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3 魔法学校の聖人候補
550 経験
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550
このオファーにトルルがぐらっときたのは当然といえば当然だ。破格の給与が保証された仕事を家族からあまり離れていない大きな街で続けられるというのは、トルルにとっては理想的なことだ。
「でも、まだ魔法学校を卒業していないものね。とてもありがたいお話だけど、いまは受けられないよね……」
トルルは少し残念そうにそう言った。
「大丈夫だよ。きっと卒業してからだってこの仕事はできるはずだし、魔法使いとして独り立ちできたらもっといろいろな仕事があるはずだよ。今回ギルドに来たのだって、そのための経験を積むためだったじゃない」
私の言葉にトルルは頷きながら、照れくさそうにこう言った。
「そうだよね。それに、私だってわかってる。今回の狩り、マリスさんがいなかったらこんなに早くは達成できなかった。私の実力だけじゃ、まだまだとても専属契約なんて結べないよ。でも、一人前の魔法使いになったら、こういう仕事もあるんだとわかってよかった。実力次第では、定住しながらある程度稼げる仕事もあるんだね」
魔法使いの仕事というと、リスクは高いが高賃金な仕事と思われがちだが、こういったコンスタントに依頼がある仕事や、専属契約で安定した収入を得る道もあるのだ。汎用性の高い手に職系の強みで、できる仕事の幅はとても広く、危ない仕事ばかりというわけではない。
私とトルルの最初のお仕事は、職業体験としてトルルにいろいろ考える機会を与えてくれた実りあるものになった。想定以上の対価ももらえたので、滞在費や宿代も十分払えるようになったし、初めての仕事の首尾としては上々と言えるだろう。
トルルはまだ宿代を入れていないことをにずっと気にしていたので、今日はこれで宿へ戻ることにした。機嫌よくギルドの扉を出て宿に向かって歩き始めると、いかにも冒険者という風体の男たちが数人、私たちに近づいてきた。私の《真贋》を発動するまでもない、イヤな雰囲気の一団だ。
その中の細身で一見優しげにも見える男が、私たちに話しかけてくる。
「お嬢ちゃんたちも魔法使いなのかい? 新米じゃ大した仕事はないんだろ? どうだい、俺たちの狩りに同行してみないか? なに、ここにできた新しいダンジョンは難しくはない。まぁ、あんたたちは保険みたいなもんだね。楽な仕事だが、それでも結構稼げると思うよ。なぁ、どうだい?」
私たちがギルドから出てくるところを狙った感が非常に強い男たちの目的は、もちろんひよっこ魔法使いをいいように使いたい、というケチくさい勧誘だろう。でなければ、普通に魔術師ギルドにパーティーの補充要員の募集を出せばいいだけのことだ。
(直接交渉して、ついでに適当にだまして、安く魔法使いを使おうって腹だよね……わかりやすいなぁ)
こういう連中には普段の交渉ごとのように丁寧にお断りするという方法はあまり意味がない。そんなことで引き下がるような紳士的な態度の人間が、こんな強引なことはしないし、彼らは明らかに私たちを見下している。
私は《完全脳内地図把握》を使い、周囲の状況を素早く確認すると、トルルにつぎの角まで全速力で走ろうと耳打ちし、男たちに気付かれないよう素早く自分たちに《烈風》と《強筋》をかけた。そして、少し後ずさるふりを見せ、次の瞬間猛スピードで駆け出した。
「あ! こら待て!」
男たちは一斉にそう叫んで追いかけてきたが、もちろん待つわけがない。魔法をかけた上で短距離を全力疾走したので、さすがに男たちもすぐには追いつけず、私たちはうまく角を曲がることができた。
「ちくしょう! どこ行きやがった! すばしこいやろうだ! あのぐらいの子供なら、うまく言いくるめて安く使えると思ったのによぉ、ちっ!」
「魔法使いがいれば、俺たちは楽できるし、あの噂が本当なら、魔法使いは絶対欲しい。とはいえ、ギルドに依頼すると依頼料が高い上に、契約違反の罰則もあって好き勝手できねぇし……」
