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3 魔法学校の聖人候補
518 ロームバルトからのSOS
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518
サイデムおじさまから緊急の《伝令》がきたのはその日の夜だった。
その内容はというと、二年前ロームバルト王国へとお輿入れされた、現帝の次女であるベラミ姫様のための贈り物への対応に力を貸して欲しいというものだった。私はベラミ姫に先立ってお輿入れになった彼女の側近であるマリリア様の婚儀に少々関わったこともあり、マリリア様、ベラミ姫、そしてこのシド帝国の正妃であるリアーナ様からもありがたいことに信頼を得ている。そのため今回もお声がかかったのだろう。
ロームバルトの王太子とその妃となられたベラミ姫のおふたりは仲睦まじく、ベラミ姫、いやベラミ王太子妃様にはこの度めでたくご懐妊されたそうだ。だが、おめでたい気分は長くは続かなかった。そこでいつものローエングリムvs.シドのマウンティングが始まってしまったというのだ。
一応嫁いだ娘であるため遠慮し出過ぎないよう気を使われていたリアーナ様だったのだが、それでもシド帝国からもご懐妊のお祝いに数々の素晴らしい品物を贈ったそうだ。だがベラミ王太子妃の前でシド帝国から贈られた品物にロームバルトの王妃や貴族たちから、チクチクとケチをつけられたらしい。こうしたロームバルトの塩対応には慣れっこで普段は気にもとめないベラミ様だったが、この時は妊娠中で気が立っていたらしく、そのことを母であるリアーナ皇后への書簡で愚痴ってしまったらしい。
娘が異国の宮廷でないがしろにされ恥をかいていると聞かされたリアーナ様もまたとても憤慨してしまい、娘のために最高の品物を用意して贈るよう、サイデムおじさまのところへ依頼がきたのだそうだ。
「とはいえ、前回贈った品物も相当いい品物だったんだぜ。そりゃ工芸に関しての伝統では確かにロームバルト王国には劣るかもしれないが、どれも立派な仕事の品物だったんだ。用意したのはリアーナ皇后の側近でどれも直接王家御用達の工房へと発注したものだから、皇后は余計自分たちが恥をかかされたと思っているんだろうな」
「それで今度は〝帝国の代理人〟に意趣返しをさせようっていうんですね」
サイデム商会のおじさまの執務室でお茶を飲みながら、私は今回の騒動の概要を聞いていた。
「まぁ、そういうことだな。娘が他国の宮廷で肩身の狭い思いをしていても、直接は何もしてやれない。せめて、贈り物で慰め、立場をよくしてやりたいという親心なんだろう」
「おじさま、思ったより母心をわかってらっしゃいますね」
「まぁな……だが実際どうすればいいのかはまったくわからんよ」
私は前回贈られた物のリストを見ながらおじさまに聞いた。
「おじさま、このリストあまり赤ちゃん用品がない気がするんですけど……」
「赤ん坊専用の商品というのは、あまりないんでな。祝い品は親たち向けのものが多くなるんだ」
(もしかして、この世界ではベビー用品が未発達なの? 改めて調べたことがなかったけど、この世界での赤ちゃんの扱い結構ぞんざいな気がしてきた。ちょっと調べてみなくちゃ)
とりあえず必要なのは貴族の家の子育てに関する知識だ。そこで、こういう時の頼みの綱、貴族のしきたりを熟知したセイツェさんを召喚してもらった。いつも変わらず姿勢のいい老紳士であるセイツェさんは、私たちの質問に少し悩みながらも、こう答えてくれた。
「それはお困りでございますね。王家ともなれば人手では十分にございますでしょうし、基本的には専属の乳母が日常的な子育てを担うことになるでしょう」
「なるほど、やはり公務でお忙しいですし、産後の体調がすぐに回復するとも限りませんものね。当然そうなりますか。ベビーベッド……つまり赤ちゃん専用の寝具といったものはありますか?」
「小さな寝具でございますか? いいえ、そういったものはございませんね。最初から立派なベッドでお休みになりますよ」
「え、でも寝返りをし始めたら、そんな柵のないベッドでは危ないでしょう?」
「柵のあるベッドでございますか? 基本的には乳母が目を離さず、他にも多くの召使いがおりますから、そういうものは使いませんが……」
「もしかしてバウンサーとかもない……?」
「は?」
「赤ちゃんを揺らしてあげるものです。ゆらゆらしてあげると眠りやすくなりますし、あやしてもあげられるんですよ」
「そういったことも、使用人たちが行なっておりますので……」
これはどうやら手強そうだ。何もかも人力で行なっているため、便利な器具が未発達。この分だとまともな乳母車もないだろう。発達のためには確かに人が常に見ていてあげるという環境は悪くないが、赤ちゃんの負担を減らしたり、成長を促したり、楽しませる手段は何もないみたいだ。
「もしかして寝て起きて食べさせてだけなんですか、こちらの育児って」
「ええ、2歳ぐらいまでは、そのようにお世話をいたしますね。何か問題でも?」
私は、とても嫌な予感がしながら、こう聞いてみた。
「もしかして、こちらの貴族のお子さんって、幼児期にうまく歩けなかったりする症状の子供がいるんじゃありません?」
私の言葉にセイツェさんは眉をピクリと動かし、目を伏せた。
「どうしてメイロード様がご存知なのかわかりませんが、特に貴族には大事に育てられていても、うまく歩けない、お身体が大きくならない、中には起きることさえままならないといったお子様がいらっしゃいます。ただ多くは魔法薬により治療いたしますので、大事に至ることはまれでございますが……」
