317 / 837
3 魔法学校の聖人候補
506 キングリザードとの遭遇
しおりを挟む
506
ズシン!
車座で昼食をとりつつお茶を飲んでいた〝狩猟同好会〟のみんなの足元に振動が響いた。大きな振動ではないが、逆に音も聞こえないほどの遠くの振動が伝わってきたということは、その場所では相当の衝撃があったと思われる。
「マリスさん!」
私はこちらを見たオーライリにうなづき、すぐ《索敵》を始めた。
「ここからはかなり離れた高地で、なにか大きな魔物が暴れているみたい。遠過ぎて、私でもまだ特定はできないけれど、おそらく相当危険な大型の怪物よ。これから、この怪物がどう動くかわからないけれど、万が一にでも遭遇するのは危険すぎる。ともかくこの山から離れなきゃ」
私の言葉に、すぐオーライリたちは指示を出し、撤退準備を始めた。
獲物はすべて学校から借りてきたマジックバッグの中へ収納し、持ち物も必要ないものはすべてマジックバッグへと入れ身軽にした。
「みんなのことをお願いね、オーライリ」
私が、慌ただしく撤収作業をする〝狩猟同好会〟のメンバーからの少し離れたところでそう言うと、オーライリは力強く頷いてくれた。
「お任せ下さいませ、メイロードさま。私とクローナがいれば、大丈夫です。もしかして、その魔獣のいるところへ行かれるおつもりなのですか? 」
「うん……さっきは言わなかったんだけど、人影らしきものがあったの。魔獣を倒す気はないけど、その人たちのことが気になるから見てくるだけよ。だから、心配いらないわ」
オーライリはなんだか疑っているような目をしてきたが、私は目を外しつつ移動準備に入った。
「みんなには、私はグッケンス博士に知らせに行った、とでも行っておいてね、じゃ!」
それだけ言い残すと、私はセーヤ・ソーヤとともに、山頂へ向かい走り出した。
「このほうが早いですね」
森の中に入るとすぐ、セーヤが私をヒョイっと肩に乗せ走り出した。さらにソーヤが先導しながら、ものすごい速さで道を切り開いてくれたので、かなりの速度で直線的に一気に移動することができた。ソーヤたちには《強筋》の魔法すら必要ないが、私たちの防護を兼ねて風を切り裂き、その風をバリアにして進める《烈風》の魔法を展開してしたおかげで、さらに速度が上がる。
(早くて、ちょっと怖いけど、すごいすごい!)
おそらく普通に登ったら数時間かかるだろう道を、私たちは1時間とかからず走破した。そこからは《索敵》で慎重に周囲の様子を探りながら進んでいく。
「そろそろ近くなってきたわ。気をつけて、セーヤ・ソーヤ」
「あ、あれでしょうか?」
先導してくれていたソーヤの指差した方向にいたのは巨大な生物の影。
「なに、この怪獣?!」
そこにいたのは、小さな山かと思うほど巨大なトカゲだった。
「うわ、やっかいですね。これキングリザードですよ。しかもキングリザードの中でも最大級!」
セーヤが私をゆっくりと肩から下ろしていると、ソーヤがそう言って驚いている。
巨大なそのトカゲは、光沢のある黒い大きな鱗で覆われており、何をイラついているのか、その太い尾を振ってそこら中の樹木をなぎ倒していた。その前方では黒煙が上がり、大きく円形に地面がえぐれているので、おそらくキングリザードが爆発系もしくは強い火力の攻撃をしたのだろう。
我々が感じた振動はおそらくその時のものだと思われる。
しかも、いま《索敵》で感じられる生きた人間は瀕死の様子のひとりだけだ。ここで、怪物を一撃でやっつけられれば格好いいのかもしれないが、あのキングリザードになんの策もなく立ち向かえるわけもない。ここは脱出一択だ。
「あのえぐれた地面の向こうにひとり、男の人がいる。怪我はしているけど、生きてるわ。その人を助けて、逃げましょう!」
「了解です!」
「了解です!」
私は今度はソーヤの肩に乗り、キングリザードに見つからないよう、素早く移動を始めた。うまく木の陰に入りながら回り込んだえぐれた地面の先には、大きな石に隠れるように寄りかかった血まみれの年若い狩人装備の男の人がいた。その呼吸は浅く、顔色は土気色、もはや死を待つばかりという状態だ。
