利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
373 / 840
3 魔法学校の聖人候補

562 地図のない階層

しおりを挟む
562

第七階層へと降りると、ダンジョンの雰囲気はさらに禍々しさを増してきた。

「この階層の魔物は手強そうですね。それに、ここからはトラップもありますので、慎重に進みましょう」

入り口近くで《鑑定》と《索敵》を行い状況を確認した後、私がそう言うと皆が頷いてくれた。私たちの信頼関係は、とても強くなっている。瞬時の判断が生死を分けることになるかもしれないここから先、これはとてもありがたいことだった。

(やっぱり〝同じ釜の飯〟を食べると、信頼度が増すよね!)

私も彼らに満足げに微笑んで《鑑定》を続けながら、安全な経路を探し、進む道を指示していった。

ここからは詳細な地図を書きながらの移動となる。

(私は脳内地図ができれば、迷ったりしない。もちろん後からいくらでも正確な地図を書くこともできちゃう。でもそれはやっぱり言いたくないんだよね。知られると勧誘とかめちゃくちゃされるって言うし……時間はかかるけど、スフィロさんと少しづつ地図を作っていくことにしよっと)

事前情報がないこの階層からは《鑑定》で得られた情報に従い、すべての素材のサンプル採取、そしてすべての魔物との戦闘を試みる。もちろん、私の《鑑定》で、手に余る魔物だと判断された場合はそこで撤退だ。

「これまでの魔物に加えて、ここからはエレメンタル系も出没するようですよ。とは言っても〝ファイヤーボール〟ですから、剣でも切れますけどね。数が多くなってきたら、私とトルルで水系の魔法を使いましょうか?」

地図に素材の位置を丁寧に書き込んでいたスフィロさんは、私の提案をとてもありがたがってくれた。

「そうしていただけると前衛の負担がかなり軽くなります。エレメンタルは剣で切った時の衝撃がまったくといっていいほど感じられないのに、全力で振り抜く必要があるため、剣の力がどこにも吸収されず、勢い余って下手をすると自分を切ってしまうこともあるんですよ。これを続けると体力もかなり消耗するので、〝ファイヤーボール〟だけでも対処していただけると助かります」

なるほど、確かにその攻撃は疲れそうだ。私とトルルは、ここからはエレメンタル系の対処は自分たちがすると決めて、動くことにした。

とは言っても、きっちり《索敵》を使って敵の位置は把握しているので、闇雲に進むしかない人たちとは違い、遭遇率はそう高くないしコントロールもある程度できる。仮に遭遇した場合にも、敵の数と方向を事前に告げられるためフォーメーションも作りやすい。それにまだまだ前衛の方々の能力のほうが高いので、敵を倒すのに苦労することはなかった。

とはいえ、ここでは情報の取得が最優先のため、地図を書きつつ《鑑定》で情報を集め、魔物との戦闘をしながらその情報も集積するという手間のかかる行軍とならざるを得ない。

さすがにそう早くは進めず、狭くなってきているはずの第七階層に二度ほど小休憩を挟みつつだが、五時間ほどとられてしまった。その代わり、地図の精度はかなり高いものができたので、まぁ良しとしよう。

第八階層に入る前の休憩で、地図の最終チェックをしながら、スフィロさんと少し話したところ、これでもかなり速く私たちは第七階層を攻略できているそうだ。初めて入る階層では、対処方法がわからない素材や魔物ばかりとなるため、とても慎重に動く必要があるからだ。

「的確な《鑑定》と前衛を支援してくれる魔法があることで、思った以上の速度が出せているんですよ。本当におふたりには感謝しております」

スフィロさんはそう言って、今後も《鑑定》の結果を分析しながら、後退の時期を判断したいのでよろしく願いすると話してくれた。スフィロさんたちの方針は納得できるものだし、冒険者とは少し異なる〝採取屋〟らしい彼の判断はとても冷静で信用できるものだ。

「ではスフィロさん、次の階層へ参りましょうか。私もできるだけ早く、階層内の状況が把握できるよう頑張ります」

そうして私たちは、階層を下っていった。そして2日目の終わりに、ついに第十階層までやってくることができた。そこは、森のダンジョンで、川も流れる場所。《索敵》でも魔物は見当たらない安全な場所だった。ここには多くの果実があるが、小さな虫や魔獣ではないウサギやリスといった小動物が少しいるだけのようだった。

「ここなら《土壁》を使う必要もなさそうですね。とりあえず、収穫できそうなものを調べていきましょうか」

私とスフィロさんで、この階層で手に入るものを調べている間に、前衛の皆さんとトルルには最後の大きな休憩のための準備をしてもらうことにした。

この下はいよいよ〝ヒールロック〟のいるといううわさの第十一階層。

倒せても倒せなくても、そこでタイムアップだ。

ここまで来られただけでも大収穫だと〝剣士の荷馬車〟の皆さんは言ってくれるが、ここまで来たからにはせめて〝ヒールロック〟の姿を捉えて《鑑定》をしてから帰りたい。私たちの願いを聞き入れオルダンたちの救助に協力してくれた彼らのためにも、ここは頑張りどころだと思う。

《鑑定》作業に出る前にあらかじめ布類を出していったので、戻ったときには草を使った寝床が人数分できていた。火もしっかり起こされていて、調理できる状態だったので、私は早速料理に取り掛かる。とはいっても、ほとんどは仕込んであるものを取り出すだけだが。

今日のメインはオーク肉のシャリアピンステーキ風。

実は日本以外ではあまり知られていない調理法だというが、すり下ろした玉ねぎに漬け込むことで、酵素が働き肉が格段に柔らかくなるこの調理法は、質の良くない肉に良いだけでなく、子供やお年寄りも食べやすくなり、しかも風味も増す素晴らしい調理法だ。丁寧に筋切りをしてやれば、その柔らかさは信じられないほど心地いいものになる。

今日はそれを網焼きし、上に炒めた飴色の玉ねぎを乗せ、さらに風味を際立たせる予定。付け合わせの緑の野菜もたっぷりと香ばしく焼いていく。スープもこれまた玉ねぎ尽くしのオニオングラタンスープ。パンとチーズの入ったこのコクのあるスープは、とても肉料理と相性がいい。

「マリスさん、このお肉なんでこんなにやわらかいの? これ、オークの肉だよね。焼いただけにしか見えないのに、最高においしいし。すごいねぇ」

トルルが感心したように笑顔でほめてくれる……が、冒険者のみなさんからは言葉が出てこない、と思ったら無言でガツガツ食べていて話す暇がないようだった。

私とトルルが苦笑しているうちに、もう肉のおかわりのリクエストが来てしまった。もちろん、こちらもそのつもりでどんどん焼いていたので、問題はない。肉のおかわりは各自でどうぞと言ったら、もうあとは熾烈な奪い合いだ。

(いや、たくさんあるし、なくなったらもっと焼くからって言ったのに……)

「お前たち! おふたりがあきれているぞ!」

スフィロさんが一喝しても、首をすくめて、またすぐに皆さん肉へと没入していった。

(一喝しつつもスフィロさんも、この奪い合いにしっかり参戦していて、速い段階で数枚のステーキを確保していたのを、私は見逃さなかったけどね)

大いに食べて英気を養ったあとは、しばしの仮眠をとる。

(さあ、目が覚めたらいよいよ十一階層だ!)
しおりを挟む
感想 2,995

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。