利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

554 オルダンさんの行方

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554

私が治療にあたっている間、オルダンさんがいないことに気がついたトルルは、一緒に私の治療が終わるのを待っていた、オルダンさんのご両親に話を聞いたらしい。

「オルダンさん、ダンジョンに入っちゃったんだよ!」
「なにそれ!? なんで商人のオルダンさんがダンジョンに入るのよ?」

トルルから聞いた話はこうだった。

まずオルダンさんは、より効き目の高い魔法薬を薬師に作ってもらうための金策に走り回った。だが、魔法薬の素材は高価で、しかもそう簡単に手に入るものではない。

時間を追うごとに状態が悪くなる奥さん。なのにお金もない、素材もない、薬師にもこれ以上できることがないと見放される、という状況。だが、万策尽きて絶望していたオルダンさんのところに、ある噂が聞こえてきた。

(それって……)

そう、私たちも聞いたばかりの、ダンジョン11階層でのヒールロック出現情報だ。

行商人であるオルダンさんは、旅で危険な目にあったときのために冒険者ギルドに登録し、そこで受けられる初心者のための訓練に参加していた。ついでに冒険者たちと知り合いになり、彼らに自分の店を宣伝するという一石二鳥の作戦だったそうだ。

その計画通り、オルダンさんにはたくさんの冒険者の知り合いができた。もう他に何もできることがないと思い詰めたオルダンさんは、そんな冒険者の知り合いに、自分をパーティーに加えてくれないかと声をかけたのだ。

普通ならば足手まといだと断るところだろうが、オルダンさんには彼らを引きつけられるものがひとつあったのだ。

「オルダンさんのご先祖が手に入れた古いアイテムバッグを、まだ大事に使っているんだって。それを取引材料にしたらしいよ」

アイテムバッグはとても高価なもので、街の小さな商店主が持てるようなものではないのだが、オルダンさんの家のご先祖は、それを手入れる機会があったのだそうだ。決して大きなものではなく、もうだいぶ古く容量も荷馬車の半分程度らしいが、それでもかなりの貴重品だ。

冒険者たちにとって、ダンジョンでの荷物運びは重労働だ。食料はもちろん、ダンジョンで手に入った戦利品も持ち運ばなければならない。アイテムバッグがあれば、その悩みから解放されるのだ。しかも、多くの戦利品を持ち帰れるため、得られる報酬も格段に増やせる。

オルダンさんが定期的に冒険者ギルドで訓練を受けていて、冒険者の足手まといにはならないこと。ダンジョン内ではひとりでも人数が多いほうが、有利に進めること。そして、アイテムバッグを使えること。

この三つのことを、親しい冒険者のパーティーのいくつかに伝え、もちろん奥さんの危機的な状況も涙ながらに語ったところ、彼らにとっても知り合いである奥さんの窮状の助けになるなら、とそのうちのひとつのパーティーが、彼の同行を認めてくれたのだ。

「もちろん、11階層まで行けるかどうかも、ヒールロックが倒せるかどうかもわからないから、それは覚悟してくれとは言われたそうなんだけど、それでもいいからとついていってしまったそうよ」

「ついていってって……オルダンさん、無茶だよ」

私が呆れているように、もちろんご両親も呆れ、驚き、止めようとした。だが、オルダンさんは聞く耳を持たなかった。

「無謀すぎる。お前にまで何かあったらライルはどうするだ!」

そう言って止める両親を振り切り、オルダンさんは家を出てダンジョンへ向かってしまったという。

オルダンさんのお母さんによると、オルダンさんと奥さんは幼馴染で、子供のころからオルダンさんがべた惚れだったのだそうだ。日頃から、奥さんと子供のためならなんでもする、が口癖の愛妻家の彼は、どうしても、ただ座って奥さんの死を待つことができなかったのだろうと語り、お母さんはさめざめと泣いている。

「知らせに行かなくちゃ! そうだよ、奥さんが助かったことを知らせに行こうよ、マリスさん!」

トルルが私の方を見て真剣な表情でそう言い始めた。

「いや、トルル落ち着こうよ。ダンジョンだよ、ふたりだけじゃ無理だって」

私もダンジョンに入った経験はあるが、切り結ぶように戦った経験はほとんどない。それに魔術師は後方支援が基本だ。前に盾になり戦う人たちがいて、その人たちの後ろから支援や攻撃を行うのが魔術師の役割だし、私もトルルも戦えるような剣技の訓練は受けていない。

(それに、トルルの前であんまり派手な魔法は使いたくないんだよね。習ってもいないすごく魔法力のいる上級魔法を使う姿を見せるのは、今後の学生生活のために良くない気がするし……)

「せめて、私たちでも入れそうなダンジョンかどうかの情報だけでも集めようよ。まだ、オルダンさんがダンジョンに入って一日だよ。うまくいけば、低層にいるうちに追いついて奥さんの無事を知らせられるじゃない」

やる気満々のトルルと、心配そうな顔をしながらこちらを見ているご両親。

(うーん、ここでばっさりダメとは言いにくい……)

「わかったよ、トルル。とりあえず、冒険者ギルドへ行ってみよう」

私とトルルは、ダンジョンとオルダンさんの状況を知るため、冒険者ギルドへと向かった。
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