これは、もうどうこういっている場合じゃなさそうだ。
(いくら魔法薬があるからって、もう少し考えないと……)
サイデムおじさまから緊急の《伝令》がきたのはその日の夜だった。
その内容はというと、二年前ロームバルト王国へとお輿入れされた、現帝の次女であるベラミ姫様のための贈り物への対応に力を貸して欲しいというものだった。私はベラミ姫に先立ってお輿入れになった彼女の側近であるマリリア様の婚儀に少々関わったこともあり、マリリア様、ベラミ姫、そしてこのシド帝国の正妃であるリアーナ様からもありがたいことに信頼を得ている。そのため今回もお声がかかったのだろう。
ロームバルトの王太子とその妃となられたベラミ姫のおふたりは仲睦まじく、ベラミ姫、いやベラミ王太子妃様にはこの度めでたくご懐妊されたそうだ。だが、おめでたい気分は長くは続かなかった。そこでいつものローエングリムvs.シドのマウンティングが始まってしまったというのだ。
一応嫁いだ娘であるため遠慮し出過ぎないよう気を使われていたリアーナ様だったのだが、それでもシド帝国からもご懐妊のお祝いに数々の素晴らしい品物を贈ったそうだ。だがベラミ王太子妃の前でシド帝国から贈られた品物にロームバルトの王妃や貴族たちから、チクチクとケチをつけられたらしい。こうしたロームバルトの塩対応には慣れっこで普段は気にもとめないベラミ様だったが、この時は妊娠中で気が立っていたらしく、そのことを母であるリアーナ皇后への書簡で愚痴ってしまったらしい。
娘が異国の宮廷でないがしろにされ恥をかいていると聞かされたリアーナ様もまたとても憤慨してしまい、娘のために最高の品物を用意して贈るよう、サイデムおじさまのところへ依頼がきたのだそうだ。
「とはいえ、前回贈った品物も相当いい品物だったんだぜ。そりゃ工芸に関しての伝統では確かにロームバルト王国には劣るかもしれないが、どれも立派な仕事の品物だったんだ。用意したのはリアーナ皇后の側近でどれも直接王家御用達の工房へと発注したものだから、皇后は余計自分たちが恥をかかされたと思っているんだろうな」
「それで今度は〝帝国の代理人〟に意趣返しをさせようっていうんですね」
サイデム商会のおじさまの執務室でお茶を飲みながら、私は今回の騒動の概要を聞いていた。
「まぁ、そういうことだな。娘が他国の宮廷で肩身の狭い思いをしていても、直接は何もしてやれない。せめて、贈り物で慰め、立場をよくしてやりたいという親心なんだろう」
「おじさま、思ったより母心をわかってらっしゃいますね」
「まぁな……だが実際どうすればいいのかはまったくわからんよ」
私は前回贈られた物のリストを見ながらおじさまに聞いた。
「おじさま、このリストあまり赤ちゃん用品がない気がするんですけど……」
「赤ん坊専用の商品というのは、あまりないんでな。祝い品は親たち向けのものが多くなるんだ」
(もしかして、この世界ではベビー用品が未発達なの? 改めて調べたことがなかったけど、この世界での赤ちゃんの扱い結構ぞんざいな気がしてきた。ちょっと調べてみなくちゃ)
とりあえず必要なのは貴族の家の子育てに関する知識だ。そこで、こういう時の頼みの綱、貴族のしきたりを熟知したセイツェさんを召喚してもらった。いつも変わらず姿勢のいい老紳士であるセイツェさんは、私たちの質問に少し悩みながらも、こう答えてくれた。
「それはお困りでございますね。王家ともなれば人手では十分にございますでしょうし、基本的には専属の乳母が日常的な子育てを担うことになるでしょう」
「なるほど、やはり公務でお忙しいですし、産後の体調がすぐに回復するとも限りませんものね。当然そうなりますか。ベビーベッド……つまり赤ちゃん専用の寝具といったものはありますか?」
「小さな寝具でございますか? いいえ、そういったものはございませんね。最初から立派なベッドでお休みになりますよ」
「え、でも寝返りをし始めたら、そんな柵のないベッドでは危ないでしょう?」
「柵のあるベッドでございますか? 基本的には乳母が目を離さず、他にも多くの召使いがおりますから、そういうものは使いませんが……」
「もしかしてバウンサーとかもない……?」
「は?」
「赤ちゃんを揺らしてあげるものです。ゆらゆらしてあげると眠りやすくなりますし、あやしてもあげられるんですよ」
「そういったことも、使用人たちが行なっておりますので……」
これはどうやら手強そうだ。何もかも人力で行なっているため、便利な器具が未発達。この分だとまともな乳母車もないだろう。発達のためには確かに人が常に見ていてあげるという環境は悪くないが、赤ちゃんの負担を減らしたり、成長を促したり、楽しませる手段は何もないみたいだ。
「もしかして寝て起きて食べさせてだけなんですか、こちらの育児って」
「ええ、2歳ぐらいまでは、そのようにお世話をいたしますね。何か問題でも?」
私は、とても嫌な予感がしながら、こう聞いてみた。
「もしかして、こちらの貴族のお子さんって、幼児期にうまく歩けなかったりする症状の子供がいるんじゃありません?」
私の言葉にセイツェさんは眉をピクリと動かし、目を伏せた。
「どうしてメイロード様がご存知なのかわかりませんが、特に貴族には大事に育てられていても、うまく歩けない、お身体が大きくならない、中には起きることさえままならないといったお子様がいらっしゃいます。ただ多くは魔法薬により治療いたしますので、大事に至ることはまれでございますが……」
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