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3 魔法学校の聖人候補
490 誘惑のパーティー
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490
「相変わらずお忙しそうですね、おじさま」
執務室の前には決済の書類を持った従業員の方々がずらりと並び、部屋の中ではキッペイが、自分より年上の従業員たちにキビキビと指示を出しながらおじさまのサポートをしていた。
私に気づいたキッペイはすぐに飛んできて深々と頭を下げて挨拶した後、執務室の奥にある来客用のテーブルへと私を案内した。
「《伝令》は、確かにお受け致しました。ですが、お返しした時刻より、だいぶ仕事が押しておりまして、まだ暫くかかるようですので、どうぞこちらでおくつろぎください」
キッペイはそう言ってお茶を出すよう指示しながら、自分の仕事へと戻っていった。
(すっかり、おじさまの敏腕秘書ね)
私がその様子を微笑ましく見ながら、美味しいお茶をご馳走になりつつ30分ほど待っていると、私の座っていた目の前のソファーにドンッとおじさまが座った。
「待たせたな、メイロード」
「お忙しそうで、安心しました。お仕事は順調なのですね」
私の言葉におじさまは少し得意そうな笑顔を見せた。
「《帝国の代理人》の持つ権限は思った以上のものだったよ。色々新しい商売の芽もありそうだしな。
だけどな、タガローサの失脚で、俺がパレスの商人ギルドの面倒も見ることになって、とにかく忙しい。パレスのやり方は見直さなければならないことが多くてな。とにかく手続きは面倒で煩雑だし、旧態依然のやり方のまま。業務の効率化などまったくされていない状況だというのがわかってきてな。よくあれでタガローサは仕事ができていたものだ」
おじさまは、失脚したタガローサの仕事まで被っているようで、いまはその立て直しに奔走しているようだ。
「いずれはパレスの商人ギルドにはふさわしい幹事を置くつもりだが、しばらくは俺が兼務するしかないだろう。おかげで今までとは比較にならない質と量の品物を捌くための、あれこれを考えるのに暫くは忙殺されそうだ。
まぁ、それが済めばちったぁ楽になる……と思う」
「楽になったら、また次のお仕事を始めるんでしょう?」
「まぁ、そういうことだな」
横でため息をつきながら書類を整理しているキッペイも、おじさまに〝休め〟と言うことをすでに諦めているようだ。
私は苦笑しながら、キッペイに声をかけた。
「サイデムおじさまが変なんですからね。キッペイはちゃんと休むのよ。絶対におじさまに付き合って倒れたりしちゃダメよ」
わたしの言葉に笑顔で頷いたキッペイは、サイデムおじさまの分のお茶を淹れ終わると
「では、私は休憩してまいりますので、後はよろしくお願い致します」
そう言ってドアを閉めた。
(密談だって察して出てくれたのね。本当に気の利く子だな)
「で?」
芳しい高級紅茶をガブガブ飲みながら、おじさまが私に話せと目で指図する。
「おじさまが悪い女の人に誘惑されそうだという情報が入ってきたので、お伝えしにきたんですよ」
おじさま、思いっきり紅茶を吹いた。
「な、なんだ、それは!?」
ちょっと憐れみを込めたアルカイックスマイルを浮かべた私を前に、袖で口の周りをぬぐいながらおじさまが息を整える。
「それは、なにか……その……誰かが〝女〟を使って俺を懐柔しようとしてくる、というような話か?」
「そんな単純な話のために、私がわざわざお忙しいおじさまの時間を割かせてまで、忠告に来ると思います?」
おじさまは、うっと言葉に詰まった。実際のところ、その程度のことは日常茶飯事で、嫁を世話するだの愛人を差し出すだの、美しいお姉さまたちのいるお店での接待のお誘いだのは、もうウンザリするほど日常的にやってくると晩酌の時に話していたのを私も聞いている。
