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3 魔法学校の聖人候補
487 《抗魔の結界》
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487
慌ただしく帰っていったドール参謀からは、大量の調査報告書が残された。
報告書に記されていたキャサリナという名の薬師は、なんと自分は〝仙鏡院〟で修行した、トルッカ・ゼンモンの愛弟子である、と名乗ったという。
虎の威を借るにしても、随分と大風呂敷を広げたものだが、多くの弟子を持ち優秀な薬師をたくさん育てているゼンモンさん。森に枯葉のごとくそうした多くの弟子たちに紛れることで、逆に嘘がバレにくいと思ったのかもしれない。
キャサリナは、薬師ギルドに所属していないことについては、周囲にこう語っていた。
自分は実はやんごとなき身の上で、事情があり隠れるように生きざるをえない悲しい立場なのだと。まったくもって嘘くさい語りだが、キャサリナにはそれを相手の信じさせてしまうだけの気品と美貌があったという多くの証言があり、多くの人は未だにそれを信じたままだそうだ。
「それについてなんだが、報告書を読むと、どうにも腑に落ちん部分があっての」
軍部による調査は非常に時間も人も使った膨大なもので、この事件に関わったありとあらゆる人から、とても詳細な調書を取っていた。私はその量にうんざりし、まだ概要を眺めただけだ。その間に何やら怪しい魔法を使って超速で読み終わった博士は、ちょっと疲れた表情で首をひねった。
「美しい女だった、という以外の印象が違いすぎるのだ。とても同一人物だとは思えん。もしかしたら複数で同じ名を名乗り、追求をかわそうとしているのかもしれんし、あるいは……」
グッケンス博士には何か思い当たることがあるらしい。だが、確信は持てない様子なので聞かずにおくことにした。今の段階では、推測で視野を狭めるのは得策ではない。絶対に捕まえたい相手だ。できる限り色々な方向から捕まえる方法を考えなければ。
〔ソーヤ、セーヤと一緒に調査をお願い。今のところキャサリナという名前の女性という以外、確かな情報は何もない雲をつかむような話なんだけど、どうかしら?〕
〔そうですね。かなり厳しいかとも思ったのですが、手がかりはあります。そのキャサリナという女が名うての詐欺師だとすれば、かなり大きな仕事をしているはずです。やっていることの傾向が同じであれば〝女に騙されて大金を奪われた〟という事件で絞り込めるかもしれません〕
そこへシラン村のお店にいるセーヤから念話が入った。この念話の距離もどんどん長距離での会話が可能になって、さらに《無限回廊の扉》が開いているところでは、そこが中継してくれることがわかったいまでは、ほぼどこにいても話ができる。
〔おそらく、このキャサリナという女は、地位のある人間を狙っていると思われます。そういった場合、多くの貴族たちは金を取られたという事実より、事件発覚による〝立場の失墜〟を恐れますから、事件は表に出ず闇に葬られます。
ですので、軍部の調査も手詰まりになったのでしょうが、私とソーヤならばもっと深く潜って関係者を見つけられると思います〕
〔わかった、セーヤ。任せます。口を割らせるためなら、あらゆる手段を使っていいわ。お金が必要だというなら、いくらでも渡して!〕
〔かしこまりまりました。では、金持ちの多い、イス、それに貴族の多いパレス、この辺りから調査いたしましょう。本人たちの口が固くとも、使用人たちは噂話が好きですから、きっとなにか出てくると思います〕
〔私も、博士の部屋の掃除が済んだら調査に向かいます!〕
〔頼んだわソーヤ、セーヤも気をつけてね〕
これで、キャサリナという詐欺師に関する情報は得られるはずだ。
(頼んだわよ、私専属の凄腕スパイ妖精さんたち!)
