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3 魔法学校の聖人候補
540 冷凍と減圧
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540
今回の実験、まずは食材を一気に凍らせるところから始めていこうと思う。
真空状態にする過程で、気化熱により温度が低下し冷凍状態になってはいくのだが、その前段階で沸騰してしまうため綺麗に固まらない。これを防ぐために先に完成時の状態を想定し理想的な形態にして冷凍しておく必要があるのだ。
もちろんこの作業には魔法を使う。今回使用する《氷結》は系統としては《風魔法》だ。氷系の魔法は火系の魔法よりも複雑で難しく、広範囲の強力な急冷を行うこの《氷結》は、中級に属するちょっと難しい魔法だ。対外的には《基礎魔法講座》を終えたばかりの私が使えるのは無理があるのだが、まぁグッケンス博士に教えてもらったと言えばみんな納得するはずだ。
(この辺りは内弟子という立場がいい仕事をしてくれるね。それに、貴族の子供たちの多くは家庭教師からいろいろ魔法を習ってきていたりもするし、生徒も横並びってわけじゃないから、咎められたりもしないでしょ)
実際、この辺の中級魔法は博士に教わらなくても〝魔術師の心得〟を読めばおおよそ理解することができた。博士には本を読んでも分からないところを聞いたり、私の理解が合っているかを確認してもらったりしながら、もうだいぶ前に習得済みだ。
「魔法学校の生徒たちに、お前さんぐらいの理解力があってくれればわしも楽ができるのだがなぁ……」
私の魔法修行が教えてもいないのにサクサク進んでいく様子に半ば呆れながら、博士はそう言って嘆いていたが、それは言っても詮ないことだ。私の理解力は前世での科学知識や生活知識を基にしていて、科学どころか基礎的な学校教育すらも危ういこの世界の子供たちとはもともと差がありすぎるのだから……
(それに魔法力がたっぷりあるから何度失敗しても気にせずいくらでも練習できるからね。そりゃ、習得も早いでしょ)
《氷結》を使い、《エア・バブル》の中の食材を強く凍らせていく。この時ひとつ便利なことがわかった。私の《鑑定》を常時作動状態にして食品の状態をみると、〝現在の状況〟としてその温度をリアルタイムで計測できるのだ。最初二十四度だったところから《氷結》をかけ始めると徐々に温度が下がっていく様子もバッチリ観察できている。
(マイナス四十度ぐらいまでは下げないとね)
そこで確実に冷気を行き渡らせるため、《エア・バブル》の外側を覆うようにもうひとつ《エア・バブル》を作りだし、ふたつの《エア・バブル》の間に空気の層を作り断熱を試みた。うまく作用しているようで中の温度は急速に下がり、現在マイナス四十一度と《鑑定》されている。
(いいねぇ、魔法便利だねぇ)
気を良くした私は次の実験へと進むことにした。いよいよメインの実験だ。この《エア・バブル》製の断熱ドラフト・チャンバー内へ凍らせた野菜を置き、真空状態に置いてみよう。
真空の作り方は、かつて私が沿海州の爆発する魔物〝ネオ・パクー〟のいるダンジョンで使った二重構造の《エア・バブル》を使ってみようと思う。
私の手伝いをしながら不思議そうにこの実験を見ているソーヤに、これからすることについて簡単に話してみることにした。この世界に住む彼らの反応や理解度も知りたいと思ってのことだ。
「ソーヤは、ここ沿海州のマホロと魔法学校のあるセルツには地理的な大きな違いがあることはわかるかな?」
私の質問に、ソーヤは首を傾げている。
「違い……でございますか? ええと、ここ沿海州はセルツに比べるとだいぶ暖かいですね。それに、湿り気も多い気がします。高い山の上はどうしても寒いですよね……」
「それ、それ!」
不思議そうな顔のソーヤに私は説明した。
「セルツの街は、魔法使いやその予備軍を外部の人間に接触させたくないと考え、さらに外部からの攻撃を避けたいというシド帝国の戦略上の理由で、かなり不便な標高の高い山の上に作られているでしょう? では質問ね。そのために起こるいくつかの現象があります。それはなんでしょう?」
ソーヤが完全にわかりません、という顔をしているので、私は笑いながら答えを伝えた。
「まず、お湯が湧くのが早い!」
「そういえば……そんな気も致しますけれど……」
「それはね〝気圧〟が違うからなの」
高い山の上は、低い場所にある土地と違い気圧が低い、つまり空気の圧力が弱いために沸点が低くなるのだ。そして、圧力が弱まるほど沸点は下がり、空気のない〝真空状態〟では〝昇華〟という現象が起こる。つまり水分がすべて蒸発し、気体へと変化してしまうのだ。今回やろうとしている実験のように凍った状態のものならば、水に戻ることなく氷の状態から一気に蒸発する。
「他にも空気が薄いとか、いろいろ違いがあるんだけど、ま、それはいいか。さあ、いまから、この原理を使って凍らせた野菜から水分を抜くために魔法で〝真空〟を作ってみましょう」