だが、そんなことに仕事の時間を割くことに一ミリの魅力も感じないおじさまは、すべてを一蹴し続け、いまではサイデムに色仕掛けは通じないし、むしろ心象を悪くするだけだと広く知れ渡っているほどだ。
「俺が一切誘いに乗らないので、最近は少なくなってきたがな。まだ、そういう誘いを向けてくる者がないわけじゃない。特に俺をよく知らない奴らはな……」
首を掻きながら苦笑いを浮かべたおじさまは、私の方を見た。
「だがその話は、そういう単純な話じゃないってことだな」
私は、おじさまの目を真剣な顔で見つめてこう言った。
「おじさまは《幻惑魔法》と《魅了》を使われ、おじさまの最も大切な人の姿を見せられても、絶対にその人に惹かれない自信がありますか?」
「げ、幻惑?」
「ちなみに、グッケンス博士は、〝絶対に抵抗できるという自信はない〟とおっしゃっていました」
「……」
「今回おじさまを誘惑にかかっている人物は、それほどの術を使います。ですが、それを防ぐことが私ならできると、グッケンス博士から言われたのです」
私はおじさまに言える範囲で、これがドール参謀を通してグッケンス博士に内々に調査を依頼されたミッションと関連しており、おじさまにはその人物がおじさまから得ようとしているものについての情報を引き出させた上で、誘惑に乗らずにいてもらう必要があると伝えた。
「ドール参謀がらみじゃ、俺も協力しないわけにはいかないな。わかった、ならば、我が家でパーティーを開こう。名目はなんでもいいがな。そうだな〝大地の恵み〟亭の新作発表会とかどうだ?」
「おじさま、それ自分が新作料理を食べたいだけじゃ……」
「そのぐらいの余禄があってもいいじゃないかよ、協力するんだからさぁ」
「……わかりましたよ。確かにそれならばおじさまが出席しているのが不自然じゃないですからね。ちゃんと新作のお料理も用意しますよ」
というわけで、私は新作の料理をいくつか用意しパーティーに向け準備を始めることになった。もちろん、このパーティーの噂を早々に流し、キャサリナを食いつかせる算段も怠りなく行った。まぁ、すでにだいぶ焦れていたキャサリナを誘導するのは簡単だったが。
「相変わらずお忙しそうですね、おじさま」
執務室の前には決済の書類を持った従業員の方々がずらりと並び、部屋の中ではキッペイが、自分より年上の従業員たちにキビキビと指示を出しながらおじさまのサポートをしていた。
私に気づいたキッペイはすぐに飛んできて深々と頭を下げて挨拶した後、執務室の奥にある来客用のテーブルへと私を案内した。
「《伝令》は、確かにお受け致しました。ですが、お返しした時刻より、だいぶ仕事が押しておりまして、まだ暫くかかるようですので、どうぞこちらでおくつろぎください」
キッペイはそう言ってお茶を出すよう指示しながら、自分の仕事へと戻っていった。
(すっかり、おじさまの敏腕秘書ね)
私がその様子を微笑ましく見ながら、美味しいお茶をご馳走になりつつ30分ほど待っていると、私の座っていた目の前のソファーにドンッとおじさまが座った。
「待たせたな、メイロード」
「お忙しそうで、安心しました。お仕事は順調なのですね」
私の言葉におじさまは少し得意そうな笑顔を見せた。
「《帝国の代理人》の持つ権限は思った以上のものだったよ。色々新しい商売の芽もありそうだしな。
だけどな、タガローサの失脚で、俺がパレスの商人ギルドの面倒も見ることになって、とにかく忙しい。パレスのやり方は見直さなければならないことが多くてな。とにかく手続きは面倒で煩雑だし、旧態依然のやり方のまま。業務の効率化などまったくされていない状況だというのがわかってきてな。よくあれでタガローサは仕事ができていたものだ」
おじさまは、失脚したタガローサの仕事まで被っているようで、いまはその立て直しに奔走しているようだ。
「いずれはパレスの商人ギルドにはふさわしい幹事を置くつもりだが、しばらくは俺が兼務するしかないだろう。おかげで今までとは比較にならない質と量の品物を捌くための、あれこれを考えるのに暫くは忙殺されそうだ。
