365 / 837
3 魔法学校の聖人候補
554 オルダンさんの行方
しおりを挟む
554
私が治療にあたっている間、オルダンさんがいないことに気がついたトルルは、一緒に私の治療が終わるのを待っていた、オルダンさんのご両親に話を聞いたらしい。
「オルダンさん、ダンジョンに入っちゃったんだよ!」
「なにそれ!? なんで商人のオルダンさんがダンジョンに入るのよ?」
トルルから聞いた話はこうだった。
まずオルダンさんは、より効き目の高い魔法薬を薬師に作ってもらうための金策に走り回った。だが、魔法薬の素材は高価で、しかもそう簡単に手に入るものではない。
時間を追うごとに状態が悪くなる奥さん。なのにお金もない、素材もない、薬師にもこれ以上できることがないと見放される、という状況。だが、万策尽きて絶望していたオルダンさんのところに、ある噂が聞こえてきた。
(それって……)
そう、私たちも聞いたばかりの、ダンジョン11階層でのヒールロック出現情報だ。
行商人であるオルダンさんは、旅で危険な目にあったときのために冒険者ギルドに登録し、そこで受けられる初心者のための訓練に参加していた。ついでに冒険者たちと知り合いになり、彼らに自分の店を宣伝するという一石二鳥の作戦だったそうだ。
その計画通り、オルダンさんにはたくさんの冒険者の知り合いができた。もう他に何もできることがないと思い詰めたオルダンさんは、そんな冒険者の知り合いに、自分をパーティーに加えてくれないかと声をかけたのだ。
普通ならば足手まといだと断るところだろうが、オルダンさんには彼らを引きつけられるものがひとつあったのだ。
「オルダンさんのご先祖が手に入れた古いアイテムバッグを、まだ大事に使っているんだって。それを取引材料にしたらしいよ」
アイテムバッグはとても高価なもので、街の小さな商店主が持てるようなものではないのだが、オルダンさんの家のご先祖は、それを手入れる機会があったのだそうだ。決して大きなものではなく、もうだいぶ古く容量も荷馬車の半分程度らしいが、それでもかなりの貴重品だ。
冒険者たちにとって、ダンジョンでの荷物運びは重労働だ。食料はもちろん、ダンジョンで手に入った戦利品も持ち運ばなければならない。アイテムバッグがあれば、その悩みから解放されるのだ。しかも、多くの戦利品を持ち帰れるため、得られる報酬も格段に増やせる。
オルダンさんが定期的に冒険者ギルドで訓練を受けていて、冒険者の足手まといにはならないこと。ダンジョン内ではひとりでも人数が多いほうが、有利に進めること。そして、アイテムバッグを使えること。
この三つのことを、親しい冒険者のパーティーのいくつかに伝え、もちろん奥さんの危機的な状況も涙ながらに語ったところ、彼らにとっても知り合いである奥さんの窮状の助けになるなら、とそのうちのひとつのパーティーが、彼の同行を認めてくれたのだ。
「もちろん、11階層まで行けるかどうかも、ヒールロックが倒せるかどうかもわからないから、それは覚悟してくれとは言われたそうなんだけど、それでもいいからとついていってしまったそうよ」
「ついていってって……オルダンさん、無茶だよ」
私が呆れているように、もちろんご両親も呆れ、驚き、止めようとした。だが、オルダンさんは聞く耳を持たなかった。
「無謀すぎる。お前にまで何かあったらライルはどうするだ!」
そう言って止める両親を振り切り、オルダンさんは家を出てダンジョンへ向かってしまったという。
オルダンさんのお母さんによると、オルダンさんと奥さんは幼馴染で、子供のころからオルダンさんがべた惚れだったのだそうだ。日頃から、奥さんと子供のためならなんでもする、が口癖の愛妻家の彼は、どうしても、ただ座って奥さんの死を待つことができなかったのだろうと語り、お母さんはさめざめと泣いている。
「知らせに行かなくちゃ! そうだよ、奥さんが助かったことを知らせに行こうよ、マリスさん!」
トルルが私の方を見て真剣な表情でそう言い始めた。
「いや、トルル落ち着こうよ。ダンジョンだよ、ふたりだけじゃ無理だって」
私もダンジョンに入った経験はあるが、切り結ぶように戦った経験はほとんどない。それに魔術師は後方支援が基本だ。前に盾になり戦う人たちがいて、その人たちの後ろから支援や攻撃を行うのが魔術師の役割だし、私もトルルも戦えるような剣技の訓練は受けていない。
(それに、トルルの前であんまり派手な魔法は使いたくないんだよね。習ってもいないすごく魔法力のいる上級魔法を使う姿を見せるのは、今後の学生生活のために良くない気がするし……)
「せめて、私たちでも入れそうなダンジョンかどうかの情報だけでも集めようよ。まだ、オルダンさんがダンジョンに入って一日だよ。うまくいけば、低層にいるうちに追いついて奥さんの無事を知らせられるじゃない」
やる気満々のトルルと、心配そうな顔をしながらこちらを見ているご両親。
(うーん、ここでばっさりダメとは言いにくい……)
「わかったよ、トルル。とりあえず、冒険者ギルドへ行ってみよう」
私とトルルは、ダンジョンとオルダンさんの状況を知るため、冒険者ギルドへと向かった。
