305 / 837
3 魔法学校の聖人候補
494 誘惑
しおりを挟む
494
おじさまと当たり障りのない会話をしながら、キャサリナはさりげなく、右腕をまくった。
そこに見えたのは、大小のきらびやかな宝石が無秩序に大量にはめ込まれた美しいようでまったく〝美〟は感じられない三連の腕輪だった。そこからキャサリナの腕の動きに合わせて、一気に赤い靄がサイデムおじさまの方へと流れていく。
と同時に、キャサリナは小さな声で詠唱を始めた。《幻惑魔法》だ。
だが、おじさまは詠唱の声にすら気づくことなく、少し夢を見ているような虚ろな目でキャサリナと対峙している。
そこからのキャサリナは和やかに談笑しているとしか思えない自然な態度で、サイデムおじさまの子供の頃の話や、好きだったこと、好きだった音、好きだった場所……そんな話を引き出していった。おじさまは、目こそ虚ろだが、楽しげに饒舌に、親友アーサーの話、そして幼馴染ライラの話までし始め、その誘導に逆らわず心の扉を解放していった。
「ライラさんは、素晴らしい方でしたのね……」
おじさまの話の中にある〝愛〟に関するリソースを、キャサリナはごく自然に引き出しては、それを上書きしていった。それはとても興味深い魔法の使い方だった。
相変わらず小声で詠唱を続けながら、キャサリナはサイデムおじさまの心の中にあるライラとの思い出や思慕といった感情を揺さぶる要素のある話をたくさんさせた。それが終わると、彼女はそれらをおじさまなの心からフワフワした青い球体にして取り出し(おそらくこの球体も私とキャサリナ以外には見えていないだろう)、次の瞬間ピンのような何かをそれに向かって放った。そして射止めた球体を赤く染め、それをおじさまの中へと戻していく。それは魔法のようでもあり催眠術のようでもあった。
これらの一連の動きは、まったく周囲からはわからないし、目の前にいるおじさまの目にもまったく映っていないようだった。
「ライラ……」
いつもより穏やかに見える表情で思い出に浸っていたおじさまがそう言うと、キャサリナは笑いながらそれを否定した。
「いいえ、私はキャサリナ、あなたの愛するキャサリナですわ。サガン・サイデム、愛しい人……」
「キャサリナ……愛するキャサリナ……」
見事なものだった。おじさまの好意はライラからキャサリナへとすり替えられ、おじさまはそのことに気づいていない。こんなことをされては、確かに誰も彼女に逆らうことはできないだろう。人は本当に愛する人を持つと、それが仮初めでも真実愛した人への想いに逆らえない……そんな人の心を弄ぶキャサリナに私は心から怒りを感じていた。
(人の〝愛する心〟をあなたは盗むのね! それはあまりに残酷よ、キャサリナ!)
すぐそばで怒りのオーラに包まれている私が見えないキャサリナは、おじさまにしなだれかかるように近づいて話し始めた。
「ねぇ、サイデム様。あなたがいつでもお使いになれる〝天舟〟を、いま何隻お持ちなのかしら?」
「私的に使えるものは一隻だけだ。基本的に輸送船として作っているため、人が乗るようには作っていないんだ」
おじさまの言葉にキャサリナの表情が曇る。そしておじさまには聞こえないようこう言った。
「なんだ、困ったわね。一隻欲しかったんだけど、それじゃ貰えないじゃない……」
ここで私にもキャサリナの狙いがはっきりした。彼女はおじさまから〝天舟〟をもらってしまおうと思っていたらしい。なるほど、ポンと〝天舟〟をくれそうな相手として、何隻も所有しているおじさまを狙ったわけだ。
「では私にしばらく〝天舟〟を一隻、貸してくださらない?」
「いや、あれは仕事に必要なもので……」
「あら、愛する私の頼みを聞いてくださらないの?」
「そ、それは……」
(ここまで聞けばもういいよね)
私は姿を消したまま、背後からおじさまの腕を掴んだ。こうすることで、おじさまの周囲にも《抗魔の結界》を張り巡らせていく。だがこれだけでは不十分だ。《魅了》の効果がすぐに抜けないことがわかっていたため、私はおじさまの結界ができたことを確認してから、後ろからやってきたかのように姿を現し、おじさまに声をかけた。
「おじさま、サイデムおじさま! メイロードですよ」
わたしの声に、おじさまの目がしっかり見開き、私を見たおじさまの目からはすっかり《魅了》の影響が抜けていた。
「お、ああ、メイロード。どうやら俺もやられたみたいだな。情報は取れたか?」
おじさまはひとつ深呼吸をして、頭を振った。
おじさまは私の姿を見れば《魅了》から抜けられると、私には確信があった。幻影ではなく〝生きた〟ライラの娘である私の姿は、確実におじさまを現実へと引き戻せると。
私は、最高級のドレスに身を包み、セーヤ作の繊細なレースと刺繍で彩られた帽子姿で、キャサリナの前に立ち、にっこりと微笑んだ。
「お話のところごめんなさい。でも、主賓のおじさまをあまり長く遊ばせてはあげられないの。それじゃ!」
私はそう言って、何が起こったのかわからず、あっけにとられているキャサリナを置いて、無邪気さを装ったままサイデムおじさまの手を引き、美少女スマイル全開で上品にパーティーの中心へと連れて行った。
「なに? 何なのよ! わけがわからないわ! サイデム様、どうなさったの? 私を置いていくなんて!!」
残って観察していたソーヤによると、しばらくキャサリナはヒステリー状態で喚いていたそうだ。
「あんなにあっさり私の《魅了》から抜けるなんて!
