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3 魔法学校の聖人候補
515 キングリザードの最後
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515
「え!? なんで?!」
アタタガに運ばれながら上空から下を見たニパは驚きの声をあげた。そこにはあるべきものがなかったからだ。
「ない、あの大穴がないなんて、いったいどうなってるんだ?!」
そこはどう見ても何もない砂地で、ニパの目の前で仲間を屠ったあの〝王の審判〟が開けた大穴は、どこから見ても綺麗さっぱりなくなっていた。大混乱するニパにアタタガ・フライは笑って
「まぁ、見ているといいですよ」
と言いながら、相変わらすキングリザードを挑発するように絶妙な距離を保ちながら、息がかかりそうな距離まで近ずいては離れるを繰り返しながらその目前を飛んでいった。そして、ニパが噛み殺されるのではないかと思うところまで距離が詰められたその時、キングリザードの姿が、一瞬ニパの視界から消えた。
「え?」
混乱したニパが左右に目をやると、丘の上に立ったメイロードが何か呪文をつぶやいている。
「メイロードさまが必要なくなった《幻影魔法》を解いていらっしゃるのですよ」
アタタガ・フライがそう言うとすぐ、眼下の景色が変わっていった。そこには、あの大きな穴がしっかりと存在し、自らが開けた大穴の中で紫色のおどろおどろしい色の水にまみれ、のたうち回るキングリザードの姿があった。
キングリザードは、その強固な鱗の下に突き立てられた無数の槍によってできた傷から、大量の毒を一気にその体内へと吸収し、絶叫を繰り返しながら悶絶していた。だが徐々にその動きは鈍くなり、十分ほど過ぎた頃にはもう動くことさえ厳しくなったのか、弱々しく尻尾を動かすことしかできない状態になっていった。
丘の上からキングリザードの側へ降りてきたメイロードの近くへと着地したニパとアタタガが、メイロードの元へと駆け寄っていくと駆け寄ると、普段となんら変わらぬ様子で
「ちょっと待ってね。まずは無毒化しないといけないから」
と言いながら魔法陣を呼び出し、そこから薬らしきものを水の中へ流し込み始めた。ニパたちにはわからなかったが、メイロードは《生産の陣》を呼び出し、この〝王の審判〟が作り出したクレーターの中の毒を浄化する《解毒薬》と《浄化薬》の混合魔法薬を流し込んでいったのだ。
「もうここまで毒が回ってしまっている状態なら、体内に吸収された薬までは浄化されないでしょう。もうキングリザードが暴れまわることはないでしょうね」
数分もすると、クレーターの中の水は透明になり、メイロードが土にかけた《エア・バブル》を応用し土壌をコーティングをする魔法を解くと、その水はすぐに乾燥していた大地へと吸収されていった。
「もう無毒化してあるから、中へ入っても大丈夫よ」
メイロードの言葉を聞いた猟師たちは、大穴の中のキングリザードの元へと全員で向かい、皆で弱々しく尻尾を動かし抵抗しようとするキングリザードを取り囲んだ。ニパは、仲間に促されてキングリザードの背に乗り、その首の鱗の下へと彼らの使う一番大きな剣をつきたてた。
「キングリザード。お前の首は、みんなの墓前に捧げる。山の民は、これでお前との遺恨を忘れよう。さらばだ」
その後、首が落とされたキングリザードは、山の民たちの手で粛々と解体されていった。高額で取引されるその鱗を剥がした後は、その他の素材を取るための準備をする。毒を含んだ肉を取り除くためこのまましばらく土に埋めて、
肉を分解した後、これも売り物になる骨などのパーツを再び取り出すのだ。
こうして、儀式のような解体作業を終え、キングリザードの討伐は成功した。この危険な討伐で、ひとりの犠牲も出さずに済んだことに、一番安堵していたのは他ならぬメイロードだった。
(ふう。アタタガの飛び方がキングリザードに近すぎて、気が気じゃなかったわ。無事に討伐できてよかった)
ーーーー
後日、ニパの集落での鎮魂の儀式に招かれた私は、黒い服を着て参列した。
新たに作られた四基の新しい石造りの墓の前にはミイラ化したキングリザードの頭が据えられている。鎧のような鱗に覆われているその頭部は、生きていた頃と変わらずその形を保っていて、なかなかの迫力だ。
