利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

502 薬師の遺言

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502

腕輪を取り上げられたキャサリナは、普通以下の魔法使いで決して能力は高くなかった。
むしろ《幻惑魔法》以外は使い物にならないというか使えない、エセ魔法使いと言っていい。

あの《魅了》の力を持つアーティファクトは、彼女の家に昔から家宝としてあったものだそうだ。それを厳重に封印されていた蔵から盗み出したのだという。子供の頃から宝石に執着していたキャサリナは、年に一回だけ祭事の時に使われるその煌びやかな腕輪がどうしても欲しくて、家出ついでに盗み出したそうだ。その後、それが《魅了の腕輪》だと知ったキャサリナは、お得意の色仕掛けと《魅了の腕輪》を使い、とある魔法使いに接近し《幻惑魔法》を使えるようになるまで、そこで修行したそうだ。

(色仕掛けだけは最初から才能があったのね)

そして御察しの通り《幻惑魔法》が使えるようになると、すぐに魔法使いの元から逃げ出し、それからは詐欺師稼業一直線の荒稼ぎ。

余罪は、数え切れないほどありそうだ。

金遣いが荒く贅沢に慣れきった彼女には、牢獄での暮らしが耐えがたかったらしく、すぐに根を上げた。拷問するまでもなく、少しでも環境を改善してもらおうとして、なにもかも話し始めたという。ただ、詐欺師の言うこと真に受けるほど、軍部も間抜けではないので、いまも慎重に裏取りをしているそうだ。

(私の《真贋》があれば話は早いんだろうけど、下手に首を突っ込んで面倒なことのなったら嫌だし、後は捜査のプロのオトナに任せちゃおっと)

どちらにせよ、シド帝国の中枢にいる人間を魔法とアーティファクトを使って騙し、国庫の金を詐欺で持ち去ったキャサリナには、おそらくその罪だけでも極刑しかないのだが、キャサリナはあの腕輪がなくとも自分には〝魅力〟があると信じているらしく、まだうまく逃げおおせられると思っているらしい。

(もしかしたら、あの腕輪はキャサリナの精神も蝕んでいるのかもね……怖いなぁ)

キャサリナの証言通りの場所に、確かに廃屋があったことも確認された。建物そのものに保存の魔法が施されていたため、数百年そこにあったらしい。だがその魔法も徐々に効力を失い、現在は倒壊した廃墟になっているという。キャサリナが盗みに入った時はギリギリ建物は形を保っていて、唯一金になりそうだった壊れた金庫に入っていた古いマジックバッグを盗み出したキャサリナは、あとであの薬を見つけた。そこには《傀儡薬》と数枚の板紙だけが腐りもせず残っていたそうだ。

キャサリナから没収したその古いマジックバッグもボロボロで、もう役目を終える寸前だというから、本当に数百年前に作られて、そのままだったのだろう。その後その薬が《傀儡薬》であると知ったキャサリナは再度、その廃屋へ向かったが、すでにその時は建物は倒壊していた。それでも《傀儡薬》のレシピが諦めきれないキャサリナはできる限り手掛かりになりそうなものをかき集めてきたそうだ。だが、すでに風雨にも晒されたそれらの状態は最悪で、私をもってしても解読不能なものがほとんどだった。

この古代語で書かれた資料は、誰も解読できない上、外部の人間にも見せられないため、しばらく博士が預かることになった。行き場のないこの資料は、いずれ魔法学校の図書館深くしまわれることになるだろう。結局、キャサリナが《傀儡薬》の作り方が書いてあるはずと信じたボロボロの古代語の束は、何が書いてあるのかもほとんどわからないままの〝価値のない資料〟でしかなかったのだ。

だが、そのマジックバッグと一緒に保管されていた木の板に書かれた古代語の文章だけは、目を通すことができた。

もちろんそれを私が読めることは秘密だ。

その文章によれば、あの廃屋の住人は《魔法薬》黎明期の優秀な薬師であり魔法使いであったようだ。瀕死の患者の蘇生を可能にする魔法薬を研究し続けた彼は、その過程で偶然この《傀儡薬》を作ってしまったらしい。

文章はこう続いていた。

ーー私は街から去ることにした。《傀儡薬》のことを知られてしまった以上、もう私はこの街から逃げ、誰も知る人のない山奥にでも隠れ住みながら生きていくしかないだろう。この薬は決して表の世界に出してはならない薬だ。
だが、これもまた私の創薬には貴重な資料となりうる。私の《蘇生薬》研究のため、3本だけこのマジックバッグに入れ保管する。《傀儡薬》の作り方は私の死とともに葬るため、一切書き残さない。
もし、私の《蘇生薬》が完成する前に私に死が訪れてしまった時のために、遺言する。

心ある者よ、もしこれを見つけてたら、すべてを燃やしてほしい。これは、あってはならない危険極まりない薬だ。
そして、願わくば未来が、この忌むべき魔法薬を必要とせず、人を助ける魔法薬の時代であることを望むーー

筆乱れから、かなり年老いてからの文章だと思われた。おそらく完成しないだろう自分の《蘇生薬》の研究のために、危険と知りつつも最後まで《傀儡薬》葬ることができずにいたのだ。

そして、彼の執念とともに、遠い時を超えて残されてしまった《傀儡薬》は、詐欺師のと成り果てた。

「この危険な薬を残したままにしておけない思っているのに、廃棄できなかったんですね……突然の死だったのでしょうか。最後まで新しい薬を作り出すことへの希望も捨てられなかったんでしょう。色々な気持ちがせめぎ合っていたのでしょうね」

「ああ、そうだな。彼は一生を《蘇生薬》研究に捧げたのだろう。明日の希望を信じて最後まで努力して。そしてその遺物が、まったく考えられない形で禍根を生むこともある……それが人だな」

セイリュウは、悲しげにイニシエの薬師の残した希望と絶望の詰まった遺言に目をやった。

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