりに対し、トルルは笑っている。
「いいじゃん〝魔法屋〟さん。マリスさんが魔法屋さんになったらきっとすごいよね。なんでもできる超有名〝魔法屋〟さんになるよぉ、きっと! うん、イイね。私もそこで雇ってもらおうかな。高給優遇してね!」
「トルル!」
「トルルったら!!」
クローナとオーライリがトルルを睨むが、トルルはどこ吹く風だ。夏休みの魔術師体験を通じて、彼女も少し図太さを増したみたいだ。トルルは私の背中をポンと叩き、悪戯っぽく話す。
「マリスさんみたいにいろいろな才能のある人は、いろいろな人から頼られるし、期待されるし、大変だよね。でも、貴族じゃないんだから、あんまり硬く考えるのやめよ。好きなことを勉強して好きなことをして遊ぼうよ! 気持ち切り替えて、楽しいこと探そ、ね!」
明るく前向きなトルルをみて、私も暗い気持ちでいるのがバカバカしくなってきた。いまの私は籠の鳥の研究者でもないし、権力に守られた貴族でもないタダモノ。その普通の学校生活が守られたんだからそれでよしとしよう。
「そうだね……ああ、もうこの話は終わり! 大食堂にお菓子食べに行こう! 秋の新作、まだ食べてないんだ」
秋が深まったこの時期のために、私はロームバルトの飴の木の樹液とこの辺りでこの時期よく採れる、小ぶりで酸味の強い〝プゴの実〟呼ばれるリンゴを使った〝カラメル風味のローストナッツとプゴの実パイ〟というデザートを食堂のために考えレシピを渡してある。
季節はもう秋も深まり始める時期、プゴの実の季節だ。きっと料理長のダグロムさんがお腹を空かせた学生向けのボリュームたっぷりのパイを作ってくれているだろう。
私たち4人は、明るく笑い合いながら食堂へと駆けていった。
私にはまだしたいことがいろいろある。楽しい学生生活もまだまだ続く。
(そうだね……次はなにをしようかな)
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