私が治療にあたっている間、オルダンさんがいないことに気がついたトルルは、一緒に私の治療が終わるのを待っていた、オルダンさんのご両親に話を聞いたらしい。
「オルダンさん、ダンジョンに入っちゃったんだよ!」
「なにそれ!? なんで商人のオルダンさんがダンジョンに入るのよ?」
トルルから聞いた話はこうだった。
まずオルダンさんは、より効き目の高い魔法薬を薬師に作ってもらうための金策に走り回った。だが、魔法薬の素材は高価で、しかもそう簡単に手に入るものではない。
時間を追うごとに状態が悪くなる奥さん。なのにお金もない、素材もない、薬師にもこれ以上できることがないと見放される、という状況。だが、万策尽きて絶望していたオルダンさんのところに、ある噂が聞こえてきた。
(それって……)
そう、私たちも聞いたばかりの、ダンジョン11階層でのヒールロック出現情報だ。
行商人であるオルダンさんは、旅で危険な目にあったときのために冒険者ギルドに登録し、そこで受けられる初心者のための訓練に参加していた。ついでに冒険者たちと知り合いになり、彼らに自分の店を宣伝するという一石二鳥の作戦だったそうだ。
その計画通り、オルダンさんにはたくさんの冒険者の知り合いができた。もう他に何もできることがないと思い詰めたオルダンさんは、そんな冒険者の知り合いに、自分をパーティーに加えてくれないかと声をかけたのだ。
普通ならば足手まといだと断るところだろうが、オルダンさんには彼らを引きつけられるものがひとつあったのだ。
「オルダンさんのご先祖が手に入れた古いアイテムバッグを、まだ大事に使っているんだって。それを取引材料にしたらしいよ」
アイテムバッグはとても高価なもので、街の小さな商店主が持てるようなものではないのだが、オルダンさんの家のご先祖は、それを手入れる機会があったのだそうだ。決して大きなものではなく、もうだいぶ古く容量も荷馬車の半分程度らしいが、それでもかなりの貴重品だ。
冒険者たちにとって、ダンジョンでの荷物運びは重労働だ。食料はもちろん、ダンジョンで手に入った戦利品も持ち運ばなければならない。アイテムバッグがあれば、その悩みから解放されるのだ。しかも、多くの戦利品を持ち帰れるため、得られる報酬も格段に増やせる。
オルダンさんが定期的に冒険者ギルドで訓練を受けていて、冒険者の足手まといにはならないこと。ダンジョン内ではひとりでも人数が多いほうが、有利に進めること。そして、アイテムバッグを使えること。
この三つのことを、親しい冒険者のパーティーのいくつかに伝え、もちろん奥さんの危機的な状況も涙ながらに語ったところ、彼らにとっても知り合いである奥さんの窮状の助けになるなら、とそのうちのひとつのパーティーが、彼の同行を認めてくれたのだ。
「もちろん、11階層まで行けるかどうかも、ヒールロックが倒せるかどうかもわからないから、それは覚悟してくれとは言われたそうなんだけど、それでもいいからとついていってしまったそうよ」
「ついていってって……オルダンさん、無茶だよ」
私が呆れているように、もちろんご両親も呆れ、驚き、止めようとした。だが、オルダンさんは聞く耳を持たなかった。
「無謀すぎる。お前にまで何かあったらライルはどうするだ!」
そう言って止める両親を振り切り、オルダンさんは家を出てダンジョンへ向かってしまったという。
オルダンさんのお母さんによると、オルダンさんと奥さんは幼馴染で、子供のころからオルダンさんがべた惚れだったのだそうだ。日頃から、奥さんと子供のためならなんでもする、が口癖の愛妻家の彼は、どうしても、ただ座って奥さんの死を待つことができなかったのだろうと語り、お母さんはさめざめと泣いている。
「知らせに行かなくちゃ! そうだよ、奥さんが助かったことを知らせに行こうよ、マリスさん!」
トルルが私の方を見て真剣な表情でそう言い始めた。
「いや、トルル落ち着こうよ。ダンジョンだよ、ふたりだけじゃ無理だって」
私もダンジョンに入った経験はあるが、切り結ぶように戦った経験はほとんどない。それに魔術師は後方支援が基本だ。前に盾になり戦う人たちがいて、その人たちの後ろから支援や攻撃を行うのが魔術師の役割だし、私もトルルも戦えるような剣技の訓練は受けていない。
(それに、トルルの前であんまり派手な魔法は使いたくないんだよね。習ってもいないすごく魔法力のいる上級魔法を使う姿を見せるのは、今後の学生生活のために良くない気がするし……)
「せめて、私たちでも入れそうなダンジョンかどうかの情報だけでも集めようよ。まだ、オルダンさんがダンジョンに入って一日だよ。うまくいけば、低層にいるうちに追いついて奥さんの無事を知らせられるじゃない」
やる気満々のトルルと、心配そうな顔をしながらこちらを見ているご両親。
(うーん、ここでばっさりダメとは言いにくい……)
「わかったよ、トルル。とりあえず、冒険者ギルドへ行ってみよう」
私とトルルは、ダンジョンとオルダンさんの状況を知るため、冒険者ギルドへと向かった。
213
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。