ふたりを念話で見送った私に、グッケンス博士が不思議なことを言ってきた。
「メイロード、急いでセイリュウのところへ行き《抗魔の結界》を習っておいで」
「《退魔の結界》じゃダメなんですか? 」
「あれは威力が強すぎる。それに時間もかかるし、詠唱も必要だろう。《抗魔の結界》は、もっと範囲が狭いが、熟達できれば無詠唱で、相手にも気づかれることなく結界を作ることも可能なはずだ。
今回は、おそらくその方がいい……」
何やら敵から身を守る方法を思いついたらしい博士の言葉に従い、私は《無限回廊の扉》を抜けて、早速セイリュウの霊山に向かった。
当然ミゼルに捕まって、歌の練習もさせられたが、無事《抗魔の結界》もセイリュウから教えてもらうことができた。だが、相手に気づかれないうちに素早く展開するのは、確かにかなり難しく、その日はずっと練習させられた。
「その、キャサリナという女は、魔法もかなり使うってことだね。博士が《抗魔の結界》を使う必要があるかもしれないって感じているってことは、相当悪質っぽいなぁ……」
指導してくれながらも、セイリュウは私の身を案じてくれている様子だ。
「僕にできることがあったらいつでも言ってよ。禍々しい何かを仕掛けてくる相手なら、僕やメイロードとは相性最悪のはずだから、きっと捕まえる役にたつよ」
私はセイリュウの言葉にお礼を言いながら、ちょっと閃くものがあった。
(あの子たちの調査待ちだけど、これは使えるかもね)
慌ただしく帰っていったドール参謀からは、大量の調査報告書が残された。
報告書に記されていたキャサリナという名の薬師は、なんと自分は〝仙鏡院〟で修行した、トルッカ・ゼンモンの愛弟子である、と名乗ったという。
虎の威を借るにしても、随分と大風呂敷を広げたものだが、多くの弟子を持ち優秀な薬師をたくさん育てているゼンモンさん。森に枯葉のごとくそうした多くの弟子たちに紛れることで、逆に嘘がバレにくいと思ったのかもしれない。
キャサリナは、薬師ギルドに所属していないことについては、周囲にこう語っていた。
自分は実はやんごとなき身の上で、事情があり隠れるように生きざるをえない悲しい立場なのだと。まったくもって嘘くさい語りだが、キャサリナにはそれを相手の信じさせてしまうだけの気品と美貌があったという多くの証言があり、多くの人は未だにそれを信じたままだそうだ。
「それについてなんだが、報告書を読むと、どうにも腑に落ちん部分があっての」
軍部による調査は非常に時間も人も使った膨大なもので、この事件に関わったありとあらゆる人から、とても詳細な調書を取っていた。私はその量にうんざりし、まだ概要を眺めただけだ。その間に何やら怪しい魔法を使って超速で読み終わった博士は、ちょっと疲れた表情で首をひねった。
「美しい女だった、という以外の印象が違いすぎるのだ。とても同一人物だとは思えん。もしかしたら複数で同じ名を名乗り、追求をかわそうとしているのかもしれんし、あるいは……」
グッケンス博士には何か思い当たることがあるらしい。だが、確信は持てない様子なので聞かずにおくことにした。今の段階では、推測で視野を狭めるのは得策ではない。絶対に捕まえたい相手だ。できる限り色々な方向から捕まえる方法を考えなければ。
〔ソーヤ、セーヤと一緒に調査をお願い。今のところキャサリナという名前の女性という以外、確かな情報は何もない雲をつかむような話なんだけど、どうかしら?〕
〔そうですね。かなり厳しいかとも思ったのですが、手がかりはあります。そのキャサリナという女が名うての詐欺師だとすれば、かなり大きな仕事をしているはずです。やっていることの傾向が同じであれば〝女に騙されて大金を奪われた〟という事件で絞り込めるかもしれません〕
そこへシラン村のお店にいるセーヤから念話が入った。この念話の距離もどんどん長距離での会話が可能になって、さらに《無限回廊の扉》が開いているところでは、そこが中継してくれることがわかったいまでは、ほぼどこにいても話ができる。
〔おそらく、このキャサリナという女は、地位のある人間を狙っていると思われます。そういった場合、多くの貴族たちは金を取られたという事実より、事件発覚による〝立場の失墜〟を恐れますから、事件は表に出ず闇に葬られます。
ですので、軍部の調査も手詰まりになったのでしょうが、私とソーヤならばもっと深く潜って関係者を見つけられると思います〕
〔わかった、セーヤ。任せます。口を割らせるためなら、あらゆる手段を使っていいわ。お金が必要だというなら、いくらでも渡して!〕
〔かしこまりまりました。では、金持ちの多い、イス、それに貴族の多いパレス、この辺りから調査いたしましょう。本人たちの口が固くとも、使用人たちは噂話が好きですから、きっとなにか出てくると思います〕
〔私も、博士の部屋の掃除が済んだら調査に向かいます!〕
〔頼んだわソーヤ、セーヤも気をつけてね〕
これで、キャサリナという詐欺師に関する情報は得られるはずだ。
(頼んだわよ、私専属の凄腕スパイ妖精さんたち!)
ふたりを念話で見送った私に、グッケンス博士が不思議なことを言ってきた。
「メイロード、急いでセイリュウのところへ行き《抗魔の結界》を習っておいで」
「《退魔の結界》じゃダメなんですか? 」
「あれは威力が強すぎる。それに時間もかかるし、詠唱も必要だろう。《抗魔の結界》は、もっと範囲が狭いが、熟達できれば無詠唱で、相手にも気づかれることなく結界を作ることも可能なはずだ。
今回は、おそらくその方がいい……」
何やら敵から身を守る方法を思いついたらしい博士の言葉に従い、私は《無限回廊の扉》を抜けて、早速セイリュウの霊山に向かった。
当然ミゼルに捕まって、歌の練習もさせられたが、無事《抗魔の結界》もセイリュウから教えてもらうことができた。だが、相手に気づかれないうちに素早く展開するのは、確かにかなり難しく、その日はずっと練習させられた。
「その、キャサリナという女は、魔法もかなり使うってことだね。博士が《抗魔の結界》を使う必要があるかもしれないって感じているってことは、相当悪質っぽいなぁ……」
指導してくれながらも、セイリュウは私の身を案じてくれている様子だ。
「僕にできることがあったらいつでも言ってよ。禍々しい何かを仕掛けてくる相手なら、僕やメイロードとは相性最悪のはずだから、きっと捕まえる役にたつよ」
私はセイリュウの言葉にお礼を言いながら、ちょっと閃くものがあった。
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