354 / 837
3 魔法学校の聖人候補
543 謎の混雑
しおりを挟む
543
セジャムの街の入り口もまた、とても混みあっていた。
(大きな街はどこも人の出入りが多くなるから、どうしても入場まで時間がかかるんだよね)
「あれ? なんだかいつもより人が多い気がする。ここまで入り口の門が混んでいることはないはずなんだけど……」
ここの街には何度も来ているというトルルも困惑気味だ。確かに混雑はひどくて、このままだと入るのに二時間待ちという感じ。列ものろのろとしか動かないので、私たちの後ろに並んでいた子供を連れた行商人らしき人もため息をついている。五歳ぐらいのその男の子は、お父さんに気を使って元気そうにしているが、おそらくここへたどり着くまでかなりの距離を歩いてきただろう、時々荷物にもたれかかるようにして足をかばっていた。
「あの、だいぶ時間がかかりそうなので、ちょっとお茶でも飲もうかと思うんですけど、ご一緒にいかがですか?」
私はその行商人らしき男性につい声をかけてしまった。男性はとても驚いた表情を見せたが、人の好さそうな笑顔でありがとうと言ってくれた。彼もまたのどの渇きを覚えていたのだろう。
「もうすぐだと思っていたので、持っていた水ももう子供に飲ませてしまっておりまして……汗をかいたせいか喉が渇いていたのですよ。ありがとう、お嬢さん」
私はごく普通のバスケットに見えるよう手作りのカバーで偽装したマジックバッグの中から、よく冷やしたハーブティーを取り出し、木製のカップへと注いだ。ソーヤが素早く受け取って皆に配ってくれ、私もこの親子連れと立ったままお茶を楽しんだ。
「ああ、お茶だけというのも寂しいですね。これ“芋きんつば”っていうお菓子なんですが、甘いものは疲れが取れますから、おひとつどうぞ」
私の言葉にトルルも自慢げにすすめる。
「これ、うちの里の芋とはちみつを使っているの。おいしいですよ」
少年はあっという間に、お菓子のとりこになったようですごい勢いで食べ始めた。
「これ、ライル! 先にお礼を言いなさい!」
父親の言葉に、はっとしたライル少年は、口にお菓子を入れたまま、あわててありがとうを言った。私とトルルは笑って、気にしなくていいといいながら、少年の口をぬぐい、もうひとつ“芋きんつば”をその小さな手のひらに置いた。
お茶を飲みながら話を聞いてみると、やはり男性はこの辺りの村々をまわる行商人をしており、このセジャムに自宅兼商店を持っていた。店主が行商に出ている間は店番をしてくれる奥さんが、身重で体調がすぐれず子供の世話までは難しいかったので、決まった日に行くことになっている近場の仕事に息子のライルを連れて行ったのだそうだ。
「それにしても、この混雑は参りました。聞いた話ですが、この街の近くに新しいダンジョンができたらしくて、近くにいた冒険者たちだけじゃなく、それを聞きつけた近くの村々の腕自慢やそれにまつわる商売をしようという人たちが一気に集まってきているんですよ。まぁ、景気のいい話で街にとってはいいことなんですが……」
いい素材が得られるダンジョンができるということは、近隣の街にとっては一種のゴールドラッシュだ。ただし、魔物が出るダンジョンには街の人はそう簡単には入れない。それでも、たくさんの冒険者がやってきて、彼らが飲み食いし、道具を揃えるためにお金を使ってくれ、さらにダンジョンで得られた素材をギルドへ売ってくれるとなれば、巡りめぐって街の景気は良くなっていく。
「私もあまり詳しくは知らないのですが、どうやらこのダンジョンの浅い部分はすでにかなり攻略が進んでいるそうで、素材が多いだけじゃなく、あまり強い敵がいないという噂で、それほど入るのは難しくないらしいんですよ。それを聞きつけたんでしょうね。近隣の村の者まで冒険者に交じってやってきてしまって、このありさまです……」
「なるほど、そうだったんですね」
私は列に並ぶ人々を見て納得した。道理で冒険者っぽくない人が多いわけだ。
