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3 魔法学校の聖人候補
521 マリリアとの再会
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521
「メイロード! 久方ぶりだな! よく来てくれた!」
すっかり騎士時代のような言葉遣いになったマリリアは、謁見室にちょこんと座っていたメイロードへと駆け寄った。今日は謁見を申し込むための先触れのため、こうしてベラミ妃の側近であるマリリア伯爵夫人が面会し、日取りと謁見の内容を確認するのだ。
「お久しぶりです、マリリア様。お妃様のお加減はいかかですか?」
「うん……どうもな。気鬱をなかなか晴らして差し上げられず、我ながら不甲斐ない状態だ」
「そうでございますか……」
美しいドレスに身を包んでいるものの、やはりマリリアの心はベラミ姫の騎士のままで、姫を思って心を痛めているその姿は、昔と変わらず憂いを帯びて美しかった。その姿にメイロードは微笑んでこう言った。
「明日、できれば王太子様や王妃様も御臨席されるようお取り計らいいただけますでしょうか? 非公式で結構ですので、できればお茶やお菓子が楽しめるサロンでの謁見にさせて頂けると助かります」
「おお、それはこちらも臨むところだ。そなたのあの菓子をお妃様に献上してくれるということなのだな?」
「はい。もちろんでございます。こちらの宮廷の方々にもぜひご賞味いただきたいと考えておりますので、親しくされていらっしゃる貴族の皆様にも御臨席いただけると幸いでございます」
「ふふふ、メイロードそれはなかなか面白そうだな。ぜひそなたの素晴らしい菓子をこの国の方々に味わっていただこう!」
メイロードの言葉にマリリアの表情が一気に明るくなり始める。
「それから、ちょっとした趣向もご用意しておりますので、驚きになられず鷹揚にしていてくださいますようお妃様にもお伝えください」
「何かするつもりなのだな?」
「ええ、ちょっとした意趣返しでございます」
何かを察したマリリアは、にっこりと微笑んで頷いた。
「賢いメイロードにはいうまでもないことだろうが、ここはとても面倒な国だ。直接的に相手をやり込めて恥をかかせることは、こちらの落ち度と受け取られてしまうこともあるし、お妃様の評価を下げることにもなる。それを踏まえて、親しい皆様をおもてなしするというのだな?」
メイロードは明るく微笑みながらマリリアを見返した。
「ご心配には及びません。私はあくまで正妃でありご母堂でもあられるリアーナ様の名代。決してベラミ妃様に恥をかかせたりは致しません。それでも、遠い異国での我が子の身を案じ、孫の誕生を楽しみにしていらっしゃるその御心を王太子様を始め、こちらの宮廷の方に分かっていただかなくてはなりません」
「ああ、その通りだ。姫様の体調が優れないいまこそ、姫様の御為に、家臣の我らがお支えしお助せねばならんのだ。姫様にこの宮廷でお健やかにお過ごしいただくために!」
「ふふ、マリリア様、〝姫様〟ではなく〝お妃様〟でしょう?」
「すまん。興奮すると、どうも長い間の習慣が出てしまってな……」
せっかくセイツェさんとの特訓で女性らしい歩き方を習得したマリリア様だが、気をぬくとやはり〝騎士様〟が表に出てきてしまうようだ。
(まぁ、おそらくこちらの宮廷でもマリリア様の騎士成分は歓迎されていると思うけどね。なにせカッコ良いですから)
「まずはこちらをベラミ妃様にお渡しください。新作のフルーツの香りの紅茶です。お躰にも良いと思いますよ。それに、焼き菓子もいくつかもってまいりました。どうぞ、今日のお茶のお供にお召し上がりください」
メイロードはそう言いながら綺麗にラッピングしたバスケットを渡した。
「おお、ありがとうメイロード。ベラミ……お妃様は、そなたが作った〝皇女の薔薇〟を本当にお気に召していてな。そなたの作った新作の紅茶となれば、必ず喜んでくださるはずだ。ありがとう。心から感謝する」
大事そうにバスケットを抱えた姫の騎士は、明日を楽しみにしていると言いながら、ベラミ妃の待つ部屋へと戻っていった。
それを笑顔で見送ったメイロードは、何も言わずに付き従っていたソーヤとともに静かに謁見室を去り、首都アンクルーデ市内のホテルに取った部屋へと戻った。部屋の鍵をかけ、魔法を使ってマスターキーでも解除できないようにした後、部屋のクローゼットの扉を開け《無限回廊の扉》を通って、イスのマリス邸へと帰ると、仕事を始めるためにキッチンへとすぐ向かった。
今日はこれからここで明日のための準備の仕上げをする。
「また、なにか面白いお菓子を作られるのですね?」
ソーヤが楽しそうに準備をしながらメイロードに聞く。その手には今回購入してきた、ロームバルト王国の首都アンクルーデだけに自生する〝飴の木〟と呼ばれる甘い蜜が取れる樹木から採取された大量の蜜の入った樽があり、これからそれをさらに煮詰める作業をしていくつもりだ。
「ええ、やっぱりロームバルトの方々の心を掴むなら甘いものでしょ」
割烹着と三角巾に着替えて、材料を揃えながら計量を始める。いつものように心の中で
