利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

471 騎馬姫の怒り

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471

「ザイザロンガとマバロンガがそんな非道なことを! ああ、なんということを……

私も聞いた街に流布している話では、チェンチェン親方は一番弟子のザイザロンガに工房を譲ると遺言した、ということであったはずだが、それはすべてやつらに都合のいい嘘なのか!」

店の奥のテーブルに座り一息ついた後、エルさんはこれまでの経緯について、丁寧にサラエ隊長に話し始めた。

「はい、彼らの主張は最初から最後まで大嘘です。

チェンチェン親方はひどい咳に苦しんでいましたから、私は臨終の時だけでも苦しみを和らげてあげたいと思い、魔法薬を持参して、ずっとその時が来るまで付き添いました。私の持ち込んだ魔法薬が効いたようで、親方は少し楽になった様子で最後の時を迎えられ、確かに息子のプーアに〝あとを頼む〟とおっしゃり、その手を握って亡くなりましたよ。ザイザロンガはその日一度も親方の部屋に顔を出しませんでした。あの男はいったいどこで親方の遺言を聞いたと言うのやら……」

その嘘がまかり通っているのは、父と親方の両方を一度に失くすことになったプーアさんが、葬儀を含めた事後対応に追われ、多忙を極めていたこと。更にショックからしばらく仕事が手につかず、喪に服す意味もあり工房を休止状態にしていたことに付け込まれたせいだ。
もともと明るい性格だった親方と違い口の重いプーアさんが、工房の人たちとちゃんと意思の疎通ができていなかったことももちろん問題だ。だが、そんなプーアさんの性格を知っていたザイザロンガは、大恩ある親方の死に乗じて、工房内に〝チェンチェン工房は店を畳むことに決めた〟という話をまことしやかに流し、不安に駆られた職人たちを、チェンチェン工房より高い給金で雇ってやる、と言って強引に移籍させたのだ。

私もお茶を入れ替えながら、ソーヤたちたちが掴んできた情報を伝えた。

「職人さんたちはプーアさんに確認しようとしたようですが、次々とやってくる長年のお客様でもある弔問客への対応だけで精一杯で、工房に出向けないのをいいことに、職人たちが接触できないよう色々と画策もしたそうです。それに、ザイザロンガは一番弟子で工房内ではプーアさんより強い発言力があったそうなので、結局、多くの職人たちはザイザロンガを信じてしまったのです」

ザイザロンガは言葉巧みに微々たる契約金で職人たちを縛り、彼らの嘘に気づきチェンチェン工房に戻りたいと切望している多くの職人たちをいまも囲い込んでいる。何人かの職人は、高い違約金を払ってまでプーアさんの元に戻ったそうだが、多くの職人たちにはそれだけの蓄えはなく、開店休業状態の今のチェンチェン工房も、そのすべてを肩代わりできるほどの資金はすぐには用意できずにいる。

「何ということだ……ザイザロンガが、そんな恩知らずだったとは!」

曲がった事が大嫌いなサラエ隊長、エルさんの話にティーカップを持つ手が震えるほど、怒りが抑えられなくなっている。

(怖い、怖い、顔が怖いです、隊長!)

怒りに燃えた美人さんというのは、なかなかに恐ろしい。〝般若〟というのはこういう顔のことをいうのかもしれない。
このままだと、怒りのあまり話が続けられなくなりそうだったので、エルさんは話を軌道修正し、チェンチェン工房の現状が上向いていることを語った。ザイザロンガ親子の妨害にも屈せず、いまプーアさんたちは仕事を再開し頑張っていること。〝鞍揃え〟に間に合うように全力で新作の馬具の製作に取り組んでいることを告げ、きっと期待に添える品を作り上げるだろうと、自信のこもった声で伝えた。

その話に、やっと般若顔が緩んだサラエ隊長だったが、私たちはそんな彼女に追い打ちをかける話をしなければならない。

「このチェンチェン工房に復活の兆しが見え始めたことが、今回のサラエ姫様に起こった〝事故〟につながっているのです」

ザイザロンガは〝鞍揃え〟で、高い評価を得て圧倒的勝利を掴むことによりチェンチェン工房の権威の失墜を確実にする必要があった。貢物や数々の便宜を図ることで、彼らは審査に関わる人々の囲い込みを行ってきたが〝お館様〟の息女であり、騎馬隊を率いる長でもあるサラエ・マッツアにはまったく懐柔策が通じず、むしろ心象を悪くしてしまっていた。

「あなた様の馬好き、馬具好きはこの街では知らぬものはありませんし、その目利きを皆信用しております。〝鞍揃え〟に関しても、あなた様の評価が最も重要視されることは間違いありません」

「当然だ。騎馬隊もそれ以外のマッツア家が関わる馬具の調達に関しては、私の許可がなければ飼馬桶ひとつ買わせはしない。大事な馬のためにならないことは絶対にさせん」

エルさんは少し困ったような顔でサラエ隊長を見て言った。

「そんなあなた様だからこそ、このような〝事故〟に巻き込まれたのですよ……」

私とエルさんの真剣な表情に、騎馬姫は目を見開いて、絞り出すような声で言った。

「私が……馬具に関する全権を持つこのサラエ・マッツアが……狙われたのだな。自然災害ではないと聞いた時から、予想はしていたが、そんな理由で私とリリアはあんな目にあわされたのか!」

自分が危険な目にあったことよりも、リリア号が危険目にあったことが許せないサラエ隊長は再び〝般若〟化してしまった。

「許せん! 許せん! 絶対に許せんぞ、ザイザロンガ!」

その後は、私とエルさんで、必死でなだめながら〝鞍揃え〟の日まで、身辺には十分気をつけてほしいということと、当日の審査をお願いした。

「……承知した。プーアには必死で励むよう伝えてくれ」

エルさんは騎馬姫の言葉に自信ある声で答えた。

「すべては〝鞍揃え〟の日に明らかになりますでしょう。いまはその日まで、お待ちください」

私たちはうなづき合い、その日を待つことを確かめ合った。

(ああ、怖かった。とりあえず騎馬姫様をなだめられてよかったぁ。じゃ、私は、プーアさんを勝たせる仕掛けの方を頑張ろっと)
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