「俺たちみたいな有能な冒険者と仕事をするのもいい経験だって言えば、ものを知らない若いのが簡単に釣れると思ったんだがな。あのチビなら、ひとつふたつなぐってやりゃあ、簡単にいうことをきかせられたのに、惜しかったぜ」
私たちがすぐ横に《迷彩魔法》で隠れているとも知らず、男たちはその身勝手な望みと下衆なやり口を散々話してから、また魔術師ギルドの方へと戻っていった。また、つぎのカモになりそうな魔法使いを探すのかもしれない。
怒りに震えるトルルをまぁまぁとなだめつつ、私たちはそこからしばらく消えたまま移動し、十分距離をとってから魔法を解いた。
「あったまきちゃう! なんなの、あの連中!!」
トルルは顔を真っ赤にして怒っているが、ああいうのはどこにでもいる。
「なんで、なんで逃げたの? マリスさんなら、もちろん私だって、やっつけられたよ、あんな連中」
トルルは素直に私の指示に従ってくれたが、心の中ではやっつけてやりたいと思っていたらしい。だが、ここで妙な恨みを買うのはリスキーだ。
「あんな連中に顔を覚えられたくないし、もっとイヤなのは、私たちがいい魔法使いだって知られること。私たちが思った以上に使えそうだと思われたら、きっとこれからもまとわりつかれるし、ずっと狙われるよ。そのほうが面倒じゃない?」
それに、今回ああいう連中に目をつけられた理由はおそらく私だ。身長も低くどう見ても力もなさそうな、小さな子供の私だからみくびられたのだ。弱い者を食い物にするような連中、私も雷のひとつも落としてやりたいと思ったが、私のためにトルルを危険には晒せない。安全の方が重要だ。
「無駄な戦いはしないほうがいいってことね。そうだね、危険が及ぶのが自分だけとは限らないものね。その通りだわ。あんな連中やっつけて回ったってお金にもならないし。大人の冒険者に囲まれてちょっと怖かったけど、これもひとつの経験よね。道端で近づいてくる変なおじさんには気をつけよう!」
トルルはそう明るく言って、私の手を取り、周囲を警戒しながら足早に宿へ向かって歩き始めた。
このオファーにトルルがぐらっときたのは当然といえば当然だ。破格の給与が保証された仕事を家族からあまり離れていない大きな街で続けられるというのは、トルルにとっては理想的なことだ。
「でも、まだ魔法学校を卒業していないものね。とてもありがたいお話だけど、いまは受けられないよね……」
トルルは少し残念そうにそう言った。
「大丈夫だよ。きっと卒業してからだってこの仕事はできるはずだし、魔法使いとして独り立ちできたらもっといろいろな仕事があるはずだよ。今回ギルドに来たのだって、そのための経験を積むためだったじゃない」
私の言葉にトルルは頷きながら、照れくさそうにこう言った。
「そうだよね。それに、私だってわかってる。今回の狩り、マリスさんがいなかったらこんなに早くは達成できなかった。私の実力だけじゃ、まだまだとても専属契約なんて結べないよ。でも、一人前の魔法使いになったら、こういう仕事もあるんだとわかってよかった。実力次第では、定住しながらある程度稼げる仕事もあるんだね」
魔法使いの仕事というと、リスクは高いが高賃金な仕事と思われがちだが、こういったコンスタントに依頼がある仕事や、専属契約で安定した収入を得る道もあるのだ。汎用性の高い手に職系の強みで、できる仕事の幅はとても広く、危ない仕事ばかりというわけではない。
私とトルルの最初のお仕事は、職業体験としてトルルにいろいろ考える機会を与えてくれた実りあるものになった。想定以上の対価ももらえたので、滞在費や宿代も十分払えるようになったし、初めての仕事の首尾としては上々と言えるだろう。
トルルはまだ宿代を入れていないことをにずっと気にしていたので、今日はこれで宿へ戻ることにした。機嫌よくギルドの扉を出て宿に向かって歩き始めると、いかにも冒険者という風体の男たちが数人、私たちに近づいてきた。私の《真贋》を発動するまでもない、イヤな雰囲気の一団だ。
