上 下
348 / 832
3 魔法学校の聖人候補

537 里山のお菓子

しおりを挟む
537

村の方たちとのお喋りはグッケンス博士のことから、魔法使い全般のことへと移っていった。当然、トルルのことにも話が及ぶ。幼い時にはなかなかの暴れっぷりのガキ大将だったらしいトルルだが、魔法力も高く子供の頃から簡単な魔法も使えたため昔からその道へ進むのでは……と思われていたそうだ。そしていまもこの村で八十年ぶりに魔法学校へ入学した村人の期待の星らしい。

「すごいよね。この村から魔法使い様が出るなんてさ」
「うちもよくトルルちゃんには風車を回してもらって、助かってたんだよ」
「魔法使いってのは、いったいどんな勉強をしてるんだい?」
「食べるものも違うのかねぇ」
「勉強するとどんなことができるようになるんだね?」

雑多な興味を向けられ、私とトルルはそれに冗談交じりに答えていく。だが、話していくうち、時々トルルの顔に暗い影が落ちることが出てきた。それは、卒業してからについての話だ。

村の方たちは、基本的にトルルがこの村に戻ってくることを期待している。貴族でもなく、そこまで高い魔法力でもないトルルが〝国家魔術師〟へと進むとは、みんな考えていなかったし、心優しい性格のトルルが戦地へ行くことを望むとは誰も思っていないからだ。

それにここにはトルルの大事な家族がいる。彼らのためにもトルルはここに戻るのではないか、そう思っているようだ。

(確かに、魔法使いがひとりいれば生活は楽になるし、生産性は向上するし、外敵への守りも固くなる、といいこと尽くめだ。村の人たちがトルルにそれを期待してしまうのは当然かもしれない……)

まだ二年生のトルルだが、彼女自身村人たちのそうした期待を感じているようで、それがあの暗い影の原因のような気がした。

(明日、お菓子作りをしながら、トルルと話してみよう)

ーーーーー

翌日もよく晴れた気持ちの良い日だった。日差しは強いが風が心地よく吹いているので、過ごしやすく寝覚めの気分も最高だった。私が泊めてもらった家の女将さん手作りの民宿の朝食は、木の実を使ったドレッシングの野菜サラダに根菜の煮物と漬物、そして雑穀のお粥。決して豪華ではないが、これはこれで滋味があって美味しい。

(お醤油と味噌があればさらに美味しくなるとは思うんだけど、素朴な滋味のあるイケる味だよね)

このお家は民宿をするだけの余裕のある大きさのお宅なので、台所も広い。そこで、今日はここをお借りしてお菓子作りをしてみることにした。

まずはトルルと待ち合わせて朝市へ。小麦粉やら蜂蜜やら、木の実それに木の実から絞った油やら、甘い味のする芋も手に入れた。朝市でも私とトルルが一緒にいると目立つのか、あちこちから声をかけられ、買い物も気前よくおまけしてくれた。

「マリスさんと一緒だと、食費が安上がりになって助かるわ。美女ふたりだとモテて困るわね」

買い物袋を抱えたトルルも上機嫌だ。

(そういえば、どこの市場でもよくおまけしてもらえると思っていたけど、そうかメイロードの容姿もあったんだな。美少女パワー恐るべし!)

さて、今日のお菓子の試作はというと和菓子系だ。

まずは〝芋ようかん〟から。サツマイモとは少し風味が違うものの甘さがある芋、この里で取れるこの芋は以前訪れたときに調査購入済みだっただったので、これをお菓子に仕立てることにした。

「まずは皮を剥いて水に少しさらしてアクを抜きましょうか。その後はじっくり蒸して、甘みを引き出すのよ」

トルルはしっかりメモを取りながら作り方を覚えようとしている。

「この芋はおかず向きじゃないから、子供のおやつに蒸して食べたりすることが多いんだけど、これをどうするの?」

フードプロセッサーでもあれば簡単なのだが、さすがにそれは無理。ここは人の力で蒸し上がった芋を丁寧に潰していく。なるべく滑らかになるよう二度ほどざるで漉したりしてなんとかペースト状にした後、蜂蜜を足して甘さを調整。それを用意しておいた木型に紙を敷いたものの中へと入れて形を整えた後、上に板を乗せ少しだけ重みをかけ、涼しい場所に置き粗熱をとっていく。

その間にもうひとつのお菓子を作ることにしよう。

薄力粉と卵と砂糖それに油、至ってシンプルな材料。だが、上白糖といったものはないので蜂蜜を少し煮詰めたものを代用として使った。ベーキングパウダーが使えたらさらにサクサク感の強いものができるかもしれないが、まぁそれをここで言っても仕方がない。

「これは〝かりんとう〟っていう揚げ菓子なの。油が貴重品だから、ちょっと贅沢ではあるけどこの里では木の実がいろいろな種類たくさん採れて、木の実油も比較的使いやすいらしいから良いんじゃないかと思って……」

まずは卵と油と蜂蜜をよく混ぜ、そこにふるいにかけた薄力粉を入れて全体を練ってまとめる。後は食べやすい大きさでスティック状に整形して低温の油できれいな色に揚げれば完成だ。

「これはカリカリして美味しいね。村にあるものだけで作れるし、簡単!」

「うん。さらに豪華にするなら表面に煮詰めた蜂蜜をかけてもいいし、さらに砕いた木の実を表面につけても香ばしくて食感が複雑になるし美味しいよ」

「すごい、すごい! へぇ、そうやって工夫できるんだね」

冷えて固まった〝芋ようかん〟は型から外し、崩れないよう糸を使って長方形の見慣れた形に切りそろえた。今日は食べやすいよう、もう一工夫。半量を〝芋きんつば〟にしてみよう。表面に小麦粉を溶いたものを塗ってきんつば風にして、子供たちが手で持って食べやすくしてみた。

(本当は白玉粉も使えればモチっとした食感も出るんだけど、まぁ今回は持ちやすさ優先でこれで我慢)

「わぁ、これも綺麗だね。本当に高級なお菓子みたい」

私とトルル、そしてソーヤもキッチンのテーブルでお茶をしながら出来上がったお菓子の試食をすることにした。

「これ、食べると芋そのものって感じだね。でも、美味しくて食べやすくて、今まで食べたことのないお菓子……とっても上品な味なのに、ここで取れるものだけで作っているからなのかな、すごくしっくりくる」

〝芋ようかん〟と〝芋きんつば〟そして〝かりんとう〟の味にご機嫌のトルルだったが、そこでこんなことを言い始めた。

「私がこの里に残っても、こんな風に新しい驚きや画期的な何かができるのかな……みんながそんな期待をしているような気がして、正直ちょっと……村に戻るのが不安なの」

どうやらこれがトルルの憂いの原因のようだ。
しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

断罪されたので、私の過去を皆様に追体験していただきましょうか。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が真実を白日の下に晒す最高の機会を得たお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。