利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

523 アンクルーデの石畳

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新作のブレンド茶〝王家の至宝〟についても、皆様の反応はすこぶるよかった。まず、最初に王太子様に御試飲いただいたことがことの外上手く転んだのだ。もちろんこれは王太子様が無類の柑橘類好きだという事前情報をマリリア様から聞いていたからこその順番だったのだが、その爽やかな風味と色合いの美しさを愛でられ甘いジャムの風味を堪能された王太子様はベラミ姫に微笑まれた後、香り高く大変に美味である、と宣言してくれた。

(ありがとうマリリア様、事前情報が役に立ちました!)

この瞬間〝王太子様のお気に入り〟となったこの新作の紅茶は、表立って批判しにくいものとなり、皆が発言に気をつけることとなった。もちろんケチはつけたいのだろうが、皆さん我先にと飲んでいらっしゃるところを見ると、これも相当気に入っていらっしゃるようだ。
このお茶の良いところは、ジャムの量によって激甘天国アンクルーデの方も、そこまで甘味に慣れていないシドの方も自由に味を調整できることだ。いまも王太子様とベラミ妃様、それぞれの器のジャムの量は倍以上違うのだが、一見したところではそれはわからないため、皆で同じものを美味しく飲んでいる雰囲気が醸し出せる。

(慣れない激甘にベラミ妃様が苦労されているだろうと思ってのことだったんだけど、うまくいったみたい)

お茶菓子は、シドでは広く知られていると言い添えつつ私の作った〝金の籠〟ブランドの色鮮やかで形も様々なクッキーをまずはテーブルの上に綺麗に並べて披露した。もちろんアンクルーデ対策として、いくつかの趣向は施してある。中央に甘いジャムをたっぷり仕込んだロシアケーキ風のクッキーに、しゃりしゃりの飴がけをした食感の楽しいクッキー、それから繊細な模様でシドとロームバルトを象徴する薔薇の花と百合の花とをあしらったシュガーコーティングのクッキーもお見せした。

「まぁ、まぁ、これはどうやって作っているのかしら? それぞれに甘さも味も食感も違うのね。私はこのジャム入りのものが気に入りましたわ!」
「この絵の書かれたクッキーはどうやって作られているのかしら? きれいなだけじゃなく甘味もたっぷりで……うちの料理人にできるのかしら?」
「薔薇と百合とは、シドにしては随分と気の利いたことをするじゃございませんの。こんな繊細な菓子を作る技術がございますのね……シドには」

人というのは、美味しいものを食べながら、それについて批判的なことは言えないものらしい。次から次へと手が伸びてしまう貴族の皆さんの言葉はおおむね好意的だった。

(それでも数人は、品がない色合いだとか、食感がいまひとつだとか、難癖をつけてくるのが、さすがロームバルトだ。しかもそう言いながら皆さんかなりの勢いで食べ続けてるし……)

次に献上したのはシド帝国の正妃であられるリアーナ様ご命名のチョコレート専門店〝カカオの誘惑〟の新商品。

私は大箱にぎっしりと入った生チョコレートをテーブルの上に置いた。

「この新作の菓子は〝生チョコレート〟というとても繊細な甘味でございます。ご覧いただきましたように、このびっしりと敷き詰められた四角い菓子の様子が、この古都アンクルーデの歴史ある美しい石畳を想像させました。そこで今回、ロームバルトの王太子様を始め皆々様にお目通り叶いましたことを記念し〝アンクルーデの石畳〟と命名させていただくことにいたしました」

私の言葉に王妃の頬が緩む。

「ほう……この美しく歴史ある都の名を与えたか。このイニシエから続く都の美しさがわかるとは、良い審美眼じゃ。では、その味試してやろう」

そして配られたこの生チョコレート〝アンクルーデの石畳〟を食した人々は一様に黙ってしまった。だが、その一瞬の沈黙はすぐに破られ王妃様からお代わりの声が上がった。そしてそれをきっかけに全員がお代わりが欲しいと言い始めた。

「なんですの、これは。口に入れるとトロトロと噛む間もなくとろけました。甘さと苦味……それに中にはまた違った濃厚な甘さがひそんでおりますの! とてもまったりと絡みつくようでありながら優しい味わいで……これはひとつでは足りません」

「この不思議な香りもとてもいいですわ。この街の石畳を模した形も素朴に見えて、なんとも洗練されておりますよ。極少量ですが、金箔も散らされているのですわ。憎い演出ですわね」

「甘さの異なる味が二段階で口の広がるなんて……こんな菓子があるのですね、シドには」

この〝アンクルーデの石畳〟は、かなり甘めに調合したチョコレートの中に、生キャラメルになる寸前まで煮詰めた濃厚でとろりとしたキャラメルソースを仕込んでいる。正直かなりの激甘なので、もしこれをシド帝国で売るときにはかなり調整が必要だろう。だが、この国の人たちにはこれぐらいのインパクトが必要だろうと考えた。

「これはとても美味しいものだな。気に入ったぞ。これをこのアンクルーデで作ることはできぬのか?」

王妃様の質問に私は恭しく答える。

「申し訳ございませんが、これに使われておりますチョコレートの原料〝カカオ〟は大変貴重な品でございまして、いまはまだ極少量しか栽培されておりません。また、チョコレート専門店はシド帝国の首都パレスにございます皇宮御用達の〝カカオの誘惑〟一店にございます」

「それは……残念だの」

よっぽど気に入ったのか、がっかりした声色の王妃の言葉はとても素直に響いた。

「……ではございますが、ベラミ妃様から〝カカオの誘惑〟へ直接ご用命をいただけましたならば、如何様にも準備できます。どうぞご安心くださいませ。この世界に一軒しかないチョコレート専門店は王家の方々のためにある店でございますから」

「おお、そうか! 我が娘となったベラミに頼めば良いのだな」

その弾んだ王妃の言葉を聞いた私が、心の中でガッツポーズをしたのはいうまでもないだろう。

(よっしゃ!)
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