「お嬢様たちは、まさか冒険者……ということはないですよね。このセジャムでお買い物ですか?」
彼の問いに、自分たちが国立魔法学校の生徒で“天舟”に乗るためにここへやってきたことを告げると、彼は大袈裟に驚いてこう言った。
「おお! おふたりは魔法使い様でございましたか。数日ご滞在になるのでしたら、ぜひ私の店へもおいでください。私もしばらくはセジャムの店におりますので、ぜひお礼にこの街の名物など……」
私はくすっと笑って言葉を継いた。
「お安くさせていただきますので、でしょう?」
魔法使いならば、懐も裕福だろうと考えたのだろう。学生の身分、しかも地方の平民出身の学生にそんな財力はありはしないのだが、一般の人々がそんな実情を詳しく知るはずもない。魔法使い=高給取りというイメージが強いのは、仕方がないことだと思うし、実際社会に出れば確かに稼ぐことができる職種ではある。ともかく〝魔法使い〟のブランド力により私たちは上客と値踏みされたらしい。商人としては当然店に来てもらいたいわけだ。
「いやいや、参りましたな。魔法使い様はさすが頭の出来も我々とは違いますねぇ、ははは」
少し気まずげに笑ったあと、彼は息子を抱き寄せ、優しげな表情を浮かべてこう言った。
「お嬢様、先ほどのお茶とお菓子は本当に美味いもので、長旅の疲れを親子共々癒していただきました。見ず知らずの者へのご厚情、なかなかできることではございません。本当にできる限りの勉強をさせていただきますので、ぜひお土産などお買い求めの際は“オルダン商店”にお越しください。息子とお待ちしております」
父の言葉をまねて、ライルも元気に満面の笑みで
「おまちしておりまっす!」
と言うので、そこでみんな笑ってしまった。
「ええ、時間があればぜひ寄らせていただきますね」
どうやら、セジャム滞在は楽しくなりそうだ。やっと見えてきた街を見ながら、私とトルルそしてオルダン親子は笑いあいながら長い行列を街に向かって進んでいった。
セジャムの街の入り口もまた、とても混みあっていた。
(大きな街はどこも人の出入りが多くなるから、どうしても入場まで時間がかかるんだよね)
「あれ? なんだかいつもより人が多い気がする。ここまで入り口の門が混んでいることはないはずなんだけど……」
ここの街には何度も来ているというトルルも困惑気味だ。確かに混雑はひどくて、このままだと入るのに二時間待ちという感じ。列ものろのろとしか動かないので、私たちの後ろに並んでいた子供を連れた行商人らしき人もため息をついている。五歳ぐらいのその男の子は、お父さんに気を使って元気そうにしているが、おそらくここへたどり着くまでかなりの距離を歩いてきただろう、時々荷物にもたれかかるようにして足をかばっていた。
「あの、だいぶ時間がかかりそうなので、ちょっとお茶でも飲もうかと思うんですけど、ご一緒にいかがですか?」
私はその行商人らしき男性につい声をかけてしまった。男性はとても驚いた表情を見せたが、人の好さそうな笑顔でありがとうと言ってくれた。彼もまたのどの渇きを覚えていたのだろう。
「もうすぐだと思っていたので、持っていた水ももう子供に飲ませてしまっておりまして……汗をかいたせいか喉が渇いていたのですよ。ありがとう、お嬢さん」
私はごく普通のバスケットに見えるよう手作りのカバーで偽装したマジックバッグの中から、よく冷やしたハーブティーを取り出し、木製のカップへと注いだ。ソーヤが素早く受け取って皆に配ってくれ、私もこの親子連れと立ったままお茶を楽しんだ。
「ああ、お茶だけというのも寂しいですね。これ“芋きんつば”っていうお菓子なんですが、甘いものは疲れが取れますから、おひとつどうぞ」
私の言葉にトルルも自慢げにすすめる。
「これ、うちの里の芋とはちみつを使っているの。おいしいですよ」
少年はあっという間に、お菓子のとりこになったようですごい勢いで食べ始めた。
「これ、ライル! 先にお礼を言いなさい!」