その中の細身で一見優しげにも見える男が、私たちに話しかけてくる。
「お嬢ちゃんたちも魔法使いなのかい? 新米じゃ大した仕事はないんだろ? どうだい、俺たちの狩りに同行してみないか? なに、ここにできた新しいダンジョンは難しくはない。まぁ、あんたたちは保険みたいなもんだね。楽な仕事だが、それでも結構稼げると思うよ。なぁ、どうだい?」
私たちがギルドから出てくるところを狙った感が非常に強い男たちの目的は、もちろんひよっこ魔法使いをいいように使いたい、というケチくさい勧誘だろう。でなければ、普通に魔術師ギルドにパーティーの補充要員の募集を出せばいいだけのことだ。
(直接交渉して、ついでに適当にだまして、安く魔法使いを使おうって腹だよね……わかりやすいなぁ)
こういう連中には普段の交渉ごとのように丁寧にお断りするという方法はあまり意味がない。そんなことで引き下がるような紳士的な態度の人間が、こんな強引なことはしないし、彼らは明らかに私たちを見下している。
私は《完全脳内地図把握》を使い、周囲の状況を素早く確認すると、トルルにつぎの角まで全速力で走ろうと耳打ちし、男たちに気付かれないよう素早く自分たちに《烈風》と《強筋》をかけた。そして、少し後ずさるふりを見せ、次の瞬間猛スピードで駆け出した。
「あ! こら待て!」
男たちは一斉にそう叫んで追いかけてきたが、もちろん待つわけがない。魔法をかけた上で短距離を全力疾走したので、さすがに男たちもすぐには追いつけず、私たちはうまく角を曲がることができた。
「ちくしょう! どこ行きやがった! すばしこいやろうだ! あのぐらいの子供なら、うまく言いくるめて安く使えると思ったのによぉ、ちっ!」
「魔法使いがいれば、俺たちは楽できるし、あの噂が本当なら、魔法使いは絶対欲しい。とはいえ、ギルドに依頼すると依頼料が高い上に、契約違反の罰則もあって好き勝手できねぇし……」
「俺たちみたいな有能な冒険者と仕事をするのもいい経験だって言えば、ものを知らない若いのが簡単に釣れると思ったんだがな。あのチビなら、ひとつふたつなぐってやりゃあ、簡単にいうことをきかせられたのに、惜しかったぜ」
私たちがすぐ横に《迷彩魔法》で隠れているとも知らず、男たちはその身勝手な望みと下衆なやり口を散々話してから、また魔術師ギルドの方へと戻っていった。また、つぎのカモになりそうな魔法使いを探すのかもしれない。
怒りに震えるトルルをまぁまぁとなだめつつ、私たちはそこからしばらく消えたまま移動し、十分距離をとってから魔法を解いた。
「あったまきちゃう! なんなの、あの連中!!」
トルルは顔を真っ赤にして怒っているが、ああいうのはどこにでもいる。
「なんで、なんで逃げたの? マリスさんなら、もちろん私だって、やっつけられたよ、あんな連中」
トルルは素直に私の指示に従ってくれたが、心の中ではやっつけてやりたいと思っていたらしい。だが、ここで妙な恨みを買うのはリスキーだ。
「あんな連中に顔を覚えられたくないし、もっとイヤなのは、私たちがいい魔法使いだって知られること。私たちが思った以上に使えそうだと思われたら、きっとこれからもまとわりつかれるし、ずっと狙われるよ。そのほうが面倒じゃない?」
それに、今回ああいう連中に目をつけられた理由はおそらく私だ。身長も低くどう見ても力もなさそうな、小さな子供の私だからみくびられたのだ。弱い者を食い物にするような連中、私も雷のひとつも落としてやりたいと思ったが、私のためにトルルを危険には晒せない。安全の方が重要だ。
「無駄な戦いはしないほうがいいってことね。そうだね、危険が及ぶのが自分だけとは限らないものね。その通りだわ。あんな連中やっつけて回ったってお金にもならないし。大人の冒険者に囲まれてちょっと怖かったけど、これもひとつの経験よね。道端で近づいてくる変なおじさんには気をつけよう!」
トルルはそう明るく言って、私の手を取り、周囲を警戒しながら足早に宿へ向かって歩き始めた。
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