上 下
384 / 832
3 魔法学校の聖人候補

573 論文執筆

しおりを挟む
573

「どう? 美味しい?」

私の質問にソーヤは目を閉じたまま真剣な顔で考えた後こう言った。

「お見事でございます。このトマトスープはなんら新鮮なトマトを使ったものと遜色がございません。むしろ凝縮したお味で旨味が強い感じすら致します」

「まぁ、その辺りは使い方のさじ加減もあるけど、いい感じみたいね」

これから論文をまとめる前に、先の実験で作った乾燥済みの野菜を再度テイスティングしてみた。これは《無限回廊の扉》に保存したり、魔法を使って保存したりしていないものだ。

その代わり、この魔法学校付近にある山のかなり高い場所に作ったムロを使ってどの程度この状態のまま保存できているかを確認したものだ。少なくとも、夏場でもこの条件下であれば問題なく保存できていると、味からも確認出来てほっとした。

私の《真贋》によるチェックでも、腐敗の兆候はまったく見られず、フリーズドライされた状態のままだと出たので、安全性にも問題はないだろう。

「乾燥した高地で、いくつかの対策をしておけば、一年ぐらいの保存は十分できそうだね。ただ、この条件に合う場所でしか長期保存が難しいから、どこでも使える手じゃないってところに、まだまだ研究の余地があるけど……

味にも問題ないし、少なくともセルツのような気候条件の場所なら、保存方法として使えることは確かだから、論文にする価値はあるかな。

この保存状況に関するデータも含めてまとめておかなきゃ。本当はもう少し長い期間観察したいところだけど、もう時間がないから、今回の研究はここまでにしなきゃね」

そこから私は授業も受けつつ、論文も書きつつ、生徒会にも出席するという、とても忙しい二学期に突入した。

やるからにはちゃんとしたものを発表したい、というわれながら融通の利かない生真面目さのせいで、九月はそれはもう忙しかった。毎日深夜まで書き物に追われる私を見て、セーヤとソーヤは私の体調を心配して、それはそれは気を使ってくれた。料理もいままで私が作ったことがあるものなら、指示してくれれば自分たちが作ると言って、キッチンに入れてもらえない時もあった。

でも、料理は私のストレス解消になることなので、頼むからやらせてとお願いして、何とかキッチンには入れてもらえるようになったが、ふたりは私の“大丈夫”をまったく信用していないので、少しでも私の手間を減らそうと、がんばってくれた。

普段は私がすることのサポートに徹しているふたりなのに、この執筆中は料理以外の家事はふたりが請け負うと宣言し私を驚かせたが、今回は私はそれに全面的に甘えることにした。彼らにとって私が倒れることのほうが、ずっと困った事態なのはわかっている。彼らに心配をかけないように自重することも私の務めだろう。

(いつもありがとうね、セーヤ・ソーヤ!)

ふたりの協力のおかげで、何とか出来上がった論文とその概要説明分を提出できたのは、提出期限ぎりぎりであと一日遅れたら印刷に間に合わないというところだった。

「書き始めたら思った以上に膨大な量になってしまって、間に合わないかと思ったわ。セーヤとソーヤのおかげで間に合ったよ。ありがとうね」

研究発表会用の書類を入稿した日の夜、そう感謝した私の言葉に、ふたりは何事もなく論文が完成したことを喜んでくれた。

「これで論文についてはひと段落されましたが、それでも生徒会関係は相変わらず忙しくされていることに変わりはないのですから、睡眠はしっかりお取りください。さあ、ブラッシングをされたらお休みにならないと」

今夜は論文完成記念の宴会になった。

今日は豪華な舟盛り。マホロで買い付けてきた新鮮で美味しいお刺身や魚介類たっぷりの和風宴会料理にしてみた。

みんなに論文完成を祝ってもらい、特別に盃に一口だけ日本酒をいただくことにし乾杯した。みんなに祝われながら飲んだその一口は格別だった。

(やり遂げたっていうこの気分で呑むお酒は最高だね。でも、このままずるずる飲んだりしないようにしないと…… お酒は二十歳に……)

自分をそうイマシめつつ、たった一口の少し甘くてフルーツのような華やかな香りをした吟醸酒を、自分へのご褒美にした。

上機嫌の私はセーヤに促されて入念なブラッシングを受けた後、お日様の香りのするきれいなシーツが敷かれたベッドに入った。枕元には私が教えた安眠にいい癒し系の香りをしたハーブが置かれている。

研究発表会は十日後、どんな研究が見られるのかも楽しみだ。

「おやすみなさいませ、メイロードさま」
「ゆっくりおやすみください、メイロードさま」
「おやすみ、ふたりともありがとね」

(論文は完成したけど、もう少しわかりやすくするためにプレゼン用の工夫をしたほうがいいかなぁ……)

そんなことを頭の隅で考えながら、私はすっきりした気分で、すぐに眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。