「本日はおいでいただきありがとうございました。メイロードさまがいらっしゃらなければ、きっと私たちはこの宿敵を倒すこと叶わなかったことでございましょう」
上座に据えられてしまった私は、村人全員から頭を下げられてしまう。座った状態での深いお辞儀は土下座をされているようで大変に居心地が悪いが、やめてくれとも言いづらく、私は曖昧な笑顔でいるしかなかった。
「〝人喰い〟キングリザードが、他の人々を襲う前に討伐できたことは、セルツ一帯のすべての人々にとって良いことだと思います。皆さんの同胞が亡くなられたことはとても悲しいことですが、どうぞ乗り越えてくださいね」
私の言葉に長老のガナウさんが、さらに平伏してから顔を上げてこう言う。
「それにつきましても、メイロードさまがご尽力くださったおかげで残された家族に十分な生活費を出してやることができました。ああそれから、メイロードさまのご助言に従い、残された金はこれからのために村の資産として大事に守ることを皆で決めました。これからは備えにも心を配らせていただきます」
この件についての冒険者ギルドからの支払いはとても迅速だった。
それはセルツの冒険者ギルドによるキングリザード討伐の早さが非常に高く評価され、多くの冒険者の口からその評判が国中に波及していったせいだろう。もちろん、セルツの街でも商人ギルドを始め多くの人々からその迅速な対応を賞賛され、冒険者ギルドの地位を大きくあげる結果となったのだから。
そのせいなのかキッタダさんは、ニパたちの討伐隊に100人分の討伐完遂報奨金を出してくれた。実際のところ、この金額を支払ってもギルド自身が討伐隊を出すよりずっと安く済んだとは思うが、それでもこのお金でニパたちの村は失った人たちの家族を十分に養うことができ、今回のような悲しい事件に対応できる準備金も用意することもできたのだ。
「それは、あなた方が勇敢に戦ったことで得られた報酬です。仲立ちはいたしましたが、すべてはあなた方が命をかけて戦って得たものですよ」
長老のガナウさんは、私がお金など一切受け取る気がないことは最初からわかっていたようで、その話はしてこなかったが、代わりにと私の前にあるモノを差し出した。
「せめてものお礼でございます。これだけはお受け取りくださいませ」
「え!? なんで?!」
アタタガに運ばれながら上空から下を見たニパは驚きの声をあげた。そこにはあるべきものがなかったからだ。
「ない、あの大穴がないなんて、いったいどうなってるんだ?!」
そこはどう見ても何もない砂地で、ニパの目の前で仲間を屠ったあの〝王の審判〟が開けた大穴は、どこから見ても綺麗さっぱりなくなっていた。大混乱するニパにアタタガ・フライは笑って
「まぁ、見ているといいですよ」
と言いながら、相変わらすキングリザードを挑発するように絶妙な距離を保ちながら、息がかかりそうな距離まで近ずいては離れるを繰り返しながらその目前を飛んでいった。そして、ニパが噛み殺されるのではないかと思うところまで距離が詰められたその時、キングリザードの姿が、一瞬ニパの視界から消えた。
「え?」
混乱したニパが左右に目をやると、丘の上に立ったメイロードが何か呪文をつぶやいている。
「メイロードさまが必要なくなった《幻影魔法》を解いていらっしゃるのですよ」
アタタガ・フライがそう言うとすぐ、眼下の景色が変わっていった。そこには、あの大きな穴がしっかりと存在し、自らが開けた大穴の中で紫色のおどろおどろしい色の水にまみれ、のたうち回るキングリザードの姿があった。
キングリザードは、その強固な鱗の下に突き立てられた無数の槍によってできた傷から、大量の毒を一気にその体内へと吸収し、絶叫を繰り返しながら悶絶していた。だが徐々にその動きは鈍くなり、十分ほど過ぎた頃にはもう動くことさえ厳しくなったのか、弱々しく尻尾を動かすことしかできない状態になっていった。
丘の上からキングリザードの側へ降りてきたメイロードの近くへと着地したニパとアタタガが、メイロードの元へと駆け寄っていくと駆け寄ると、普段となんら変わらぬ様子で
「ちょっと待ってね。まずは無毒化しないといけないから」
と言いながら魔法陣を呼び出し、そこから薬らしきものを水の中へ流し込み始めた。ニパたちにはわからなかったが、メイロードは《生産の陣》を呼び出し、この〝王の審判〟が作り出したクレーターの中の毒を浄化する《解毒薬》と《浄化薬》の混合魔法薬を流し込んでいったのだ。
