利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

499 メイロード vs. キャサリナ

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499

(これは……子供じゃないの!)

部屋に入ってきた少女の姿を見たキャサリナの第一印象は、今日のライバルの幼さに驚いた、というものだったが、それはすぐに別の驚きへと変わった。

本当に驚かされたのはその幼さの中にある美貌、そして、まばゆいばかりの極上の宝石を身につけたその華麗な姿だった。
その少女のドレスは〝ドレープス〟の中でも最高級品。そして、その身を飾っている宝石類は、どれも簡単には買うことのできない特別な仕上げの宝飾品だと一目でわかる品物だった。
すべての魔法使いの憧れである緑の髪は神々しいまでに美しく艶やかで、その深い翠の瞳には一切の曇りなく、微笑みをたたえた口元はツヤツヤと艶めかしくさえあった。

《魅了》によって無理やりかさ上げしているキャサリナとは違う、その美少女の自然で自信に満ちた隙のない佇まいにキャサリナは唇を噛んだ。

(どうやら本当に金のある貴族の姫だわ。これは手強そうね……)

宝石の目利きには自信のあるキャサリナは、少女の身につけた極上の宝石を値踏みし、今日の競りの相手が思った以上の金持ちらしいとわかり、言い知れぬ焦りを感じ始めていた。キャサリナの口元は大きく歪み、詐欺師でありながらその表情を隠すことさえすでに難しくなっている。

「お嬢様、ようこそおいで下さいました」

その美少女の前で膝を折る宝石商セイの姿がまた絵になる。そのことにも、キャサリナは更に苛立ちを募らせた。セイはお互いを紹介しようとしたが、キャサリナはそれを遮り、怒鳴るように言い放つ。

「仲良しごっこをする気はないわ。さっさと始めて頂戴!」

その言葉に、セイは呆れたような顔を一瞬見せたが、

「お客様がそうおっしゃるのでしたら……よろしいですか、お嬢様」

と、少女に確認し、彼女が頷くと、そのまま競りを開始する準備に入った。

大きな机の両側には、上品なソファーと質の良いティーセットが置かれた。競りの相手の無作法にもまったく動じる様子さえ見せない〝お嬢様〟は、美しく優雅な仕草に微笑みを絶やさず、楽しげにお茶を楽しみ、この場でくつろぐ余裕さえ感じられた。一方キャサリナは、お茶の支度をしてくれるホテルの従業員に見向きもせず、キセルを握りしめて机の上を凝視している。

(ずいぶん余裕よね、ムカつくガキだわ!)

机上には美しくディスプレイされた、煌びやかな首飾り。目の前に置かれたその首飾りの前に対峙して、ふたりの競りが始まった。

「ではリナ様、最初の価格はいかほどから始められますか?」

宝石商セイが競りの開始を告げ、まずはキャサリナへと金額の提示を求めた。

「大金貨25枚、これでどうかしら?」

机の上に金貨を積み上げ、キャサリナは相手の出鼻を挫こうと最初から強気の金額で刺してきた。先に購入した100個の高品質な宝石を大幅に上回る値段だ。これに怯む相手なら、こちらの勝ちは決まったようなものだと、キャサリナは考えていたが、相手は至って冷静だった。

少女の目配せで、控えていた秘書らしい年若い青年が、大金貨30枚を机に置く。

「こちらは、大金貨30枚をご提示させていただきます」

そこからは、しばらく小競り合いのような競りが続き、徐々にキャサリナの顔色が悪くなっていった。

(ああ、あの子供に《幻惑魔法》がかけられれば、話は簡単なのに! 妖精が近くにふたりもいる上、こう場所が遠くちゃ《魅了》を使うこともできないじゃない!)

広い部屋の対面で顔色ひとつ変えず、淡々と大金を動かす指示する少女の姿に、キャサリナは言いようのない苛立ちを募らせながら、威嚇するように少女を睨みつけることしかできなかった。

「リナ様、大金貨42枚、お受けになりますか?」

どうやら、凝視しすぎて、セイの声も届いていなかったらしいキャサリナは、慌てて大金貨を机に置いた。

「う、受けるわよ。当然でしょ!」

そう言いつつも、すでに手持ちの底が見えてきたキャサリナは、どうすべきか真剣に考えなければいけない局面を迎えていた。

(あの子はいったい後いくら出すつもりなの?!)

折らんばかりにキセルを握りしめたキャサリナの耳に、これまでほとんど言葉を発せず、目配せで合図をしていた少女の声が初めて聞こえてきた。

「そろそろ競りというものにも飽きてきましたわ。私の出せる金額をご提示しますので、これ以上お出しになるというなら、私の負けと致しましょう」

そう言って机の上に出されたのは合計100枚の大金貨だった。

「ひゃ……ひゃく……ううう」

唸るように、そう言ったきり、キャサリナは動かない。まだ、隠している金はもちろんあったが、ここにないのでは、この勝負に勝てない。それ以前に、手持ちは大金貨は67枚。まさかこれだけ用意して負けるとは思ってもいなかった。キャサリナの値踏みでは、この首飾りの価値は50大金貨だったからだ。

宝石の価値が魔石と比較すれば明らかに低いこの世界で、ここまで高額な商品は滅多にない。

だが、この巨大でさらに美しい首飾りが、もう二度と手に入らない逸品であることも事実だ。

この素晴らしい首飾りが、あの勝ち誇った顔で優雅にお茶を飲む子供の首にかけられるなど許せないとキャサリナは考えていた。もうそれは理屈ではなく、妄執に近い感情だった。この時すでにキャサリナは中では、冷静でなければならない詐欺師としての顔は完全に打ち捨てられていた。

(こんなガキに、この首飾りは絶対に渡さない!)

「ワタクシ、とても価値のあるものを持っておりますの。つい最近大金貨100枚で買いたいという方がいたほど価値のあるものですのよ。それを対価にしてはいただけません?」

突然、キャサリナはそう言ってセイに詰め寄った。

「それに、本当に大金貨100枚の価値があると、どうやって証明なさるのです」

セイの言葉に、キャサリナは一枚の証書を差し出した。その書類には、シド帝国正規軍財務部の印が押されており、大金貨100枚で《傀儡薬》の製法を買い取る旨が書かれていた。

「これがあるということは、もうこの薬は帝国軍のものなのではございませんか?」

「よく御覧なさい。私のサインがないでしょう。契約目前で交渉は決裂したのです。軍部のやり方が気に入りませんでしたのでね。おかげでワタクシ軍部に目をつけられてしまって、迷惑しているのです」

さも被害者ヅラでそういうキャサリナだったが、彼女以外の全員が状況を知っているこの場では、その言い訳はあまりにも苦しかった。それでも、セイは彼女の言葉に乗り、書類を確かめると、競りの中断を決めた。

「大変申し訳ございません、お嬢様。リナ様のご提案がはっきりするまで、しばしお待ちいただけますでしょうか」

「仕方ありませんね。リナさん、あなたのお薬にそれだけの価値が本当にあるとよろしいですわね」

美少女の余裕の笑みに、キャサリナも怒りを隠した笑いで答える。

「あなたがこの首飾りを見るのは今日が最後ですわ。これはワタクシのものです」

(何よこの娘、声まで美しいじゃない。ムカつくわ、本当にムカつくわ!)

さらに競りの相手への苛立ちを募らせながら、キャサリナは2本の《傀儡薬》の瓶と軍部が行なった検証実験のレポートを取り出した。

「さあ《鑑定》なさって。これは間違いなく本物です! ワタクシの勝ちですわね!」
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