それでなくても意志の強い男は《魅了》が効きにくいからたっぷり仕込んできたのに、大赤字よ!」
そう言ってキャサリナが見た腕輪の石は半分以上割れていたという。どうやら、宝石は《魅了》を増幅するたびに消耗するようで、そのためにキャサリナは大量の宝石を買い集める必要があるらしい。
(単なる宝石好きじゃなかったのね)
キャサリナはよほど〝天舟〟が欲しかったのか、その後もパーティーの間何度かおじさまを攻略しようとしてきたが、私が横に常にいてがっちり《抗魔の結界》を張り巡らせていたため、うまくいかず、結局諦めて悔しそうに引き上げていった。
キャサリナの退出後は、おじさまに心ゆくまで3種類のスープと30種類のトッピングで作るオリジナルラーメンを堪能してもらった。他の人たちと自分の組み合わせ自慢し合うのが、殊の外楽しかったようで、その日のパーティーは、かなり長く続いた。おじさまが結局何杯食べたのかは……数えないでおいた。
(とりあえずおじさまも幸せそうだし……ま、いいか)
おじさまと当たり障りのない会話をしながら、キャサリナはさりげなく、右腕をまくった。
そこに見えたのは、大小のきらびやかな宝石が無秩序に大量にはめ込まれた美しいようでまったく〝美〟は感じられない三連の腕輪だった。そこからキャサリナの腕の動きに合わせて、一気に赤い靄がサイデムおじさまの方へと流れていく。
と同時に、キャサリナは小さな声で詠唱を始めた。《幻惑魔法》だ。
だが、おじさまは詠唱の声にすら気づくことなく、少し夢を見ているような虚ろな目でキャサリナと対峙している。
そこからのキャサリナは和やかに談笑しているとしか思えない自然な態度で、サイデムおじさまの子供の頃の話や、好きだったこと、好きだった音、好きだった場所……そんな話を引き出していった。おじさまは、目こそ虚ろだが、楽しげに饒舌に、親友アーサーの話、そして幼馴染ライラの話までし始め、その誘導に逆らわず心の扉を解放していった。
「ライラさんは、素晴らしい方でしたのね……」
おじさまの話の中にある〝愛〟に関するリソースを、キャサリナはごく自然に引き出しては、それを上書きしていった。それはとても興味深い魔法の使い方だった。
相変わらず小声で詠唱を続けながら、キャサリナはサイデムおじさまの心の中にあるライラとの思い出や思慕といった感情を揺さぶる要素のある話をたくさんさせた。それが終わると、彼女はそれらをおじさまなの心からフワフワした青い球体にして取り出し(おそらくこの球体も私とキャサリナ以外には見えていないだろう)、次の瞬間ピンのような何かをそれに向かって放った。そして射止めた球体を赤く染め、それをおじさまの中へと戻していく。それは魔法のようでもあり催眠術のようでもあった。
これらの一連の動きは、まったく周囲からはわからないし、目の前にいるおじさまの目にもまったく映っていないようだった。
「ライラ……」
いつもより穏やかに見える表情で思い出に浸っていたおじさまがそう言うと、キャサリナは笑いながらそれを否定した。
「いいえ、私はキャサリナ、あなたの愛するキャサリナですわ。サガン・サイデム、愛しい人……」
「キャサリナ……愛するキャサリナ……」
見事なものだった。おじさまの好意はライラからキャサリナへとすり替えられ、おじさまはそのことに気づいていない。こんなことをされては、確かに誰も彼女に逆らうことはできないだろう。人は本当に愛する人を持つと、それが仮初めでも真実愛した人への想いに逆らえない……そんな人の心を弄ぶキャサリナに私は心から怒りを感じていた。
(人の〝愛する心〟をあなたは盗むのね! それはあまりに残酷よ、キャサリナ!)
