利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

506 キングリザードとの遭遇

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506

ズシン!

車座で昼食をとりつつお茶を飲んでいた〝狩猟同好会〟のみんなの足元に振動が響いた。大きな振動ではないが、逆に音も聞こえないほどの遠くの振動が伝わってきたということは、その場所では相当の衝撃があったと思われる。

「マリスさん!」

私はこちらを見たオーライリにうなづき、すぐ《索敵》を始めた。

「ここからはかなり離れた高地で、なにか大きな魔物が暴れているみたい。遠過ぎて、私でもまだ特定はできないけれど、おそらく相当危険な大型の怪物よ。これから、この怪物がどう動くかわからないけれど、万が一にでも遭遇するのは危険すぎる。ともかくこの山から離れなきゃ」

私の言葉に、すぐオーライリたちは指示を出し、撤退準備を始めた。
獲物はすべて学校から借りてきたマジックバッグの中へ収納し、持ち物も必要ないものはすべてマジックバッグへと入れ身軽にした。

「みんなのことをお願いね、オーライリ」

私が、慌ただしく撤収作業をする〝狩猟同好会〟のメンバーからの少し離れたところでそう言うと、オーライリは力強く頷いてくれた。

「お任せ下さいませ、メイロードさま。私とクローナがいれば、大丈夫です。もしかして、その魔獣のいるところへ行かれるおつもりなのですか? 」

「うん……さっきは言わなかったんだけど、人影らしきものがあったの。魔獣を倒す気はないけど、その人たちのことが気になるから見てくるだけよ。だから、心配いらないわ」

オーライリはなんだか疑っているような目をしてきたが、私は目を外しつつ移動準備に入った。

「みんなには、私はグッケンス博士に知らせに行った、とでも行っておいてね、じゃ!」

それだけ言い残すと、私はセーヤ・ソーヤとともに、山頂へ向かい走り出した。

「このほうが早いですね」

森の中に入るとすぐ、セーヤが私をヒョイっと肩に乗せ走り出した。さらにソーヤが先導しながら、ものすごい速さで道を切り開いてくれたので、かなりの速度で直線的に一気に移動することができた。ソーヤたちには《強筋》の魔法すら必要ないが、私たちの防護を兼ねて風を切り裂き、その風をバリアにして進める《烈風》の魔法を展開してしたおかげで、さらに速度が上がる。

(早くて、ちょっと怖いけど、すごいすごい!)

おそらく普通に登ったら数時間かかるだろう道を、私たちは1時間とかからず走破した。そこからは《索敵》で慎重に周囲の様子を探りながら進んでいく。

「そろそろ近くなってきたわ。気をつけて、セーヤ・ソーヤ」

「あ、あれでしょうか?」

先導してくれていたソーヤの指差した方向にいたのは巨大な生物の影。

「なに、この怪獣?!」

そこにいたのは、小さな山かと思うほど巨大なトカゲだった。

「うわ、やっかいですね。これキングリザードですよ。しかもキングリザードの中でも最大級!」

セーヤが私をゆっくりと肩から下ろしていると、ソーヤがそう言って驚いている。

巨大なそのトカゲは、光沢のある黒い大きな鱗で覆われており、何をイラついているのか、その太い尾を振ってそこら中の樹木をなぎ倒していた。その前方では黒煙が上がり、大きく円形に地面がえぐれているので、おそらくキングリザードが爆発系もしくは強い火力の攻撃をしたのだろう。

我々が感じた振動はおそらくその時のものだと思われる。

しかも、いま《索敵》で感じられる生きた人間は瀕死の様子のひとりだけだ。ここで、怪物を一撃でやっつけられれば格好いいのかもしれないが、あのキングリザードになんの策もなく立ち向かえるわけもない。ここは脱出一択だ。

「あのえぐれた地面の向こうにひとり、男の人がいる。怪我はしているけど、生きてるわ。その人を助けて、逃げましょう!」

「了解です!」
「了解です!」

私は今度はソーヤの肩に乗り、キングリザードに見つからないよう、素早く移動を始めた。うまく木の陰に入りながら回り込んだえぐれた地面の先には、大きな石に隠れるように寄りかかった血まみれの年若い狩人装備の男の人がいた。その呼吸は浅く、顔色は土気色、もはや死を待つばかりという状態だ。

「これは《魔法薬》を取り出す時間も惜しいわね」

私は迷うことなく白魔法《ハイパーヒール》をその狩人にかけた。一瞬まばゆい光に覆われた彼は、咳き込んだあと、大量の血を吐き出したが、その後は呼吸が戻り顔色も良くなっていた。だが、まだ目が覚めそうな様子ではないので、少年の隠れていた巨石に《無限回廊の扉》の入り口を作り、《幻影魔法》で隠してから少年を連れ、グッケンス博士の研究棟へと戻った。

「今度はなんだ?」

コーヒーを飲みながら寄ってきたグッケンス博士にことの成り行きを説明すると、おそらくこの子は極寒の山中で暮らす数少ない狩りを専門とする古くからある集落の者だろうとのことだ。

「頬に刺青があるところを見ると、15歳にはなっておるじゃろうが、まだまだ慣れておらんだろうにひどいめにあったものじゃのぉ……」

この年若い狩人があそこにひとりでいたとは考えにくい。あのキングリザードの暴れぶりから考えて、おそらくなんらかの戦闘が行われたのだろう。だとすれば、この子の仲間はあの焼け焦げ、えぐれた地面の中で最期を迎えたということなのだろうか……

「キングリザードは希少種だ。魔石も取れる上その堅牢な外皮もとても高く売れる。危険ではあるが、山の狩人にとってはお宝だ。彼らが、不用意に狩りに出て失敗するとも考えにくいがのぉ……」

グッケンス博士も、山の狩りのプロ集団があっさり全滅させられたことを不思議に思っているようだ。

「この方が気がついたら、彼らの集落へと送っていきながら、事情を聞いてこようと思います。あのキングリザードがもし人を食べて味を覚えてしまっていたら、人里を襲うかもしれませんからね」

私は、命は助かったものの、まだうなされながら眠り続けている少年の汗をぬぐいながら、その日はずっと看病を続けた。
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