まぁ、それが済めばちったぁ楽になる……と思う」
「楽になったら、また次のお仕事を始めるんでしょう?」
「まぁ、そういうことだな」
横でため息をつきながら書類を整理しているキッペイも、おじさまに〝休め〟と言うことをすでに諦めているようだ。
私は苦笑しながら、キッペイに声をかけた。
「サイデムおじさまが変なんですからね。キッペイはちゃんと休むのよ。絶対におじさまに付き合って倒れたりしちゃダメよ」
わたしの言葉に笑顔で頷いたキッペイは、サイデムおじさまの分のお茶を淹れ終わると
「では、私は休憩してまいりますので、後はよろしくお願い致します」
そう言ってドアを閉めた。
(密談だって察して出てくれたのね。本当に気の利く子だな)
「で?」
芳しい高級紅茶をガブガブ飲みながら、おじさまが私に話せと目で指図する。
「おじさまが悪い女の人に誘惑されそうだという情報が入ってきたので、お伝えしにきたんですよ」
おじさま、思いっきり紅茶を吹いた。
「な、なんだ、それは!?」
ちょっと憐れみを込めたアルカイックスマイルを浮かべた私を前に、袖で口の周りをぬぐいながらおじさまが息を整える。
「それは、なにか……その……誰かが〝女〟を使って俺を懐柔しようとしてくる、というような話か?」
「そんな単純な話のために、私がわざわざお忙しいおじさまの時間を割かせてまで、忠告に来ると思います?」
おじさまは、うっと言葉に詰まった。実際のところ、その程度のことは日常茶飯事で、嫁を世話するだの愛人を差し出すだの、美しいお姉さまたちのいるお店での接待のお誘いだのは、もうウンザリするほど日常的にやってくると晩酌の時に話していたのを私も聞いている。
だが、そんなことに仕事の時間を割くことに一ミリの魅力も感じないおじさまは、すべてを一蹴し続け、いまではサイデムに色仕掛けは通じないし、むしろ心象を悪くするだけだと広く知れ渡っているほどだ。
「俺が一切誘いに乗らないので、最近は少なくなってきたがな。まだ、そういう誘いを向けてくる者がないわけじゃない。特に俺をよく知らない奴らはな……」
首を掻きながら苦笑いを浮かべたおじさまは、私の方を見た。
「だがその話は、そういう単純な話じゃないってことだな」
私は、おじさまの目を真剣な顔で見つめてこう言った。
「おじさまは《幻惑魔法》と《魅了》を使われ、おじさまの最も大切な人の姿を見せられても、絶対にその人に惹かれない自信がありますか?」
「げ、幻惑?」
「ちなみに、グッケンス博士は、〝絶対に抵抗できるという自信はない〟とおっしゃっていました」
「……」
「今回おじさまを誘惑にかかっている人物は、それほどの術を使います。ですが、それを防ぐことが私ならできると、グッケンス博士から言われたのです」
私はおじさまに言える範囲で、これがドール参謀を通してグッケンス博士に内々に調査を依頼されたミッションと関連しており、おじさまにはその人物がおじさまから得ようとしているものについての情報を引き出させた上で、誘惑に乗らずにいてもらう必要があると伝えた。
「ドール参謀がらみじゃ、俺も協力しないわけにはいかないな。わかった、ならば、我が家でパーティーを開こう。名目はなんでもいいがな。そうだな〝大地の恵み〟亭の新作発表会とかどうだ?」
「おじさま、それ自分が新作料理を食べたいだけじゃ……」
「そのぐらいの余禄があってもいいじゃないかよ、協力するんだからさぁ」
「……わかりましたよ。確かにそれならばおじさまが出席しているのが不自然じゃないですからね。ちゃんと新作のお料理も用意しますよ」
というわけで、私は新作の料理をいくつか用意しパーティーに向け準備を始めることになった。もちろん、このパーティーの噂を早々に流し、キャサリナを食いつかせる算段も怠りなく行った。まぁ、すでにだいぶ焦れていたキャサリナを誘導するのは簡単だったが。
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