利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

525 母の音

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525

さて、美味しいお茶とお菓子で充分皆様の気持ちが和んだところで、今回のメインの贈り物を披露することにしよう。

次は何が出てくるのだろうと、すっかり興味津々になっているロームバルトの皆様の前に静々と運び込まれたのは、豪華な革張りに金のフレーム、そして縁起の良い配色の宝石が散りばめられた大型の書籍だ。もちろん中身も豪華な手彩色と豪華本専門の職人の技で見事な仕上がりになっている。これはサイデムおじさまが最高の職人を用意して突貫で作りあげてくれたものだ。いつも職人の皆さんには無茶振りばかりで本当に申し訳ない。でも、彼らの努力のおかげで、貴族の屋敷の立派なインテリアとなる国宝級の豪華装丁の書籍となった。

「こちらは、シド帝国秘蔵の子育てに関する書籍〝シスターファリタの育児書〟でございます」

この本の内容については自信を持っているが、その信憑性について〝私の前世での知識と経験に基づいたものなので、信頼していただいて大丈夫です〟と言うわけには当然だがいかない。そのためきちんとした設定を作り、説得力を持たせることにした。

「これは多くの孤児たちを育て上げたシドの聖女シスターファリタ様が残された文章を編纂したものにございます。あまり幼児の病気の予防法も記されており、シド帝国に秘蔵されておりました書物ではございますが、めでたくも母となられるベラミ妃様にはとても大切な知識でございます。そのため国外への持ち出しを正妃リアーナ様よりお認めいただき、こうして献上させていただくことになりました」

私の言葉に、なごやかだった空気が一瞬冷える。

「シドにこのロームバルトが知らぬ子育ての知識があると申すか、そなた」

王妃様の側近らしき女性が、やや語気を強めて私の方を睨む。だが、私は笑顔を崩すことなく話を続けた。

「ロームバルトに知識があるように、シドにもまた新しい知識は生まれているのでございます。そして、何よりも大切なことはお生まれになる御子様がお健やかにお育ちになること。そのために必要な知恵は、ひとつでも多いにこしたことはございませんでしょう?」

そう言った後、私はその本をベラミ妃様の前へと運び、最初の方のページを開いて見せた。

「ここにはいまのベラミ妃様に必要な知識がいくつかございます。その中のひとつをここで実演させていただきたいのですが、よろしゅうございますか?」

私の言葉に、一瞬ハッとしたベラミ妃様は微笑んでうなずいてくれた。

そこで打ち合わせ通り、まずは不安そうな表情のひとりの女官を部屋に招き入れた。

「この者は、これからお生まれになるベラミ妃様の御子様にお仕えする予定の乳母のひとりスーニャさんです。彼女は先頃出産を終え、現在二か月半になる女児の母親です。そして……」

私の声とともに召使いに抱かれて部屋に入ってきたのは、猛烈な勢いで泣く赤ん坊だった。あまりの号泣ぶりに顔をしかめる貴族たち。そんな人々の間を通って、私は赤ん坊とともに持ち込んだ小さなベッドへと移されたその子の側へと顔色を変えず、微笑んだままゆっくりと近づいていった。

「この子は、いま母親と離され見知らぬ場所に連れてこられたことに怯え泣いています。この子を泣き止ませる方法はいくつかありますが、皆様はこのような方法をご存知でしょうか?」

ガヤガヤと色々な意見が飛び交う中、私は小さなくまのぬいぐるみを取り出して、魔法をかけた。すると、ぬいぐるみの中から〝ザーー〟という不思議な音が流れ始め、それを泣きじゃくる赤ちゃんのそばにそっと置いた。すると、赤ん坊はピタリ泣き止み、すぐにすやすやと眠ってしまった。

周囲からはどよめきが上がり、その不思議さにざわざわとささやき声で語り合い始めた。

「なんと不思議な、いったいなんの魔法で?」
「赤ん坊が泣き止まない時には、本当に苦労させられるというのに、一瞬で!」
「あのくまのぬいぐるみ、買えないのかしら?」

この不思議な光景の説明を求めようとする人々の視線を集めてから、私はお礼を言って赤ちゃんをスーニャさんに返し、再びベラミ妃様の前へと立った。

「この〝シスターファリタの育児書〟には、〝胎教〟ということについて書かれております。ですが、それについて語る前に、まずはいま起こったことについてご説明いたしましょう。あのぬいぐるみの中には小さな鳥籠が入っておりまして、そこにはが入った《伝令》が仕込んでありました」

「ほう、それはあの不思議な音だな。いったいなんなのだ、あの音は?」

王太子様も余程不思議だったのだろう、乗り出して私へと質問を投げかけた。私はその様子を微笑みを絶やさず見つめて、恐れながらと言葉を続けた。

「あの中には、あの赤ん坊の母親であるスーニャさんの心臓の音と躰を流れる血の音を録音したものが入っていたのです。どなたも、胸に耳を当てれば、そこには心臓が動き、躰の中を流れる血の音を聞くことができます。それを聴かせたのでございますよ」

「それでなぜ、あの赤子は泣き止んだのだ?」

王太子様の不思議そうな問いに、私は諭すように話を続けた。

「お分かりになりませんか? お腹の中で長い時間を過ごす赤ん坊は、ずっとあの音の中にいるのですよ。あの音は、赤ん坊にとって最初に聴く音、母そのものであり、あの音の中はもっとも安心できる場所なのです」

「なるほど、だからその音を聴いた赤子は、腹の中にいた時の安らぎを思い出し、落ち着いたのだな」

王太子の言葉に深くうなずいた私に、王太子も満足そうだ。だが、ここで気づいてもらわなければいけないことは、ここから先の話だ。

「これがどういうことか、もう少しお考えいただきたいと存じます」

少しだけ真顔でそう言った私に、王太子様とベラミ妃様は顔を見合わせて首を傾げている。

(それじゃ、説明しましょうね)
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