「これは《魔法薬》を取り出す時間も惜しいわね」
私は迷うことなく白魔法《ハイパーヒール》をその狩人にかけた。一瞬まばゆい光に覆われた彼は、咳き込んだあと、大量の血を吐き出したが、その後は呼吸が戻り顔色も良くなっていた。だが、まだ目が覚めそうな様子ではないので、少年の隠れていた巨石に《無限回廊の扉》の入り口を作り、《幻影魔法》で隠してから少年を連れ、グッケンス博士の研究棟へと戻った。
「今度はなんだ?」
コーヒーを飲みながら寄ってきたグッケンス博士にことの成り行きを説明すると、おそらくこの子は極寒の山中で暮らす数少ない狩りを専門とする古くからある集落の者だろうとのことだ。
「頬に刺青があるところを見ると、15歳にはなっておるじゃろうが、まだまだ慣れておらんだろうにひどいめにあったものじゃのぉ……」
この年若い狩人があそこにひとりでいたとは考えにくい。あのキングリザードの暴れぶりから考えて、おそらくなんらかの戦闘が行われたのだろう。だとすれば、この子の仲間はあの焼け焦げ、えぐれた地面の中で最期を迎えたということなのだろうか……
「キングリザードは希少種だ。魔石も取れる上その堅牢な外皮もとても高く売れる。危険ではあるが、山の狩人にとってはお宝だ。彼らが、不用意に狩りに出て失敗するとも考えにくいがのぉ……」
グッケンス博士も、山の狩りのプロ集団があっさり全滅させられたことを不思議に思っているようだ。
「この方が気がついたら、彼らの集落へと送っていきながら、事情を聞いてこようと思います。あのキングリザードがもし人を食べて味を覚えてしまっていたら、人里を襲うかもしれませんからね」
私は、命は助かったものの、まだうなされながら眠り続けている少年の汗をぬぐいながら、その日はずっと看病を続けた。
ズシン!
車座で昼食をとりつつお茶を飲んでいた〝狩猟同好会〟のみんなの足元に振動が響いた。大きな振動ではないが、逆に音も聞こえないほどの遠くの振動が伝わってきたということは、その場所では相当の衝撃があったと思われる。
「マリスさん!」
私はこちらを見たオーライリにうなづき、すぐ《索敵》を始めた。
「ここからはかなり離れた高地で、なにか大きな魔物が暴れているみたい。遠過ぎて、私でもまだ特定はできないけれど、おそらく相当危険な大型の怪物よ。これから、この怪物がどう動くかわからないけれど、万が一にでも遭遇するのは危険すぎる。ともかくこの山から離れなきゃ」
私の言葉に、すぐオーライリたちは指示を出し、撤退準備を始めた。
獲物はすべて学校から借りてきたマジックバッグの中へ収納し、持ち物も必要ないものはすべてマジックバッグへと入れ身軽にした。
「みんなのことをお願いね、オーライリ」
私が、慌ただしく撤収作業をする〝狩猟同好会〟のメンバーからの少し離れたところでそう言うと、オーライリは力強く頷いてくれた。
「お任せ下さいませ、メイロードさま。私とクローナがいれば、大丈夫です。もしかして、その魔獣のいるところへ行かれるおつもりなのですか? 」
「うん……さっきは言わなかったんだけど、人影らしきものがあったの。魔獣を倒す気はないけど、その人たちのことが気になるから見てくるだけよ。だから、心配いらないわ」
オーライリはなんだか疑っているような目をしてきたが、私は目を外しつつ移動準備に入った。
「みんなには、私はグッケンス博士に知らせに行った、とでも行っておいてね、じゃ!」
それだけ言い残すと、私はセーヤ・ソーヤとともに、山頂へ向かい走り出した。
「このほうが早いですね」
森の中に入るとすぐ、セーヤが私をヒョイっと肩に乗せ走り出した。さらにソーヤが先導しながら、ものすごい速さで道を切り開いてくれたので、かなりの速度で直線的に一気に移動することができた。ソーヤたちには《強筋》の魔法すら必要ないが、私たちの防護を兼ねて風を切り裂き、その風をバリアにして進める《烈風》の魔法を展開してしたおかげで、さらに速度が上がる。
(早くて、ちょっと怖いけど、すごいすごい!)
