利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
上 下
361 / 837
3 魔法学校の聖人候補

550 経験

しおりを挟む
550

このオファーにトルルがぐらっときたのは当然といえば当然だ。破格の給与が保証された仕事を家族からあまり離れていない大きな街で続けられるというのは、トルルにとっては理想的なことだ。

「でも、まだ魔法学校を卒業していないものね。とてもありがたいお話だけど、いまは受けられないよね……」

トルルは少し残念そうにそう言った。

「大丈夫だよ。きっと卒業してからだってこの仕事はできるはずだし、魔法使いとして独り立ちできたらもっといろいろな仕事があるはずだよ。今回ギルドに来たのだって、そのための経験を積むためだったじゃない」

私の言葉にトルルは頷きながら、照れくさそうにこう言った。

「そうだよね。それに、私だってわかってる。今回の狩り、マリスさんがいなかったらこんなに早くは達成できなかった。私の実力だけじゃ、まだまだとても専属契約なんて結べないよ。でも、一人前の魔法使いになったら、こういう仕事もあるんだとわかってよかった。実力次第では、定住しながらある程度稼げる仕事もあるんだね」

魔法使いの仕事というと、リスクは高いが高賃金な仕事と思われがちだが、こういったコンスタントに依頼がある仕事や、専属契約で安定した収入を得る道もあるのだ。汎用性の高い手に職系の強みで、できる仕事の幅はとても広く、危ない仕事ばかりというわけではない。
私とトルルの最初のお仕事は、職業体験としてトルルにいろいろ考える機会を与えてくれた実りあるものになった。想定以上の対価ももらえたので、滞在費や宿代も十分払えるようになったし、初めての仕事の首尾としては上々と言えるだろう。

トルルはまだ宿代を入れていないことをにずっと気にしていたので、今日はこれで宿へ戻ることにした。機嫌よくギルドの扉を出て宿に向かって歩き始めると、いかにも冒険者という風体の男たちが数人、私たちに近づいてきた。私の《真贋》を発動するまでもない、イヤな雰囲気の一団だ。

その中の細身で一見優しげにも見える男が、私たちに話しかけてくる。

「お嬢ちゃんたちも魔法使いなのかい? 新米じゃ大した仕事はないんだろ? どうだい、俺たちの狩りに同行してみないか? なに、ここにできた新しいダンジョンは難しくはない。まぁ、あんたたちは保険みたいなもんだね。楽な仕事だが、それでも結構稼げると思うよ。なぁ、どうだい?」

私たちがギルドから出てくるところを狙った感が非常に強い男たちの目的は、もちろんひよっこ魔法使いをいいように使いたい、というケチくさい勧誘だろう。でなければ、普通に魔術師ギルドにパーティーの補充要員の募集を出せばいいだけのことだ。

(直接交渉して、ついでに適当にだまして、安く魔法使いを使おうって腹だよね……わかりやすいなぁ)

こういう連中には普段の交渉ごとのように丁寧にお断りするという方法はあまり意味がない。そんなことで引き下がるような紳士的な態度の人間が、こんな強引なことはしないし、彼らは明らかに私たちを見下している。

私は《完全脳内地図把握パーフェクト・ナビゲーション》を使い、周囲の状況を素早く確認すると、トルルにつぎの角まで全速力で走ろうと耳打ちし、男たちに気付かれないよう素早く自分たちに《烈風》と《強筋》をかけた。そして、少し後ずさるふりを見せ、次の瞬間猛スピードで駆け出した。

「あ! こら待て!」

男たちは一斉にそう叫んで追いかけてきたが、もちろん待つわけがない。魔法をかけた上で短距離を全力疾走したので、さすがに男たちもすぐには追いつけず、私たちはうまく角を曲がることができた。

「ちくしょう! どこ行きやがった! すばしこいやろうだ! あのぐらいの子供なら、うまく言いくるめて安く使えると思ったのによぉ、ちっ!」

「魔法使いがいれば、俺たちは楽できるし、あの噂が本当なら、魔法使いは絶対欲しい。とはいえ、ギルドに依頼すると依頼料が高い上に、契約違反の罰則もあって好き勝手できねぇし……」

「俺たちみたいな有能な冒険者と仕事をするのもいい経験だって言えば、ものを知らない若いのが簡単に釣れると思ったんだがな。あのチビなら、ひとつふたつなぐってやりゃあ、簡単にいうことをきかせられたのに、惜しかったぜ」

私たちがすぐ横に《迷彩魔法》で隠れているとも知らず、男たちはその身勝手な望みと下衆なやり口を散々話してから、また魔術師ギルドの方へと戻っていった。また、つぎのカモになりそうな魔法使いを探すのかもしれない。

怒りに震えるトルルをまぁまぁとなだめつつ、私たちはそこからしばらく消えたまま移動し、十分距離をとってから魔法を解いた。

「あったまきちゃう! なんなの、あの連中!!」

トルルは顔を真っ赤にして怒っているが、ああいうのはどこにでもいる。

「なんで、なんで逃げたの? マリスさんなら、もちろん私だって、やっつけられたよ、あんな連中」

トルルは素直に私の指示に従ってくれたが、心の中ではやっつけてやりたいと思っていたらしい。だが、ここで妙な恨みを買うのはリスキーだ。

「あんな連中に顔を覚えられたくないし、もっとイヤなのは、私たちが使だって知られること。私たちが思った以上に使えそうだと思われたら、きっとこれからもまとわりつかれるし、ずっと狙われるよ。そのほうが面倒じゃない?」

それに、今回ああいう連中に目をつけられた理由はおそらく私だ。身長も低くどう見ても力もなさそうな、小さな子供の私だからみくびられたのだ。弱い者を食い物にするような連中、私も雷のひとつも落としてやりたいと思ったが、私のためにトルルを危険には晒せない。安全の方が重要だ。

「無駄な戦いはしないほうがいいってことね。そうだね、危険が及ぶのが自分だけとは限らないものね。その通りだわ。あんな連中やっつけて回ったってお金にもならないし。大人の冒険者に囲まれてちょっと怖かったけど、これもひとつの経験よね。道端で近づいてくる変なおじさんには気をつけよう!」
トルルはそう明るく言って、私の手を取り、周囲を警戒しながら足早に宿へ向かって歩き始めた。


しおりを挟む
感想 2,991

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。