今回の実験、まずは食材を一気に凍らせるところから始めていこうと思う。
真空状態にする過程で、気化熱により温度が低下し冷凍状態になってはいくのだが、その前段階で沸騰してしまうため綺麗に固まらない。これを防ぐために先に完成時の状態を想定し理想的な形態にして冷凍しておく必要があるのだ。
もちろんこの作業には魔法を使う。今回使用する《氷結》は系統としては《風魔法》だ。氷系の魔法は火系の魔法よりも複雑で難しく、広範囲の強力な急冷を行うこの《氷結》は、中級に属するちょっと難しい魔法だ。対外的には《基礎魔法講座》を終えたばかりの私が使えるのは無理があるのだが、まぁグッケンス博士に教えてもらったと言えばみんな納得するはずだ。
(この辺りは内弟子という立場がいい仕事をしてくれるね。それに、貴族の子供たちの多くは家庭教師からいろいろ魔法を習ってきていたりもするし、生徒も横並びってわけじゃないから、咎められたりもしないでしょ)
実際、この辺の中級魔法は博士に教わらなくても〝魔術師の心得〟を読めばおおよそ理解することができた。博士には本を読んでも分からないところを聞いたり、私の理解が合っているかを確認してもらったりしながら、もうだいぶ前に習得済みだ。
「魔法学校の生徒たちに、お前さんぐらいの理解力があってくれればわしも楽ができるのだがなぁ……」
私の魔法修行が教えてもいないのにサクサク進んでいく様子に半ば呆れながら、博士はそう言って嘆いていたが、それは言っても詮ないことだ。私の理解力は前世での科学知識や生活知識を基にしていて、科学どころか基礎的な学校教育すらも危ういこの世界の子供たちとはもともと差がありすぎるのだから……
(それに魔法力がたっぷりあるから何度失敗しても気にせずいくらでも練習できるからね。そりゃ、習得も早いでしょ)
《氷結》を使い、《エア・バブル》の中の食材を強く凍らせていく。この時ひとつ便利なことがわかった。私の《鑑定》を常時作動状態にして食品の状態をみると、〝現在の状況〟としてその温度をリアルタイムで計測できるのだ。最初二十四度だったところから《氷結》をかけ始めると徐々に温度が下がっていく様子もバッチリ観察できている。
(マイナス四十度ぐらいまでは下げないとね)
そこで確実に冷気を行き渡らせるため、《エア・バブル》の外側を覆うようにもうひとつ《エア・バブル》を作りだし、ふたつの《エア・バブル》の間に空気の層を作り断熱を試みた。うまく作用しているようで中の温度は急速に下がり、現在マイナス四十一度と《鑑定》されている。
(いいねぇ、魔法便利だねぇ)
気を良くした私は次の実験へと進むことにした。いよいよメインの実験だ。この《エア・バブル》製の断熱ドラフト・チャンバー内へ凍らせた野菜を置き、真空状態に置いてみよう。
真空の作り方は、かつて私が沿海州の爆発する魔物〝ネオ・パクー〟のいるダンジョンで使った二重構造の《エア・バブル》を使ってみようと思う。
私の手伝いをしながら不思議そうにこの実験を見ているソーヤに、これからすることについて簡単に話してみることにした。この世界に住む彼らの反応や理解度も知りたいと思ってのことだ。
「ソーヤは、ここ沿海州のマホロと魔法学校のあるセルツには地理的な大きな違いがあることはわかるかな?」
私の質問に、ソーヤは首を傾げている。
「違い……でございますか? ええと、ここ沿海州はセルツに比べるとだいぶ暖かいですね。それに、湿り気も多い気がします。高い山の上はどうしても寒いですよね……」
「それ、それ!」
不思議そうな顔のソーヤに私は説明した。
「セルツの街は、魔法使いやその予備軍を外部の人間に接触させたくないと考え、さらに外部からの攻撃を避けたいというシド帝国の戦略上の理由で、かなり不便な標高の高い山の上に作られているでしょう? では質問ね。そのために起こるいくつかの現象があります。それはなんでしょう?」
ソーヤが完全にわかりません、という顔をしているので、私は笑いながら答えを伝えた。
「まず、お湯が湧くのが早い!」
「そういえば……そんな気も致しますけれど……」
「それはね〝気圧〟が違うからなの」
高い山の上は、低い場所にある土地と違い気圧が低い、つまり空気の圧力が弱いために沸点が低くなるのだ。そして、圧力が弱まるほど沸点は下がり、空気のない〝真空状態〟では〝昇華〟という現象が起こる。つまり水分がすべて蒸発し、気体へと変化してしまうのだ。今回やろうとしている実験のように凍った状態のものならば、水に戻ることなく氷の状態から一気に蒸発する。
「他にも空気が薄いとか、いろいろ違いがあるんだけど、ま、それはいいか。さあ、いまから、この原理を使って凍らせた野菜から水分を抜くために魔法で〝真空〟を作ってみましょう」
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