すぐそばで怒りのオーラに包まれている私が見えないキャサリナは、おじさまにしなだれかかるように近づいて話し始めた。
「ねぇ、サイデム様。あなたがいつでもお使いになれる〝天舟〟を、いま何隻お持ちなのかしら?」
「私的に使えるものは一隻だけだ。基本的に輸送船として作っているため、人が乗るようには作っていないんだ」
おじさまの言葉にキャサリナの表情が曇る。そしておじさまには聞こえないようこう言った。
「なんだ、困ったわね。一隻欲しかったんだけど、それじゃ貰えないじゃない……」
ここで私にもキャサリナの狙いがはっきりした。彼女はおじさまから〝天舟〟をもらってしまおうと思っていたらしい。なるほど、ポンと〝天舟〟をくれそうな相手として、何隻も所有しているおじさまを狙ったわけだ。
「では私にしばらく〝天舟〟を一隻、貸してくださらない?」
「いや、あれは仕事に必要なもので……」
「あら、愛する私の頼みを聞いてくださらないの?」
「そ、それは……」
(ここまで聞けばもういいよね)
私は姿を消したまま、背後からおじさまの腕を掴んだ。こうすることで、おじさまの周囲にも《抗魔の結界》を張り巡らせていく。だがこれだけでは不十分だ。《魅了》の効果がすぐに抜けないことがわかっていたため、私はおじさまの結界ができたことを確認してから、後ろからやってきたかのように姿を現し、おじさまに声をかけた。
「おじさま、サイデムおじさま! メイロードですよ」
わたしの声に、おじさまの目がしっかり見開き、私を見たおじさまの目からはすっかり《魅了》の影響が抜けていた。
「お、ああ、メイロード。どうやら俺もやられたみたいだな。情報は取れたか?」
おじさまはひとつ深呼吸をして、頭を振った。
おじさまは私の姿を見れば《魅了》から抜けられると、私には確信があった。幻影ではなく〝生きた〟ライラの娘である私の姿は、確実におじさまを現実へと引き戻せると。
私は、最高級のドレスに身を包み、セーヤ作の繊細なレースと刺繍で彩られた帽子姿で、キャサリナの前に立ち、にっこりと微笑んだ。
「お話のところごめんなさい。でも、主賓のおじさまをあまり長く遊ばせてはあげられないの。それじゃ!」
私はそう言って、何が起こったのかわからず、あっけにとられているキャサリナを置いて、無邪気さを装ったままサイデムおじさまの手を引き、美少女スマイル全開で上品にパーティーの中心へと連れて行った。
「なに? 何なのよ! わけがわからないわ! サイデム様、どうなさったの? 私を置いていくなんて!!」
残って観察していたソーヤによると、しばらくキャサリナはヒステリー状態で喚いていたそうだ。
「あんなにあっさり私の《魅了》から抜けるなんて!
それでなくても意志の強い男は《魅了》が効きにくいからたっぷり仕込んできたのに、大赤字よ!」
そう言ってキャサリナが見た腕輪の石は半分以上割れていたという。どうやら、宝石は《魅了》を増幅するたびに消耗するようで、そのためにキャサリナは大量の宝石を買い集める必要があるらしい。
(単なる宝石好きじゃなかったのね)
キャサリナはよほど〝天舟〟が欲しかったのか、その後もパーティーの間何度かおじさまを攻略しようとしてきたが、私が横に常にいてがっちり《抗魔の結界》を張り巡らせていたため、うまくいかず、結局諦めて悔しそうに引き上げていった。
キャサリナの退出後は、おじさまに心ゆくまで3種類のスープと30種類のトッピングで作るオリジナルラーメンを堪能してもらった。他の人たちと自分の組み合わせ自慢し合うのが、殊の外楽しかったようで、その日のパーティーは、かなり長く続いた。おじさまが結局何杯食べたのかは……数えないでおいた。
(とりあえずおじさまも幸せそうだし……ま、いいか)
238
お気に入りに追加
13,119
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。