(美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……)
と祈りながら。
「メイロード! 久方ぶりだな! よく来てくれた!」
すっかり騎士時代のような言葉遣いになったマリリアは、謁見室にちょこんと座っていたメイロードへと駆け寄った。今日は謁見を申し込むための先触れのため、こうしてベラミ妃の側近であるマリリア伯爵夫人が面会し、日取りと謁見の内容を確認するのだ。
「お久しぶりです、マリリア様。お妃様のお加減はいかかですか?」
「うん……どうもな。気鬱をなかなか晴らして差し上げられず、我ながら不甲斐ない状態だ」
「そうでございますか……」
美しいドレスに身を包んでいるものの、やはりマリリアの心はベラミ姫の騎士のままで、姫を思って心を痛めているその姿は、昔と変わらず憂いを帯びて美しかった。その姿にメイロードは微笑んでこう言った。
「明日、できれば王太子様や王妃様も御臨席されるようお取り計らいいただけますでしょうか? 非公式で結構ですので、できればお茶やお菓子が楽しめるサロンでの謁見にさせて頂けると助かります」
「おお、それはこちらも臨むところだ。そなたのあの菓子をお妃様に献上してくれるということなのだな?」
「はい。もちろんでございます。こちらの宮廷の方々にもぜひご賞味いただきたいと考えておりますので、親しくされていらっしゃる貴族の皆様にも御臨席いただけると幸いでございます」
「ふふふ、メイロードそれはなかなか面白そうだな。ぜひそなたの素晴らしい菓子をこの国の方々に味わっていただこう!」
メイロードの言葉にマリリアの表情が一気に明るくなり始める。
「それから、ちょっとした趣向もご用意しておりますので、驚きになられず鷹揚にしていてくださいますようお妃様にもお伝えください」
「何かするつもりなのだな?」
「ええ、ちょっとした意趣返しでございます」
何かを察したマリリアは、にっこりと微笑んで頷いた。
「賢いメイロードにはいうまでもないことだろうが、ここはとても面倒な国だ。直接的に相手をやり込めて恥をかかせることは、こちらの落ち度と受け取られてしまうこともあるし、お妃様の評価を下げることにもなる。それを踏まえて、親しい皆様をおもてなしするというのだな?」
メイロードは明るく微笑みながらマリリアを見返した。
「ご心配には及びません。私はあくまで正妃でありご母堂でもあられるリアーナ様の名代。決してベラミ妃様に恥をかかせたりは致しません。それでも、遠い異国での我が子の身を案じ、孫の誕生を楽しみにしていらっしゃるその御心を王太子様を始め、こちらの宮廷の方に分かっていただかなくてはなりません」
「ああ、その通りだ。姫様の体調が優れないいまこそ、姫様の御為に、家臣の我らがお支えしお助せねばならんのだ。姫様にこの宮廷でお健やかにお過ごしいただくために!」
「ふふ、マリリア様、〝姫様〟ではなく〝お妃様〟でしょう?」
「すまん。興奮すると、どうも長い間の習慣が出てしまってな……」
せっかくセイツェさんとの特訓で女性らしい歩き方を習得したマリリア様だが、気をぬくとやはり〝騎士様〟が表に出てきてしまうようだ。
(まぁ、おそらくこちらの宮廷でもマリリア様の騎士成分は歓迎されていると思うけどね。なにせカッコ良いですから)
「まずはこちらをベラミ妃様にお渡しください。新作のフルーツの香りの紅茶です。お躰にも良いと思いますよ。それに、焼き菓子もいくつかもってまいりました。どうぞ、今日のお茶のお供にお召し上がりください」
メイロードはそう言いながら綺麗にラッピングしたバスケットを渡した。
「おお、ありがとうメイロード。ベラミ……お妃様は、そなたが作った〝皇女の薔薇〟を本当にお気に召していてな。そなたの作った新作の紅茶となれば、必ず喜んでくださるはずだ。ありがとう。心から感謝する」
大事そうにバスケットを抱えた姫の騎士は、明日を楽しみにしていると言いながら、ベラミ妃の待つ部屋へと戻っていった。
それを笑顔で見送ったメイロードは、何も言わずに付き従っていたソーヤとともに静かに謁見室を去り、首都アンクルーデ市内のホテルに取った部屋へと戻った。部屋の鍵をかけ、魔法を使ってマスターキーでも解除できないようにした後、部屋のクローゼットの扉を開け《無限回廊の扉》を通って、イスのマリス邸へと帰ると、仕事を始めるためにキッチンへとすぐ向かった。
今日はこれからここで明日のための準備の仕上げをする。
「また、なにか面白いお菓子を作られるのですね?」
ソーヤが楽しそうに準備をしながらメイロードに聞く。その手には今回購入してきた、ロームバルト王国の首都アンクルーデだけに自生する〝飴の木〟と呼ばれる甘い蜜が取れる樹木から採取された大量の蜜の入った樽があり、これからそれをさらに煮詰める作業をしていくつもりだ。
「ええ、やっぱりロームバルトの方々の心を掴むなら甘いものでしょ」
割烹着と三角巾に着替えて、材料を揃えながら計量を始める。いつものように心の中で
(美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……)
と祈りながら。
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