「もうここまで毒が回ってしまっている状態なら、体内に吸収された薬までは浄化されないでしょう。もうキングリザードが暴れまわることはないでしょうね」
数分もすると、クレーターの中の水は透明になり、メイロードが土にかけた《エア・バブル》を応用し土壌をコーティングをする魔法を解くと、その水はすぐに乾燥していた大地へと吸収されていった。
「もう無毒化してあるから、中へ入っても大丈夫よ」
メイロードの言葉を聞いた猟師たちは、大穴の中のキングリザードの元へと全員で向かい、皆で弱々しく尻尾を動かし抵抗しようとするキングリザードを取り囲んだ。ニパは、仲間に促されてキングリザードの背に乗り、その首の鱗の下へと彼らの使う一番大きな剣をつきたてた。
「キングリザード。お前の首は、みんなの墓前に捧げる。山の民は、これでお前との遺恨を忘れよう。さらばだ」
その後、首が落とされたキングリザードは、山の民たちの手で粛々と解体されていった。高額で取引されるその鱗を剥がした後は、その他の素材を取るための準備をする。毒を含んだ肉を取り除くためこのまましばらく土に埋めて、
肉を分解した後、これも売り物になる骨などのパーツを再び取り出すのだ。
こうして、儀式のような解体作業を終え、キングリザードの討伐は成功した。この危険な討伐で、ひとりの犠牲も出さずに済んだことに、一番安堵していたのは他ならぬメイロードだった。
(ふう。アタタガの飛び方がキングリザードに近すぎて、気が気じゃなかったわ。無事に討伐できてよかった)
ーーーー
後日、ニパの集落での鎮魂の儀式に招かれた私は、黒い服を着て参列した。
新たに作られた四基の新しい石造りの墓の前にはミイラ化したキングリザードの頭が据えられている。鎧のような鱗に覆われているその頭部は、生きていた頃と変わらずその形を保っていて、なかなかの迫力だ。
「本日はおいでいただきありがとうございました。メイロードさまがいらっしゃらなければ、きっと私たちはこの宿敵を倒すこと叶わなかったことでございましょう」
上座に据えられてしまった私は、村人全員から頭を下げられてしまう。座った状態での深いお辞儀は土下座をされているようで大変に居心地が悪いが、やめてくれとも言いづらく、私は曖昧な笑顔でいるしかなかった。
「〝人喰い〟キングリザードが、他の人々を襲う前に討伐できたことは、セルツ一帯のすべての人々にとって良いことだと思います。皆さんの同胞が亡くなられたことはとても悲しいことですが、どうぞ乗り越えてくださいね」
私の言葉に長老のガナウさんが、さらに平伏してから顔を上げてこう言う。
「それにつきましても、メイロードさまがご尽力くださったおかげで残された家族に十分な生活費を出してやることができました。ああそれから、メイロードさまのご助言に従い、残された金はこれからのために村の資産として大事に守ることを皆で決めました。これからは備えにも心を配らせていただきます」
この件についての冒険者ギルドからの支払いはとても迅速だった。
それはセルツの冒険者ギルドによるキングリザード討伐の早さが非常に高く評価され、多くの冒険者の口からその評判が国中に波及していったせいだろう。もちろん、セルツの街でも商人ギルドを始め多くの人々からその迅速な対応を賞賛され、冒険者ギルドの地位を大きくあげる結果となったのだから。
そのせいなのかキッタダさんは、ニパたちの討伐隊に100人分の討伐完遂報奨金を出してくれた。実際のところ、この金額を支払ってもギルド自身が討伐隊を出すよりずっと安く済んだとは思うが、それでもこのお金でニパたちの村は失った人たちの家族を十分に養うことができ、今回のような悲しい事件に対応できる準備金も用意することもできたのだ。
「それは、あなた方が勇敢に戦ったことで得られた報酬です。仲立ちはいたしましたが、すべてはあなた方が命をかけて戦って得たものですよ」
長老のガナウさんは、私がお金など一切受け取る気がないことは最初からわかっていたようで、その話はしてこなかったが、代わりにと私の前にあるモノを差し出した。
「せめてものお礼でございます。これだけはお受け取りくださいませ」
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