父親の言葉に、はっとしたライル少年は、口にお菓子を入れたまま、あわててありがとうを言った。私とトルルは笑って、気にしなくていいといいながら、少年の口をぬぐい、もうひとつ“芋きんつば”をその小さな手のひらに置いた。
お茶を飲みながら話を聞いてみると、やはり男性はこの辺りの村々をまわる行商人をしており、このセジャムに自宅兼商店を持っていた。店主が行商に出ている間は店番をしてくれる奥さんが、身重で体調がすぐれず子供の世話までは難しいかったので、決まった日に行くことになっている近場の仕事に息子のライルを連れて行ったのだそうだ。
「それにしても、この混雑は参りました。聞いた話ですが、この街の近くに新しいダンジョンができたらしくて、近くにいた冒険者たちだけじゃなく、それを聞きつけた近くの村々の腕自慢やそれにまつわる商売をしようという人たちが一気に集まってきているんですよ。まぁ、景気のいい話で街にとってはいいことなんですが……」
いい素材が得られるダンジョンができるということは、近隣の街にとっては一種のゴールドラッシュだ。ただし、魔物が出るダンジョンには街の人はそう簡単には入れない。それでも、たくさんの冒険者がやってきて、彼らが飲み食いし、道具を揃えるためにお金を使ってくれ、さらにダンジョンで得られた素材をギルドへ売ってくれるとなれば、巡りめぐって街の景気は良くなっていく。
「私もあまり詳しくは知らないのですが、どうやらこのダンジョンの浅い部分はすでにかなり攻略が進んでいるそうで、素材が多いだけじゃなく、あまり強い敵がいないという噂で、それほど入るのは難しくないらしいんですよ。それを聞きつけたんでしょうね。近隣の村の者まで冒険者に交じってやってきてしまって、このありさまです……」
「なるほど、そうだったんですね」
私は列に並ぶ人々を見て納得した。道理で冒険者っぽくない人が多いわけだ。
「お嬢様たちは、まさか冒険者……ということはないですよね。このセジャムでお買い物ですか?」
彼の問いに、自分たちが国立魔法学校の生徒で“天舟”に乗るためにここへやってきたことを告げると、彼は大袈裟に驚いてこう言った。
「おお! おふたりは魔法使い様でございましたか。数日ご滞在になるのでしたら、ぜひ私の店へもおいでください。私もしばらくはセジャムの店におりますので、ぜひお礼にこの街の名物など……」
私はくすっと笑って言葉を継いた。
「お安くさせていただきますので、でしょう?」
魔法使いならば、懐も裕福だろうと考えたのだろう。学生の身分、しかも地方の平民出身の学生にそんな財力はありはしないのだが、一般の人々がそんな実情を詳しく知るはずもない。魔法使い=高給取りというイメージが強いのは、仕方がないことだと思うし、実際社会に出れば確かに稼ぐことができる職種ではある。ともかく〝魔法使い〟のブランド力により私たちは上客と値踏みされたらしい。商人としては当然店に来てもらいたいわけだ。
「いやいや、参りましたな。魔法使い様はさすが頭の出来も我々とは違いますねぇ、ははは」
少し気まずげに笑ったあと、彼は息子を抱き寄せ、優しげな表情を浮かべてこう言った。
「お嬢様、先ほどのお茶とお菓子は本当に美味いもので、長旅の疲れを親子共々癒していただきました。見ず知らずの者へのご厚情、なかなかできることではございません。本当にできる限りの勉強をさせていただきますので、ぜひお土産などお買い求めの際は“オルダン商店”にお越しください。息子とお待ちしております」
父の言葉をまねて、ライルも元気に満面の笑みで
「おまちしておりまっす!」
と言うので、そこでみんな笑ってしまった。
「ええ、時間があればぜひ寄らせていただきますね」
どうやら、セジャム滞在は楽しくなりそうだ。やっと見えてきた街を見ながら、私とトルルそしてオルダン親子は笑いあいながら長い行列を街に向かって進んでいった。
217
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。