おそらく普通に登ったら数時間かかるだろう道を、私たちは1時間とかからず走破した。そこからは《索敵》で慎重に周囲の様子を探りながら進んでいく。
「そろそろ近くなってきたわ。気をつけて、セーヤ・ソーヤ」
「あ、あれでしょうか?」
先導してくれていたソーヤの指差した方向にいたのは巨大な生物の影。
「なに、この怪獣?!」
そこにいたのは、小さな山かと思うほど巨大なトカゲだった。
「うわ、やっかいですね。これキングリザードですよ。しかもキングリザードの中でも最大級!」
セーヤが私をゆっくりと肩から下ろしていると、ソーヤがそう言って驚いている。
巨大なそのトカゲは、光沢のある黒い大きな鱗で覆われており、何をイラついているのか、その太い尾を振ってそこら中の樹木をなぎ倒していた。その前方では黒煙が上がり、大きく円形に地面がえぐれているので、おそらくキングリザードが爆発系もしくは強い火力の攻撃をしたのだろう。
我々が感じた振動はおそらくその時のものだと思われる。
しかも、いま《索敵》で感じられる生きた人間は瀕死の様子のひとりだけだ。ここで、怪物を一撃でやっつけられれば格好いいのかもしれないが、あのキングリザードになんの策もなく立ち向かえるわけもない。ここは脱出一択だ。
「あのえぐれた地面の向こうにひとり、男の人がいる。怪我はしているけど、生きてるわ。その人を助けて、逃げましょう!」
「了解です!」
「了解です!」
私は今度はソーヤの肩に乗り、キングリザードに見つからないよう、素早く移動を始めた。うまく木の陰に入りながら回り込んだえぐれた地面の先には、大きな石に隠れるように寄りかかった血まみれの年若い狩人装備の男の人がいた。その呼吸は浅く、顔色は土気色、もはや死を待つばかりという状態だ。
「これは《魔法薬》を取り出す時間も惜しいわね」
私は迷うことなく白魔法《ハイパーヒール》をその狩人にかけた。一瞬まばゆい光に覆われた彼は、咳き込んだあと、大量の血を吐き出したが、その後は呼吸が戻り顔色も良くなっていた。だが、まだ目が覚めそうな様子ではないので、少年の隠れていた巨石に《無限回廊の扉》の入り口を作り、《幻影魔法》で隠してから少年を連れ、グッケンス博士の研究棟へと戻った。
「今度はなんだ?」
コーヒーを飲みながら寄ってきたグッケンス博士にことの成り行きを説明すると、おそらくこの子は極寒の山中で暮らす数少ない狩りを専門とする古くからある集落の者だろうとのことだ。
「頬に刺青があるところを見ると、15歳にはなっておるじゃろうが、まだまだ慣れておらんだろうにひどいめにあったものじゃのぉ……」
この年若い狩人があそこにひとりでいたとは考えにくい。あのキングリザードの暴れぶりから考えて、おそらくなんらかの戦闘が行われたのだろう。だとすれば、この子の仲間はあの焼け焦げ、えぐれた地面の中で最期を迎えたということなのだろうか……
「キングリザードは希少種だ。魔石も取れる上その堅牢な外皮もとても高く売れる。危険ではあるが、山の狩人にとってはお宝だ。彼らが、不用意に狩りに出て失敗するとも考えにくいがのぉ……」
グッケンス博士も、山の狩りのプロ集団があっさり全滅させられたことを不思議に思っているようだ。
「この方が気がついたら、彼らの集落へと送っていきながら、事情を聞いてこようと思います。あのキングリザードがもし人を食べて味を覚えてしまっていたら、人里を襲うかもしれませんからね」
私は、命は助かったものの、まだうなされながら眠り続けている少年の汗をぬぐいながら、その日はずっと看病を続けた。
230
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。